ミルドレットの告白
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「清めの風よ、白き優しき風よ、我が前の悪しき魂を空へ帰せ」
私から光が放たれて、町の外の荒れ地に彷徨ってた邪霊が消失した。森の中にもいた鳥が羽ばたいて飛んでいく。
「……できた」
私はアルスター座長に呪歌を習って邪霊を倒せるようになった。呪歌にはいくつかの定型文があって、俳句とか短歌みたいに歌う。ていうか唱える?本当に歌うのかと思ってたら、ちょっと違っててホッとした。これなら私にもできる。呪歌よりも短い呪文もあるけど、よほど魔力が高い人じゃないと威力がかなり落ちるみたい。
「ただ消しただけじゃなくて、やっぱ浄化してるみたいだな。大したもんだ!」
うんうんとうなずきながら言うアルスター座長。
「……やはり……」
何か考え込むトールさん。
「ミルドレッドもこれ見りゃ納得するだろ」
実はクリス達の仲間にはもう一人メンバーがいて、この前の時には用事があっていなかったんだって。ミルドレッドさんっていう魔術師の女の子。金髪で緑の瞳の美人さん。クリスよりひとつ年上なんだって。今は二人で買い出しに行ってる。ミルドレッドさんには私の存在は良く思われてないみたい……。
今、私達は邪気の森に近い町で、町の外れに出る邪霊を倒す依頼を町から受けていた。私の訓練の為だった。付き合ってもらって申し訳ないけど、素人の私がいきなり森の深部へみんなと行くのは無理だった。邪気の森は奥へ行けば行くほど強い霊や魔物がいて危険になる。中心部に核となる最強の悪霊や魔物がいてそれが他のの霊や魔物を呼び集めてるんだって。
「はぁ」
「どうした?あまね、疲れたか?」
「ううん。大丈夫。あの、足を引っ張ってしまってごめんなさい……」
アルスター座長とトールさんは顔を見合わせた。
「足を引っ張るもなにも、俺達はあまねを探す為に行動してたんだ。もう邪気の森の探索に行く必要はないんだよ」
「え?そうなんですか?」
「そうだぞ。さあ、町へ帰ろう」
あれ?私ミルドレッドさんに怒られたんだけどな……。
茉莉花かもしれない聖女様が、世界の危機を予言してるんだって。死者の船に乗れなかった魂が、邪気の森に集まって、船からも森からも邪霊や悪霊や魔物が溢れ出てくる。そうすると世界は滅んで死者だけの世界になってしまうのだそう。それを阻止する為にみんなは戦ってるんだって。私は足手まといだから、早く家に帰りなさいって言われたよ。ミルドレッドさんに。うーん、帰りたくても帰れないんだけどね。
私が呪歌を覚えて邪霊を倒す依頼を受けることは、アルスターさんと特にクリスに反対された。危ないからって。でもトールさんには賛成してもらった。身を守る術はあった方がいいでしょうって。
そう、これからどうなるか分からないけど、いつまでもみんなに頼って生活するわけにもいかないもんね。アルスター座長の一座でもう一度雇ってもらうなら、やっぱり護身術は要ると思う。それに自活するなら特に。お金を稼がなきゃいけないから、できそうなことからやらないとね。
この世界には冒険者って職業がある。危ない場所へ行って何らかの素材を集めてきたり、依頼を受けて魔物を倒したり、誰かの護衛をしたり、クオーツ王国では特に邪霊の退治が重要な仕事になる。クオーツ王国は他の国よりも邪気の森の出現が多いんだって。不思議だね。
まずはそれを始めようと思って、アルスターさんに頼み込んで初級の冒険者として冒険者ギルドに登録してもらった。アルスターさんと行動することを条件として。とにかく練習あるのみ。早く戦力になりたいから。宿の裏庭でいくつかある呪歌を暗記することにした。
あれ?声が聞こえてきた。あ、クリスとミルドレッドさんが帰ってきたんだ。実は私の服を買いに行ってもらってたんだよね。今はクリスのちょっと大きめの服を借りてる状態なんだ。目が覚めた時はひらひらした舞台衣装だったから。ん?あれ?何か言い争ってる……。思わず茂みに隠れちゃった……。どうしよう。
「どういう事ですか?クリス様っ!」
「どうもこうもない。俺達の目的は達成された。もう森の探索をする必要はない」
「でも、聖女様のお言葉がっ!」
「別に命令を受けてる訳じゃない。他の冒険者達も頑張ってる。わざわざ俺達がこれ以上危険を冒す必要はない」
「そんな……。そんなにあのあまねって娘が大事なんですか?」
「彼女は俺のせいで森に閉じ込められてたんだ。これからは安全な場所で過ごしてもらいたい」
クリスの柔らかな表情。横顔が綺麗……。でも、クリスのせいじゃないよね?あの聖女様のせいだもん。
「私よりも大切ですか?私は三年間ずっと一緒に戦ってきたのに……」
あ、これって……。ミルドレッドさんはクリスのこと好きなんじゃない?
「あの娘だけアルスターさんの所で保護してもらえばいいでしょう?私はこれからもクリス様と一緒に戦っていきたいんです!だって私、クリス様のことが……」
ミルドレッドさんがクリスの胸にすがりついた。ど、どうしよう……。今からでもここを離れた方がいいよね……?私は静かに立ち上がろうとした。
クリスはため息をつくと、おもむろに眼帯を外した。クリスは不吉とされるオッドアイを隠す為に人前では眼帯をしてるんだ。
「っ!」
一瞬ミルドレッドさんの顔に浮かんだのは嫌悪だった。パッとクリスから離れたミルドレッドさんは、それ以上クリスに近づこうとはしない。
「あ、あの私……ごめんなさいっ!」
ああ、ミルドレッドさん走り去っていったよ?
え?そんなに?そんなにオッドアイってダメなの?
「あんなに綺麗なのに……」
「そう思ってくれるのは、君だけなんだよ」
頭の上からクリスの声がした。うわぁ、気付かれてた……。気まずい……。
「あ、あのごめんなさい、私……」
「呪歌を憶えてたの?」
座り込んだ私の膝の上の書きつけをクリスは見てた。
「うん。アルスターさんにもらったの……。立ち聞きしちゃってごめんなさい」
「そっか……。でもそんなに頑張らなくてもいいよ」
クリスは私の両手を掴んで茂みから引っ張りだした。そのまま彼は私を抱き締めてしばらく離さなかった。
「あ、あのっ?クリス?」
「……つ………いな……」
クリスがなんて言ったのかよく聞きとれなかった。
「……」
顔は見えないけど、小さな王子様の悲しそうな顔が頭に浮かんで、私は何も言えなかった。
翌朝、ミルドレッドさんの姿は宿にはなかった。朝早くに出発したそうだ。アルスター座長には挨拶をしていったんだって。クリスの表情はいつもと変わらない。眼帯もしてる。大丈夫なのかな……。お姉さんは心配だ。今は私の方が年下なんだけど。
私がさ、クリスのこと嫌がらなかったのはこの世界の人達みたいに、オッドアイが不吉だとか、魔性を秘めるとか、そういう事を知らなかったからなんだよね……。つまり異世界人だから。だからできれば、この世界の人達の中からクリスの事を受け入れてくれる人が出てきてくれるといいなって思うんだ。
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