H・十四日目
翌日。俺はまたも二両目の前側に立っていた、彼女と会話をするために。やがて彼女がやってくる。
「おはよ」
「おはよう」
少し前までは全く考えられなかったことだが、朝のホームで女子と挨拶を交わすのが俺の日常になりつつあった。
「ちゅ、中間テスト、どうだった?」
俺は、前日に考えておいた話題を彼女へと振った。昨日丸一日を掛けて俺と彼女の共通点を探り、共通する話題を探った。その結果、『高校生活に関することが良いだろう』と考えた。そして最近の出来事ならば、『一学期の中間考査に関する話題が適切かもしれない』と思い付いたのだ。
「ん~・・・。まあまあ、かな?」
「そう・・・。ち、ちなみに得意科目は?」
「別にないかなぁ」
「じゃあ苦手なのは?」
「それも別に」
「あ、そう・・・」
会話終了。彼女の素性に繋がりそうな情報は、なにも得られなかった。
いや、まだだ!
「その制服って、珍しいよね?」
「そう?」
「うん。緑のブレザーって、あんまり見ないから」
彼女が着ている制服は緑色のブレザーだ。そして白シャツの首元には赤いリボン、さらにスカートは白と灰色によるタータンチェック柄。
「あ~、そうかもね」
彼女は自分の制服を見ながら答えた。よし、ここで畳み掛けよう。
「えっと・・・、どこの高校だったっけ?」
「知りたい?」
彼女は俺の目を見て、訊いてきた。よしよし、これで彼女の素性の一端を掴めるぞ。
「うん、知りたい」
「ダメ、教えない。自分で考えて」
無情にもそっぽを向いた彼女。
考えるもなにも、そんな制服は見たことがないんだけど・・・。
しかしここまで踏み込んでしまったら、もう前に進むしかない。後日、また同じことを聞くのも変だろう。ということで、少しヤケになって続ける。
「えっと・・・、衝羽根高校のところで、降りてるよね?」
衝羽根高校。それは、───ちょうど一週間前と昨日の二回、彼女が下車した───四駅先にある高校だ。その高校の制服は、彼女の制服とは異なる。普通に考えれば、彼女はその高校の生徒ではないだろう。しかし、転校生という可能性が残されている。彼女は『現在三年生で、本来の制服を新調することを免除された』という可能性も有り得るのだ。しかしまぁ、彼女が転校生であった場合は、俺との関係性の謎は更に混迷を極めることになるのだが・・・。
「学校に行く前に、寄るところがあるからね」
彼女は顔を正面に向けたままで答えた。
・・・え? なに? じゃあ、そのあとにまた電車に乗るのか? 一体どこの高校だ?
完全に手掛かりを失った。いやしかし、『四駅先で降りて用事を済ませてから、また電車に乗る』となると、彼女は何時に自分の高校に着くのだろうか。まさか毎日遅刻をしている訳ではないだろう。だったら候補の高校は、かなり絞られることになる。これはこれで大きな手掛かりになるのでは───との考えから、更なる手掛かりを求めることにした。
「そ、そういえば、久しぶり・・・だよね?」
「そう? 昨日も会ったよね?」
再び俺の顔を見た彼女。
「いや、そうじゃなくて・・・。最近会うまでが、その・・・、ひ、久しぶり・・・だと・・・」
未だに彼女が誰なのかを分かっていない俺は、ところどころで言葉に詰まった。手探り状態で会話をしているからだ。
「ん~。まぁ、そうなのかな?」
また正面へと顔を向けて、微妙な返答をした彼女。そこは断言して欲しい。『久しぶり』となれば、『中学の頃の知り合いではない』と考えて良いのだから。よって、更に畳み掛ける。
「な、何年ぶりになるかな?」
「・・・なに? どうしたの? 何か変だよ? まさか・・・、ワタシのこと、覚えてないの? それはないよね? あんなことしたのに」
「そんな訳ないない! なに言ってんの? 覚えてる、覚えてるよ! ハハッ!」
ジロリと睨んできた彼女に対して、俺は完全なる嘘をついてしまった。それにしても『あんなこと』とは、一体なんなのだろうか。俺は彼女にヒドいことでもしたのだろうか。しかしそれなら、なぜ彼女は俺に挨拶をしてくるのだろうか。
様々な疑問に対して、俺の脳は追いつけないでいた。処理しきれずにいた。
あぁ、もうダメだ・・・。これ以上、どうすればイイんだ・・・。
観念した俺は、とうとう自白する覚悟を決めた。しかしそのとき、電車が到着。彼女は車内へと乗り込み、大きなバッグを抱え込むようにして座席に着いた。そして俺は・・・、彼女の隣に座った。自白をするために。
「・・・ゴメン。実は、その・・・ キミのこと、よ、よく覚えてないんだ・・・」
俺の言葉を聞いて、彼女がこちらを見る。怒られるだろうか、軽蔑されるだろうか。そんな心配をよそに、彼女は意外なことを言い出す。
「今日はなんで、隣に座ったの?」
「え?」
俺の自白を無視しての唐突な質問。不意を突かれた俺は答えに窮した。
「ねぇ、なんで? 昨日と・・・、あと、先週も隣に座らなかったのに、今日はなんで座ったの?」
「いや、それは・・・。もう少し、話がしたいと思って・・・」
「ワタシと話をしたいの? ワタシのこと、気になってるの?」
「うん。まぁ・・・」
それはそうだ。見知らぬ女子から毎朝挨拶をされて、気にならない訳がない。
「そっか・・・。それじゃあ、いっぱいお話、する?」
「え? うん・・・」
「今度の土曜日、空いてる? 予定ある?」
「いや、空いてるけど・・・」
「じゃあ、いつもの時間にいつもの場所で待っててね。その日になったら、色々と教えてあげるから」
「いつもの?」
「そっ。ワタシがいつも挨拶してるあの駅で、この電車が来る時間に。・・・ダメ?」
「イイけど・・・。それまでは教えてくれないの?」
「うん、教えない」
なんだよ、それ。なんで教えてくれないんだ?
「あ、それと・・・。土曜日までは、ワタシと口を聞いちゃダメだからね? もし守らなかったら、なにも教えないから」
は? なんだ、その条件は?
そんな訳の分からないことを言い出した彼女はスマホを取り出して、なにやら操作をしだした。そしてその画面を俺に見せる。
『イイ? 今から土曜日に会うまでは、一切口を聞いちゃダメだから。挨拶も禁止。分かった?』
おいおい、今この瞬間からなのか? 徹底してるな。
俺は無言で頷き、この日の彼女との会話は強制終了。そして彼女は、やはり四駅先で下車した。去り際には笑顔で俺に手を振って。




