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記述主義者がペンを捨てるまで。  作者: ほんの未来
第7章:記述主義者と努力嫌いのための努力論。
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530 「障害がある」を笑い飛ばす250

 では、手段はどうだろう?

 まず、相手の土俵で勝負できているかとなるとすこし怪しいが……それでも完璧に外しているということはあまりないんじゃないかな?

 記者の戦いは、言葉や名誉という次元で行われている。復讐相手がそのどちらとも無関係、なんてことは考えにくい。まぁ、言語は種類がたくさんあるので、母語が違ったりすると復讐しづらいというのはあるかもしれないね。

 労力(コスト)そのものがちいさいとは言えないが、生きてゆくための仕事にできる点はメリットと言える。どのみち稼ぐ必要があると言うのなら、復讐ついでに金を稼げるというのはじつに嬉しいね。これは実質労力(コスト)ゼロと言ってしまってもいいかもしれない――なんていうのは大袈裟(おおげさ)かな?

 成功率という点から見たらどうだろうか? 取材方法にせよ、記事の書きかたにせよ、自分の実力次第で成功率を上げられる点は、じつに良いね。ペンは剣よりも強しと、「強くなりたい」という一心がきちんとある。これは素晴らしい。もっとも、そもそも記者として職を()ることのほうが難しいかもしれないが。

 逆に成功率を下げる要因として、SNSユーザーとの対立が考えられる。

 SNSで告発する人からみれば、記者というのは体制側の人間に見える。組織としての力を借り、営利企業としてのしがらみもある。また、集団に属することで、世に問う個人としての責任を濁しているようにも思える。広告主や株主の意向を忖度(そんたく)しているようにもみえるかもね。それが外国籍であった場合、売国奴のように(うと)まれるかもしれない。

 まぁ、SNSだってフォロワーとのしがらみはあるし、その匿名性に助けられている面もある。そもそも、SNSだって、その大元(おおもと)は営利企業が運営していることに変わりはない。有名どころのSNSは大企業すぎて、「あたりまえ」になりすぎているから忘れてしまうだけだ。

 結局プロとアマチュアの違いでしかないが、なかなか解消しがたい(みぞ)があるように思えるね。とくに現代では、新聞社や雑誌社は大企業ではあるだろうけど、有名どころのSNSを運営するのは多国籍企業のなかでも上位に食い込んでくるぐらい巨大な会社だ。SNSの隆盛はマスコミの権威を頭から押さえつけているのかもしれない。


 というわけで記者業は復讐劇に使えるか振り返ってみよう。

 巨悪を叩くこともできる規模感は魅力的だし、組織的に活動するメリットはあるだろう。

 反面、SNSを広がりは脅威だ。ただ、すでにSNSの利用者数は人類の半数を超えている。こちらはそろそろ頭打ちが見えてきてもおかしくない。

 今後の人工知能も普及してくるだろうが、みずからの足を使って集めた事実(ファクト)、ペンを走らせて書きとどめた真実は変わらず価値を持つだろう。もし価値を失うとすれば、マスコミがSNSの要約をするだけの組織へと成り下がったときだろうか。そうなれば、SNSそのものにも、人工知能にも勝つことはできなくなるね。

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