25 射幸心の煽動<ギャンブル>2
ひとつ目、胴元の存在について。
忘れがちだけれど、賭ける場所、それを運営する人たちは無償奉仕でやっていない。どのような形であれ、維持費や労働が必要になる。具体的には掃除の手間だ。場所を整えるために、様々な、ありとあらゆる意味での掃除(意味深)をする必要がある。
労働にはそれ相応の感謝を示す必要がある。控除率はそのためのもの。多少の上前は撥ねられてしまうわけだ。逆にいえば、場を維持するために協力的であったなら、あるいは場を維持しているのが自分であったなら、感謝して貰えるし、利益を得ることもできるだろう。
ただし、日本では賭場の私的開帳は違法行為だ。刑法185条と186条。一時の娯楽に供する物以外を賭けてしまった場合、50万円以下の罰金か科料、常習性が認められれば3年以下の懲役、賭博場開帳図利罪・博徒結合図利罪なら3月以上5年以下の懲役。少なくとも日本国内では絶対にしないように注意してください。
ふたつ目、選択機会の不足について。
そもそも、勝負師であるためには、選択の機会がなくてはならない。そして、選択の機会で勝ち筋を選べるからこそ、強い勝負師と言えるわけだ。
つまり、状況に振り回されるだけで、自分の決断が何ひとつできなかったとすれば、勝負師の入り口にすら立てていないことになる。まず必要なのは選択肢だ。
選択肢を自覚し、冷静に結果を計り、決断の良し悪しを図り、戦略を謀らなければならない。そうしなければ、勝負師として強くなれない。
まずは、逃げ道ぐらいは用意しておこう。戦略的撤退はいつでもできる。妙なプライドに惑わされず、実際に逃げることができる。攻めるか退くかの選択は、誰でもできる初歩的な選択肢だ。だが、強い勝負師はこれが極めて上手い。
次に、選択機会を数えること。もしも選択機会が見つからないようなら、単に疲れているとか、逆に寝起きなど本調子ではない可能性がある。そうならないよう、自分の体調をしっかりと把握しよう。
あとは、選択肢を見つけ、決断し、結果を冷徹に評価する。その繰り返しで判断力を磨いていくこと。しょうもない選択肢ならさらっと対応できて、重要な決断にあらゆる感性を傾ける。決断は疲れる。疲れれば間違える。当たり前ではあるけれど、勝負所で仕掛けるために、自分の精神的『余裕』が残っていなければ話にならないからね。
みっつ目、対人戦略の軽視について。
場を弁えた上で判断力を磨けば、ある程度強い勝負師にはなれるだろう。
ただ、これだけだとある一線で限界を迎える。
何故なら、勝ちすぎて夜道で刺されるからだ。
勝負の熱に高揚するのはいいけれど、踊らされてはならない。勢い余って、相手に恨まれるような勝ち方はすべきではない。度量で相手を心酔させるぐらいでなくては本当に強い勝負師とは言えないんだ。対戦相手、人間のことをよくよく見なければならない。
場当たり戦術に頼らず、戦略的に相手を上回ること。勝った側にも勝ったなりの責任はあるのだろう。独りでギャンブルはできないからね。