47 金銭・評価的余裕<スラック>~人間×評価<カネ>軸
今度は、人間×評価軸で考えてみよう。
ひとつ。金銭的『余裕』。財布や口座のお金、電子マネーなど。
適度なら、万能の切り札だろう。金銭を得る手間を考えると、最高効率とは言い切れないが。全能ではないにせよ、万能性は飛び抜けている。とても便利だ。
過剰であれば、衝動買いなどで無駄が増える。性格が傲慢になっていく。買い物中毒のリスクがある。また、宝くじの高額当選のように、急にまとまったお金を手に入れてしまうと悪意を向けられる現実的なリスクがある。
不足すると、とにかく困る。行動に融通が利かなくなり、生活が義務的なものに変わってしまう。借金をすると、さらに将来的な金銭的『余裕』まで失うという貧困の罠まである。
拗らせると、価値観を限定的なものにしてしまう。金銭面のみで自身や他人を評価する。投機的な行動で荒稼ぎを考えるなど。スマホのように、便利に対する依存が起きる。
ふたつ。固定資産的『余裕』。特に持ち家や不動産ね。
適度なら、地に足のついた生活ができる。大家さんに頭を下げる必要がない。
過剰であれば、管理の手間が掛かる。要するに、土地が広いほど、草むしりが大変になる。建物が多ければ掃除が大変だ。税金が掛かる以上、ただ放っておくことが難しい。
不足すると、少しだけ生活に不安が残る。居住の権利があるから、急にどうこうということはないだろう。しかし、仕事を失ったら? 家賃が払えなかったら? という将来的な不安がちらつく。
拗らせると、性格が傲慢になっていく。所有しているという事実が、他者への支配欲と絡んでトラブルの火種を撒き散らす。
みっつ。流動資産的『余裕』。特に株式だね。現金は金銭的『余裕』のところでもう語ったので除外する。
適度なら、金銭的『余裕』を生むと同時に、社会の仕組み・動きに興味が湧くようになる。社会人として、社会との関わり方を知るきっかけになる。
過剰であれば、所有することへの心理的負担が増える。要するに、株価などのちょっとした値動きに一喜一憂し、疲れる。ただ、管理の手間は固定資産ほど増えない。株式であれば、その会社の社員に給料を(間接的に)払うことで、草むしり清掃その他維持発展の手間をお任せしている形になるからだ。給料を払わなければ自分で全部やる必要がある。個人事業主パターンだね。
不足すると、金銭的『余裕』を得る方法が、その身ひとつになりがちだ。健康状態や体力次第で生活に大きな影響が出る。年金に期待するのもいいし、いざとなれば生活保護を受けるのもいいだろう。けれど、たとえば生活保護に依存して抜け出せないのは如何なものだろう? 今後将来的に社会格差が極端に広がって、生活保護を受けなくては大多数の人が生きていけない世の中になってしまったら? うっ頭が……(エタってる長編を思いつつ)。
拗らせると、所有のストレスから無気力になったり、逆に攻撃的で傲慢に振る舞ったりする。社会関係が上手くいかなくなる。
よっつ。社会関係的『余裕』。
適度なら、繋がりのある人たちの中で、居心地のいい互恵的な関係を作ることができる。
過剰であれば、エゴサで一日が終わる。というのはいつもの悪い冗談にしても、関係を維持するためだけに時間的『余裕』がなくなっていく。なかなか関係性のリセット・断捨離はきついものがあります。なので、遊び仲間数人でつるんだり、井戸端会議などなど、上手くグループを作るのがいいでしょう。人数を減らさず、付き合いの数だけ減らす工夫ですね。
不足すると、孤独感や不安感がつきまといますね。何かに打ち込んでも、響かない。言の葉はただむなしく散るばかり。社会も手加減してくれない。なるほど。むしろ筆者に刺さりすぎるな?
拗らせると、対人マウント合戦が始まりますね。結果として、社会関係が築ける人と築けない人の格差が広がる。SNS企業は儲かる。ただ、どうなんでしょうね? 社会全体の関係総量を測ることができたとしたら、私たち人類はちゃんと関係性を築いて育てていくことができているのでしょうか? 争いがえんえんと続く場合もあれば、一方的な加害者・被害者関係になることもあり、遠くの恵まれない人と比べれば~といったその場にいない人まで巻き込んでマウント合戦に明け暮れます。まぁ、不毛だな。
評価軸を掛け合わせました。
やっぱ、この手の話題は好きなんでしょうね。案の定、他より長めに書いてしまった。
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