04 虚無感~掌編を添えて
次に、『虚無感に潰されて』自殺するパターン。
超未来的には退屈が人を殺すのかもしれないが、人類がそこまで行き着く気配はまだまだしてこない。現状であるとすれば、死に至る病、すなわち絶望によるものだろう。
絶望について詳しく知りたければキルケゴールの著作を読めば良い。
とまぁ過去の偉大な哲学者にぶん投げるのもあれなので、また個人的な見解を示すのだけども。現代の絶望はおよそ2パターンに分けられるのではないだろうか?
ひとつ、言い知れぬ将来への不安が募り、無力感に拉がれる場合。
ふたつ、代わり映えのしない日々が続き、閉塞感に苛まれる場合。
まず、不安と無力感が問題であればどうか。
寝よう。ふて寝でも何でもいいので、まずはしっかり寝よう。
確かに、激甚災害、感染爆発、物価上昇、経済危機、AIによる大量失業、三次大戦、地球温暖化、海洋汚染、水質汚染、大気汚染、森林破壊、凶悪犯罪、少子高齢化、などなど諸々の社会問題。
話を広げすぎたので、逆に個人レベルでみれば、給与が上がらないとか、結婚できそうにないとか、進路とか就職・転職先とか、老後に2000万いるとか年金が本当に貰えるのかとか。
そしてこれらの問題は、しっかり良く寝て、ゆっくり起き出しても解決はしていない。
どうにもならないものを、一体全体どうしたら良い?
問題を棚上げしよう。心の保留箱にでも仕舞い込もう。
良く寝て起きても妙案が浮かばないようなら、それは現状解けない問題だ。
もっと解けそうな問題から考えていこう。学校のテストと同じだ。
大切なことは、ひとりじゃないこと。同じく問題に取り組む仲間がいるということ。
周りを見よう。カンニングを咎める先生はいない。好きに相談したら良い。いつの日か、散々な回り道をした後で、答えに辿り着けると信じよう。私たちなら、それができる。そうやって、人類はここまでやってきた。これまでと同じように、これからも大丈夫だ。
そして次に、閉塞感に押し潰されそうな場合。
まずは背筋を伸ばして、顔を上げよう。肩の力を抜いて、深く息を吸い込もう。
閉塞感を感じているということは、幸運にも自分を見つめる時間があるということだ。
自分がどこにいて、どんなチーム、組織に所属しているのか? 同調圧力を感じているのか? 集団のルールに馴染めない? 共感も賛同も、理解もできない?
または、どういう流れの中にいて、逆らえずにいるのか? 運命かな? 時流かな?
自分の置かれた境遇に、何故納得がいかないのか?
真綿で首を絞められているような気がしてしまうのはどうしてか?
まず考えられるのは、何かが足りないからではないだろうか?
自分の心の中にあるものだろうか? 自信や自己肯定、有能感が足りないのか?
心の外に広がるものだろうか? 人間関係に物足りなさ? 不都合さを感じてる?
それとも物質的なもの? カネが足りないなら分かりやすい。手に入らないモノがあるのだろうか? 当たり前が、何故手に入らない?
そうでないのなら、逆に何かが多すぎる可能性も考えよう。
有能? でもそれ以上にやらなければいけないことが多すぎる?
高いコミュ力? 多くの人に振り回されてばっかり?
必要のないもののために頑張りすぎていないか? そこまで貯蓄のために切り詰める必要があるか? 買いたいと思うものは本当に必要か?
閉塞感は、安心感と紙一重ずれた感覚だ。自分がこの場所に適応できていない。
そばに居るはずの誰かは、まるで共感してくれない。同じ境遇のはずなのになんで?
自分は不適応、隣は順応? 圧倒的自由を前に感じる不自由? どういうことだ?
周りを見よう。自分を閉じ込める檻の正体を探ろう。檻の外側に思い馳せよう。檻を抜け出す方法を考えよう。
えんえんと続く、ではなく、時間はあると考えよう。
閉じこもって思い詰めるのではなく、顔を上げて視野を広げることだ。手がかりは外にある。すぐ隣ではなく、少し離れたところに檻の鍵が見つかるだろう。
自力でなんとかするのが難しいようなら、専門家のカウンセリングを受けるのもいいかもしれない。「いのちSOS」「よりそいホットライン」「いのちの電話」などの相談サービスもある。世界は広いし、案外優しさも出回っている。どう強がったところで、独りで生きていけるように人間はできていない。さっさと諦めて助力を願うことだ。
抱いたのが不安感にせよ、閉塞感にせよ、人はなんらかの檻の中にいる。
その檻が人間社会そのものであったなら、全員が同じ檻の囚人だ、協力して脱獄しよう。それよりも小さな檻であったなら、すでに脱出している元囚人がいるはずだ。協力して貰って脱獄しよう。困ったときはお互い様だ。
まぁただ、気がかりなことがひとつある。
時間はある、と書いておいてなんなんだけども、時間があると思えているうちは確かに問題ないんだけども、このタイプで一番怖いのは「魔が差す」ことだ。
ある種の交通事故に巻き込まれるような不運。
不安感や閉塞感に呑まれているときに、ふと魔が差すのが一番怖い。
不安感や閉塞感だけなら、ストレスで早死にするかもしれないが、それだけではなかなか自殺まではいかない。そんな魔が差した瞬間に踏み止まれるかどうか。それが事の明暗を分けるかもしれない。
はてさてどうしてくれようか?
