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記述主義者がペンを捨てるまで。  作者: ほんの未来
第7章:記述主義者と努力嫌いのための努力論。

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94 とある記述主義者の慟哭

 私は君と別れ、ひとり。

 夜道を歩く。

 星は見えない。あいにくの泪雨(なみだあめ)を抱いた雲が、空を果てまで覆い尽くしている。

 こんな陰鬱(いんうつ)な夜に出歩く物好きなんて私ぐらいのものだ。


 歩く。歩く。歩き続ける。

 がらんどうの心は(きし)むでもなく、静寂(せいじゃく)をたもったまま。

 だあれもいない。

 いくら耳を澄ませても、雑踏(ざっとう)喧噪(けんそう)は聞こえない。

 聞こえるのは自分の足音と、この心臓の音ぐらいのものだ。


 いつ終わるともしれない道も、歩み続ければいずれは行き着く。

 清々するほどひとりきり。

 こんな姿は、君には見せられないから。


 私は炉の前に立つ。

 熱量を感じない。錆だって浮いている。

 いつから使われていないのか、寒々しさが濡れた身体に()みるようだ。


 何もかも無駄だったな。私は(ひと)りごちた。

 何もできなかった。

 何も救えなかった。

 何も変わらなかった。

 それすら烏滸(おこ)がましかった。


 できねぇのも、救えねぇのも、変われねぇのも。

 そう、私の、手前(てめぇ)の不足だ。

 前言撤回、有言不実行。全部自分の至らなさだ。

 世界が遠い。感覚が遠い。まるで全てが他人事(ひとごと)だ。

 躁鬱(そううつ)の成れ果てが、衝動を(いざな)ってくるんだ。


 まるで話にならない。

 届かない。

 君の笑顔に届かない。

 なんの意味もなかった。


 私は炉に放り込んでいく。

 多重構造主義? 空理空論(スラックマネジメント)

 気取ってんじゃねぇよ。

 こんなものが一体全体なんになるんだ? なぁ?

 これはただの分析ツールだろう? ()れて、それで何になる?

 訳知り顔で、理解(わか)ったふりして、それっぽいことを並べ立てるだけ。

 それは他者(ダレカ)の専売特許だ。知ったかぶりの人間ごっこは楽しいか?

 世迷(よま)(ごと)()()いで生まれたのは、(ココロ)のない怪物(わたし)だ。

 空っぽの自分を、これっぽちも満たせてはいないんだよ。

 どこも誤魔化(ごまか)せてない。なにも(つくろ)えてない。

 嘘はない。だが本当でもない。

 なにもない。だから向き合えていない。

 あの日の挫折(ざせつ)から立ち直れていない。

 こだわりを捨てて、他に何もないから分析に頼る。

『君の幸福』『心安らぐ穏やかな時間』『明日を変える勇気』

『君の心』『充足した人間性』『生きる理由』『才能』

 君の輝きをいくら調べたところで、透明な網膜をすり抜けていくだけなのに。


 星空のバイアス? 認知的背理法(ツンデレごっこ)

 君との思い出すら、炉に放り込んでいく。

 なんなら私も。中に入ってしまおうか。

 なぁ、冗談だよ。いつもの。

 悪い冗談なんだ。だからさ。

 笑いが止まらないのさ。

 足下に散らばる何かに、(しずく)が垂れるのは。


 私は最後に残ったものを取り出す。

 無責任カード。

 私は、それに火を()けた。

 ぽとりと落とす。

 火種にちょうどいいよな。


 業火(ぬくもり)()かれながら、君を想う。

 この愚かさこそ、消え去ってくれ。なぁ?

 笑止体にでもしてくれよ。いつもの悪い冗談だよ。

 のたうちまわるような自己嫌悪が昨日を殺していく。

 どうか、生まれ変わらせてくれ。


 ああ、そうだよな。

 できないということ。

 できないということ!

 それがここまで身を(さいな)んでいる。

 悔しくて、悔しくてさぁ!

 どうにもならなさに、どうにかなってしまいそうさ。

 君にあこがれ、君に焦がれてみたけれど。

 うつろな心、ちぐはぐな感情、まるで足らない人間性。

 人間未満を(くすぶ)らせていても、華氏百度(たいおん)にさえ届かない。

 白木の杭のように突き刺さった悔恨も、怪物(わたし)を殺すには足りないのかな?

 失敗(おもさ)失敗談(かるさ)()えたなら。すこしは燃えやすくなったかな?

 心も身体も、涙さえも()れてしまったなら。燃料の足しになるのかな?

 不可能(できない)()えて、可能(できる)に届かせる熱量はどれだけかな?


 最後に、産声の幻聴が聞こえた気がした。


 ……。

 曙光(しょこう)差す頃合い。

 灰より生まれた、ひとつの輝石。

 乱反射したきらめきは、絶えずカタチを変えていく。

 その「うごき」は、どこか人の「(かた)」のような――……。


   †

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