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記述主義者がペンを捨てるまで。  作者: ほんの未来
第5章:記述主義者と自殺の論理。
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04 虚無感~掌編を添えて

 次に、『虚無感に潰されて』自殺するパターン。

 超未来的には退屈が人を殺すのかもしれないが、人類がそこまで行き着く気配はまだまだしてこない。現状であるとすれば、死に至る病、すなわち絶望によるものだろう。


 絶望について詳しく知りたければキルケゴールの著作を読めば良い。

 とまぁ過去の偉大な哲学者にぶん投げるのもあれなので、また個人的な見解を示すのだけども。現代の絶望はおよそ2パターンに分けられるのではないだろうか?


 ひとつ、言い知れぬ将来への不安が募り、無力感に(ひし)がれる場合。

 ふたつ、代わり映えのしない日々が続き、閉塞感に(さいな)まれる場合。


 まず、不安と無力感が問題であればどうか。

 寝よう。ふて寝でも何でもいいので、まずはしっかり寝よう。

 確かに、激甚災害、感染爆発(パンデミック)物価上昇(インフレーション)、経済危機、AIによる大量失業、三次大戦、地球温暖化、海洋汚染、水質汚染、大気汚染、森林破壊、凶悪犯罪、少子高齢化、などなど諸々の社会問題。

 話を広げすぎたので、逆に個人レベルでみれば、給与が上がらないとか、結婚できそうにないとか、進路とか就職・転職先とか、老後に2000万いるとか年金が本当に貰えるのかとか。

 そしてこれらの問題は、しっかり良く寝て、ゆっくり起き出しても解決はしていない。

 どうにもならないものを、一体全体どうしたら良い?


 問題を棚上げしよう。心の保留箱にでも仕舞い込もう。

 良く寝て起きても妙案が浮かばないようなら、それは現状解けない問題だ。

 もっと解けそうな問題から考えていこう。学校のテストと同じだ。

 大切なことは、ひとりじゃないこと。同じく問題に取り組む仲間がいるということ。

 周りを見よう。カンニングを(とが)める先生はいない。好きに相談したら良い。いつの日か、散々な回り道をした後で、答えに辿り着けると信じよう。私たちなら、それができる。そうやって、人類はここまでやってきた。これまでと同じように、これからも大丈夫だ。


 そして次に、閉塞感に押し潰されそうな場合。

 まずは背筋を伸ばして、顔を上げよう。肩の力を抜いて、深く息を吸い込もう。

 閉塞感を感じているということは、幸運にも自分を見つめる時間があるということだ。

 自分がどこにいて、どんなチーム、組織に所属しているのか? 同調圧力を感じているのか? 集団のルールに馴染めない? 共感も賛同も、理解もできない?

 または、どういう流れの中にいて、逆らえずにいるのか? 運命かな? 時流かな?

 自分の置かれた境遇に、何故納得がいかないのか?

 真綿で首を絞められているような気がしてしまうのはどうしてか?


 まず考えられるのは、何かが足りないからではないだろうか?

 自分の心の中にあるものだろうか? 自信や自己肯定、有能感が足りないのか?

 心の外に広がるものだろうか? 人間関係に物足りなさ? 不都合さを感じてる?

 それとも物質的なもの? カネが足りないなら分かりやすい。手に入らないモノがあるのだろうか? 当たり前が、何故手に入らない?


 そうでないのなら、逆に何かが多すぎる可能性も考えよう。

 有能? でもそれ以上にやらなければいけないことが多すぎる?

 高いコミュ力? 多くの人に振り回されてばっかり?

 必要のないもののために頑張りすぎていないか? そこまで貯蓄のために切り詰める必要があるか? 買いたいと思うものは本当に必要か?


 閉塞感は、安心感と紙一重ずれた感覚だ。自分がこの場所に適応できていない。

 そばに居るはずの誰かは、まるで共感してくれない。同じ境遇のはずなのになんで?

 自分は不適応、隣は順応? 圧倒的自由を前に感じる不自由? どういうことだ?


 周りを見よう。自分を閉じ込める檻の正体を探ろう。檻の外側に思い馳せよう。檻を抜け出す方法を考えよう。

 えんえんと続く、ではなく、時間はあると考えよう。

 閉じこもって思い詰めるのではなく、顔を上げて視野を広げることだ。手がかりは外にある。すぐ隣ではなく、少し離れたところに檻の鍵が見つかるだろう。


 自力でなんとかするのが難しいようなら、専門家のカウンセリングを受けるのもいいかもしれない。「いのちSOS」「よりそいホットライン」「いのちの電話」などの相談サービスもある。世界は広いし、案外優しさも出回っている。どう強がったところで、独りで生きていけるように人間はできていない。さっさと諦めて助力を願うことだ。


 抱いたのが不安感にせよ、閉塞感にせよ、人はなんらかの檻の中にいる。

 その檻が人間社会そのものであったなら、全員が同じ檻の囚人だ、協力して脱獄しよう。それよりも小さな檻であったなら、すでに脱出している元囚人がいるはずだ。協力して貰って脱獄しよう。困ったときはお互い様だ。


 まぁただ、気がかりなことがひとつある。

 時間はある、と書いておいてなんなんだけども、時間があると思えているうちは確かに問題ないんだけども、このタイプで一番怖いのは「魔が差す」ことだ。

 ある種の交通事故に巻き込まれるような不運。

 不安感や閉塞感に呑まれているときに、ふと魔が差すのが一番怖い。

 不安感や閉塞感だけなら、ストレスで早死にするかもしれないが、それだけではなかなか自殺まではいかない。そんな魔が差した瞬間に踏み止まれるかどうか。それが事の明暗を分けるかもしれない。


 はてさてどうしてくれようか?