簡単である。ふいに魔が差すのが怖いというなら、敢えて安全を確保した上で、魔が差す状態を疑似体験しておけば良い。ワクチンを打てば解決だ。完璧だろう?
というわけで、「魔が差す」をテーマに掌編を書いてみよう。作中作、はいどうぞ。
†
私は満足げに溜息を吐いた。
存外に長く生きたものだ。思えば、幸せな人生だった。
こうして目を閉じれば、君の笑った顔を思い出せる。
君の声。君の横顔。君の言葉。
ロクでもない人生と、悲嘆にくれたこともあったけれど。
終わりが近づいてみれば、望外の幸福に満ちていたことが分かる。
あの頃の自分に教えてやりたいぐらいさ。
真っ直ぐ生きられたら良いと思っていた10代の頃。
どうして真っ直ぐ生きられないのかと嘆いた20代の夜。
誰もが曲がりくねった道を行くと、ようやく気づいた30代の私。
人生は悪くない。悪くなかったよ。生きるというのは、ただ素晴らしかった。
思い詰めた私に、悩み過ぎた私に、考え込んだ私に伝えてやりたいよ。
君に逢えた。それだけで私は報われた。
ただ。
ダメだな、最近はもう、頭にもガタが来てしまったらしい。
正直に言うよ。
君の名前を思い出せない日がある。
君と私がどういう関係か、分からなくなることがある。
君との大切な思い出が、思い出せなくなるときがある。
流れる月日には勝てない。それだけだ。
これでも、平均寿命を優に10年も超えて頑張ったんだ、もう充分だろ?
思い遺すことは、あると言えばあるけれど、些細なことだ。
君を残して先に逝くことだけ。なあんて、ね。
まぁでも、今日はとても具合が良いんだ。
いつもの悪い冗談も、君との記憶も、その笑顔も、完璧に思い出せるよ。
なんなら、今日は人生最高の1日だ。また自己ベストを更新しちゃったぜ。
意識も、思考もはっきりしている。いつぶりだろう。
ここは終末期医療のための病室。
私の余命は数週間だったか、数ヶ月だったか。
22世紀になってなお、命の終わりを正確に予測することはできていない。
私の気力次第ということらしい。根性論かよ、結局は。
まったく。いやでも、少し安心してるんだ。
どれだけ文明が進歩しようとも、世界は手加減してくれない。
死に場所に辿り着いてなお、未来には憧れが詰まっていることに。
すげぇよ世界、人類、未来、命。
思わず天を仰ぐ。白い天井。そらそうか。
視線を横にやる。窓の外には、澄み渡った蒼空。綺麗だ。
暫し空を眺め続けた私は、やがて視線を戻す。
ふいに気づく。
左腕に繋がれたチューブ。
私の生命維持に多少なり貢献しているであろう、それだ。
明日の私はどうだろう?
君のことをちゃんと思い出せるだろうか?
この1年、君のことを思い出せる日はどれだけあった?
確率は? いやいや、ここ1ヶ月は、1週間は、さらに悪くなってるだろう?
なあ、明日、私は君のことを思い出せるのか?
今なら。
いや、分かってるさ。
22世紀だぜ? 遠隔できちっとモニタリングされているさ。
そんなことをしたって、医者や看護師が飛んでくる。今やAIドクターなんかも普通にいるんだぜ? そんなことしたって、結果は見えてる。
ああ、困った患者さんだな、で終わりだ。
未遂で終わる。30回やったら、29回は未遂で終わるんだ。
でも。
あと1回は、死ねるんじゃないだろうか?
君のことだけを思いながら、死ぬチャンスが目の前に転がっている。
だって、ほとんどノーリスクだぜ?
人生の末期をほんのちょっと汚すだけで、約3%、理想的な結末が手に入る。
やらない理由、ある?
きっと今だけだぜ?
右腕にもなんとか力が入る。君のことを思い出せる。
今なら、まだ自分の自由意志で選べるんだ。
勝率たった3%のデッドオアアライブガチャ。
だってさ。
怖いんだよ、死ぬのって、滅茶苦茶怖いんだよ!?
たとえ、君が看取ってくれたとしても。
私は、君が誰かも分からなくなってるかもしれないのに!
君の涙を拭うことも、その手を握り返す力もないかもしれないのに!
君の手を、離すことが、ただ怖い。ほんの未来が恐ろしい。
呼吸が乱れる。心音が荒れる。
誰か様子見に来るかもな、はやくしないと、3%も怪しいかもな。
そして私は、残った力を振り絞り――。
†
はい、終わりー。
こちら、「理想的な死に方」をテーマに、じゃなかった、違う違う、「魔が差す」をテーマに書いてみました。いかがでしたか? 皆、長生きしようぜー?
ええと、情緒がジェットコースターなんですが、頑張って書きあげましたよ。
よくよく考えてみると、突っ込みどころ満載というか贅沢言いすぎてる感ありますね。少なくとも私、120歳近くまで生きてませんか、これ? 君はそれ以上とかほんとパネェ。
――「それでも、最期まで生き抜くんだ」と叫んだ。
そんな、やべー患者になれますように。
堪らない不安感や、閉塞感の最果てで、不格好にも胸を張れますように。
心に免疫がついたなら幸いです。
†