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記述主義者がペンを捨てるまで。  作者: ほんの未来
第6章:記述主義者ともう失敗しない方法論。
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05 時期未明&補足

 期間が長くていつだったかはっきりしない失敗談。


 子供の頃から中耳炎になりやすく、耳鼻科によく通っていた。

 毎回違う子と仲良く遊んでいるものだから、人と仲良くなるのが上手いと、親に思われていたらしい。

 フリーターの頃、バイトの帰り道で独り、ようやくそれを思い出せたこと。

 君の笑顔を見るのが好きだった。それだけのことを忘れていたこと。

 晩秋の満月を見上げながら、泣いてしまったこと。


 子供の頃、聴覚の認知に偏りがあったこと。

 人の話を理解するのが苦手だったこと。

 正確には、聞くことと理解することを同時にするのが苦手だったこと。

 レコーダーのように正確に、人の話を抑揚から言い詰まったところまで完全に覚えていたこと。同じ時間をかけて頭の中で反復してようやく理解できたこと。

 その理由は、他人に興味を持っていなかったからだということ。

 話の流れを汲み取らず、相手の立場で考えず、状況も踏まえなかったこと。

 会話を受け身で考えていて、いつも初見殺しの感覚で言葉を交わしていたら、そりゃあ難易度は狂気の沙汰(ルナティック)だろうよ。反面、文字の理解には問題がなく、むしろ人より早く読めていたのだが。

 あと、高校の時の記憶力低下を境に、丸暗記までは流石にできなくなった。まぁ今でも、細かな音を聞き分けるのは得意だと思うけれど。


 小学校4年生の時の授業参観。

 内容は自殺がテーマだった。教科をはっきり覚えていないが、たぶん道徳だろう。

 死ぬ順番を守りなさい。親より先に死んでくれるなと教わった。

 その明快なルールが、私の生きる理由だったこと。

 それしか生きる理由がなかったこと。

 そしてすぐ、抜け道を考えてしまったこと。

 不慮の事故で殺してくれないかなと思ってしまったこと。

 生きる理由を欲しながら、死ぬ言い訳を探していたこと。

 破滅的な願望と自己嫌悪が、私を軋ませたこと。

 恩師の言葉を、汚してしまったこと。

 生きづらさの言い訳にしてしまったこと。


 子供の頃から、将来の夢を抱けなかったこと。

 未来に希望を抱いていなかったこと。

 自分が得意なことは、パソコンと同じだった。

 勝てるわけがないだろう。そう思っていた。

 どうせ取って代わられる。そう思っていた。

 自分に価値をカケラも見出していなかったこと。

 自分の意味がどこにあるのか、分からなかったこと。


   †


 最後にちょっとした補足。

 これは失敗談ではないが、失敗談の合間の穴埋めとして。


 大学生1年目の時にサン(Sound)ホラ(Horizon)を知ったこと。

 カラオケで先輩達が男女デュエットで「朝と夜の物語」「雷神の系譜」を歌っていたこと。衝撃を受けたこと。

 そのアーティストのアルバムは凄まじかった。

 類を見ない物語性の強さ、その物語に寄り添う適確で魅力的なメロディー、歌詞カードは暗号が仕込まれていて、アルバムケースを分解すると見つかるWebアドレスに答えを入力すると隠しトラックがダウンロードできる。しかも解答がアナグラムになっていて、実は答えが2つある。隠しトラックも2つある。

 まぁ、レーベル移籍でそのWebサイトの方はもう閉鎖されてしまっているが。

 そんな作品であれば、どうせゴテゴテした不出来のものになるのが普通だ。しかし、その完成度は極めて高く、ひとつの作品として調和していた。むしろ集大成的なアルバムだった。様々な立場に置かれた人たちが、必死に生きた群像劇。

 昏さと輝きに満ちた、人間讃歌に憧れた。

 足し算に美学があるということを、初めて知った。

 足し算の意味も知らずに、小手先で数学をしていた自分を恥じた。

 ようやく、空っぽのままの自分では世界に向き合えないことに気づいた。

 小説を書きたいと思うようになったのは、彼の作品を聴いたからだった。


 これも大学1年目の時。ガラケーでWeb小説を読んだこと。

 タイトルはソードアート・オンライン。まだ作者は電撃文庫デビューをしておらず、Web掲載されていた頃のものだ。アリシゼーション編まで夢中で読んだ。

 MMORPGに興味を持った。パソコンは持っていたので、やってみた。

 今から思えば、2000年代のMMORPG全盛期である。

 もちろんプレイしたのは有名どころのラグナロクオンライン、などではなく。まぁ本当にひねくれていると思うが、『政治・経済が学べるMMORPG』が売り文句の、君主Onlineというゲームだった。当時まだ10代だというのに渋い趣味である。