 簡単である。ふいに魔が差すのが怖いというなら、敢えて安全を確保した上で、魔が差す状態を疑似体験しておけば良い。ワクチンを打てば解決だ。完璧だろう?


 というわけで、「魔が差す」をテーマに掌編を書いてみよう。作中作、はいどうぞ。


   †


 私は満足げに溜息を吐いた。

 存外に長く生きたものだ。思えば、幸せな人生だった。

 こうして目を閉じれば、君の笑った顔を思い出せる。

 君の声。君の横顔。君の言葉。

 ロクでもない人生と、悲嘆にくれたこともあったけれど。

 終わりが近づいてみれば、望外の幸福に満ちていたことが分かる。

 あの頃の自分に教えてやりたいぐらいさ。

 真っ直ぐ生きられたら良いと思っていた10代の頃。

 どうして真っ直ぐ生きられないのかと嘆いた20代の夜。

 誰もが曲がりくねった道を行くと、ようやく気づいた30代の私。

 人生は悪くない。悪くなかったよ。生きるというのは、ただ素晴らしかった。

 思い詰めた私に、悩み過ぎた私に、考え込んだ私に伝えてやりたいよ。


 君に逢えた。それだけで私は報われた。


 ただ。

 ダメだな、最近はもう、頭にもガタが来てしまったらしい。

 正直に言うよ。

 君の名前を思い出せない日がある。

 君と私がどういう関係か、分からなくなることがある。

 君との大切な思い出が、思い出せなくなるときがある。


 流れる月日には勝てない。それだけだ。

これでも、平均寿命を優に10年も超えて頑張ったんだ、もう充分だろ?

 思い遺すことは、あると言えばあるけれど、些細なことだ。

 君を残して先に逝くことだけ。なあんて、ね。


 まぁでも、今日はとても具合が良いんだ。

 いつもの悪い冗談も、君との記憶も、その笑顔も、完璧に思い出せるよ。

 なんなら、今日は人生最高の1日だ。また自己ベストを更新しちゃったぜ。


 意識も、思考もはっきりしている。いつぶりだろう。

 ここは終末期医療のための病室。

 私の余命は数週間だったか、数ヶ月だったか。

 22世紀になってなお、命の終わりを正確に予測することはできていない。

 私の気力次第ということらしい。根性論かよ、結局は。

 まったく。いやでも、少し安心してるんだ。

 どれだけ文明が進歩しようとも、世界は手加減してくれない。

 死に場所に辿り着いてなお、未来には憧れが詰まっていることに。


 すげぇよ世界、人類、未来、命。

 思わず天を仰ぐ。白い天井。そらそうか。

 視線を横にやる。窓の外には、澄み渡った蒼空。綺麗だ。


 暫し空を眺め続けた私は、やがて視線を戻す。


 ふいに気づく。


 左腕に繋がれたチューブ。

 私の生命維持に多少なり貢献しているであろう、それだ。


 明日の私はどうだろう?

 君のことをちゃんと思い出せるだろうか?

 この1年、君のことを思い出せる日はどれだけあった?

 確率は? いやいや、ここ1ヶ月は、1週間は、さらに悪くなってるだろう?

 なあ、明日、私は君のことを思い出せるのか?


 今なら。

 いや、分かってるさ。

 22世紀だぜ? 遠隔できちっとモニタリングされているさ。

 そんなことをしたって、医者や看護師が飛んでくる。今やAIドクターなんかも普通にいるんだぜ? そんなことしたって、結果は見えてる。

 ああ、困った患者さんだな、で終わりだ。

 未遂で終わる。30回やったら、29回は未遂で終わるんだ。


 でも。

 あと1回は、死ねるんじゃないだろうか?

 君のことだけを思いながら、死ぬチャンスが目の前に転がっている。

 だって、ほとんどノーリスクだぜ?

 人生の末期(まつご)をほんのちょっと汚すだけで、約3%、理想的な結末が手に入る。

 やらない理由、ある?


 きっと今だけだぜ?

 右腕にもなんとか力が入る。君のことを思い出せる。

 今なら、まだ自分の自由意志で選べるんだ。

 勝率たった3%のデッドオアアライブガチャ。


 だってさ。

 怖いんだよ、死ぬのって、滅茶苦茶怖いんだよ!?

 たとえ、君が看取ってくれたとしても。

 私は、君が誰かも分からなくなってるかもしれないのに!

 君の涙を拭うことも、その手を握り返す力もないかもしれないのに!


 君の手を、離すことが、ただ怖い。ほんの未来が恐ろしい。

 呼吸が乱れる。心音が荒れる。

 誰か様子見に来るかもな、はやくしないと、3%も怪しいかもな。


 そして私は、残った力を振り絞り――。


   †


 はい、終わりー。

 こちら、「理想的な死に方」をテーマに、じゃなかった、違う違う、「魔が差す」をテーマに書いてみました。いかがでしたか? 皆、長生きしようぜー?

 ええと、情緒がジェットコースターなんですが、頑張って書きあげましたよ。

 よくよく考えてみると、突っ込みどころ満載というか贅沢言いすぎてる感ありますね。少なくとも私、120歳近くまで生きてませんか、これ? 君はそれ以上とかほんとパネェ。


 ――「それでも、最期まで生き抜くんだ」と叫んだ。


 そんな、やべー患者になれますように。

 堪らない不安感や、閉塞感の最果てで、不格好にも胸を張れますように。

 心に免疫がついたなら幸いです。


   †

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