01 はじめに
この話はあと1ヶ月ぐらいあれば、書き終わるな。
――って、1ヶ月前の自分が言ってました。
ここからが新規投稿分になります。
少なくとも5月末までは毎日更新予定。どこまで続くやら?
つい先日、ふらふらと思索の旅に出ていたときのこと。
ひとりの子供を見かけたんだ。
少子化が嘆かれるこのご時世、ひとりきり? 珍しいこともあるものだ。
子供は皆で大切にしていきたいと思うんだけど、親御さんはどこだろう?
大丈夫かな? 私が見かけたその子はさ。
表情を曇らせていて、少々うつむきがちで、握られた手は小さく震えていた。
いったい、なんだってこんなことに!
その子は、どうやらお叱りを受けたらしいんだ。
曰く、何にでもかんにでも『ヤバい』だの『ウザい』だの言うんじゃない。言われた相手の気持ちを考えなさい。そんな汚い言葉を使うんじゃない。
そんな音の羅列が子供を打ちのめした。
言葉なく、その子はじっと耐えるしかなかったんだって。
なるほど、つまりは『言葉狩り』だね。
ああもう、言葉ぐらい好きに使ったらいいのにね?
どうしようもない、このもどかしさを言葉にできたらスッキリするし。
小さな違いにきちんと気づけて、言葉にできる人はカッコいいだろう。
まして、まだ世界の誰も見つけていない素敵な宝物を見つけ出して、最初に名前をつけるのなんてどうだろう?
君に名前を付けたご家族の方だって、きっとその時は誇らしさを感じていたんだから。
まぁでも、ヘラヘラ笑いながら、平気で人を傷つける鈍感でありふれた人間なんかより。
ケラケラ笑って、ちいさな愉快を両手いっぱい抱えた私や君の方が、よっぽど上等に人生してると信じたい。
いつもの悪い冗談だね。
確かに色んな言葉を知っていて、使いこなせた方が楽しいよ。
そのはずなんだ。
それでも、そんな私であっても許しがたい言葉のひとつぐらいあるものだ。
悪人面した悪人がいたとして、善良なる一般市民である私たちとしては、そっと視線を外して距離を取ればいいだけのことだ。
実際、厄介なのは善人面した悪人だろう。気づけば騙され搾取され、這々の体で逃げ回り、どうしてこうなった? って主人公が言うのさ。
本当に恐ろしいのは、汚い言葉なんかじゃない。
綺麗に見える癖に、よくよく考えたら卑劣極まりない言葉。
そういった言葉ほど、くれぐれも取り扱いには注意が必要だ。
『がんばれ』
こんな非道い言葉が、たった4文字でありふれて使われているとか、背筋が凍ってしまいそうだ。
ああ、一応付け加えておくけれど。
「がんばろう、日本!」だとか。標語でも使われたりする。
でもこれは、「皆で一緒に」がんばるという意味だ。とても公平だ。
こういうものは別に否定しない。正しく言葉を使えていると思う。
不特定多数の人々に向かって、抽象的にならざるを得ない状況下で、やむを得ず使うのであれば、確かに妥当な使い方だろう。
けれど。
君に、他でもない君に、唯一無二たる君に、私が掛ける言葉として。
『がんばれ』ほど不適切な言葉はない。
不誠実で、ただただずるい。
そんな残酷な言葉を投げ掛けるなんて、ぶん殴られたって文句は言えない。
だってそうだろう?
いや、お前こそ(具体的にはエタってる長編の更新とか)がんばれよ、とか。
あるいは率直即物的に、応援するなら金くれよ、とかね?
推し活やクラファンみたいな話だ。
そんな風に言い返したくなって当然だろ?
大体、君が結果を出さなかった時、努力不足が原因にされるとか正直どうよ?
グローバル化や情報化が進む昨今、世界一以外は全部努力不足ってことになるんだけど、どう思う?
いまだ夢が叶わない? 目標に届かない? 息苦しさが胸奥を抉っているのに?
もっとがんばれ? もっとってどれだけ?
具体的な方針策定も定量化もせずに、際限なく、努力を求められる?
人間誰しも、1日は24時間、1年は365日(たまに閏年で+1日)しかない。時間法則以上を求められても、寿命以上を求められても、それは実質無限の労力を求められるのと変わりない。
そんな理不尽を、たった4文字の言葉で要求されるなんてたまったもんじゃない。
そうは思わないかな?
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