 これはとても私の性に合った。

 計算でできている世界だ。ボイスチャットの無い時代、他人との会話は全て文字で行われる仮想世界。私にとって、障碍が何もないのだ。

 そして、奇妙に思えるかもしれないが、実社会を学ぶのにも適度な課題だった。現実社会は、あまりに巨大すぎる。同時接続数1000人規模で、それぞれのプレーヤーが自由に狩りをしたり製造したり、集まってイベントをしたりという流動的な様子をイメージして欲しい。そして、人々が入り乱れ、立場を変え、争ったり協力したりするんだ。

 学校も規模は似ているが、クラスやクラブ、部活動で分かれてしまってグループを違えた交流がない。小組織間の調整を先生が担ってしまう。集団生活は学べるが、社会生活は学べない仕組みになっている。学校で社会生活を学べる人は、そもそもある程度の社交性を有する人だけだ。

 現実社会は日本だけでも1億人規模で、世界だと何十億人という単位だ。文化、宗教、人種、歴史、思想諸々、大きすぎて全体像が掴めない。ルールも分からないのに、放り出されても正直困る。訳の分からない理不尽が目の前に迫ってきて、実践と経験と気合いと根性でなんとか乗り越えろ? 失敗しようものならSNSで吊し上げ? どんなクソゲーだよそれは。それを上手く初見でクリアできる人間は、よほど運の良い人間だけだ。

 だから、なんとか理解できる、ほどほどの規模で、社会の模擬体験がしたかった。ルールに共感する私にとって、この遊びは手頃だったのだ。

 面白かったのは、合理的なだけではダメだと知れたことだ。

 狩り収益の期待値計算や、武器・防具の最適化、資本規模の集中を、リスクの分散を、効率を、もっと効率を! 追求して追求して、それでも一線級には届かないのである。

 必要なのは幸運だろうか? アップデートの傾向から今後の仕様変更を予想し、先んじて有用な資源を押さえておく? 全財産を投じた大博打で勝てば勝者になれる?

 それが、全く違ったんだ。

 いわゆる、名物プレーヤーの存在である。

 その人の周りに人が集まってくる。

 高効率な狩り場の奪い合いに参加しなくとも、必要な素材が集まってくる。交換、融通、ちょっとした貸し借り。当たり前にトラブルも起こるのだが、そいつがちょっと謝ればなんか不思議と解決しちゃうのである。

 そういう人と競争すると、持久戦で必ず負ける。小手先の論理(ロジック)や奇策の類ではまるで揺らがない精神性(メンタリティ)(さか)しらなやり方なんて、名物プレーヤー達を前に通用しなかったんだ。

 ゲームタイトル通り、君主という最高権力者(実際は割と名誉職)を決める選挙システムがあり、立候補したんですが、普通に負けてましたね。

 新しい仕組みを提案する構想力はあったものの、人の心を動かすことはできませんでした。粘り強さというか、厚顔無恥さ加減で立候補し続けるうち、たまたま名物級の人が他に出ていなくて初当選できたこと。就任式で機材トラブル起こしてログインできなくなり、パソコン画面も私の顔も真っ青になったこと。ここは明らかに失敗談だな……。

「結局のところ、いちばん面白いのは人間なんだよ」

 そんな世界で、ある人からこんな言葉を貰いました。

 今でもそれは響いている。私の心に、響いている。

 あとがきとかでよく出てくる友人さんですね。

 現在でもペンフレンド的な関係を続けています。

 まぁ、そんなこんなでサービスは16年近く続き、2022年の3月9日にサービス終了しました。結構な時間を消費した割に、今でも後悔はないですね。不思議なものです。

 なんだかんだで、貴重な経験したからですかね? 社会人になって、世の中や政府の在り方について知っていけば、なんで政府は赤字国債刷ってまで金融緩和するの? 馬鹿なの? って考えたりすると思うんですよ。

 まさか、MMORPGで金融緩和の判断をする立場を体験できるとは思わなかった。

 不況のまま全員が不幸になるか、金を刷って一部だけでも救うかの2択。どっちの最悪がマシかという政治的判断。どうやればそんな状況に追い詰められずに済むのか。マイナンバーカード普及に政府がこだわる理由とか、およそ共感できてしまうのは、こんな経験をしたからだ。


 あとは……数学にこだわった理由とかも最後に触れておきましょうか。

 中学1年生の時、確か少し肌寒い11月だったかな。

 私は独り、中庭を歩いていて、背後から強い風がざっと吹いてきて。

 校舎のL字型の角の部分に風が集まり、枯れ葉がふわりと舞い上がる光景を見た。

 そのときになんか直感しちゃったんですよ。

 世界の全てが、XやYやZ、グラフで表現できるような気がしちゃったんです。

 世界構造が透けて見えてしまったような、錯覚を抱いた。

 ちょっと早い中二病だったんじゃないでしょうか?

 数学をやるために、数学をやる理由さえ捨てるような愚か者が、それでも数学にこだわったのは、そういう理由です。そんな檻に、囚われたんです。


   †

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