邪気の森
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クリスとクリスの護衛騎士トールさんと旅の音楽一座の座長のアルスターさんは、私を探してこの森を探索していたらしい。途中でクリスがいきなり走り出して、二人とクリスは離れ離れになってしまった。クリスが結晶に閉じ込められた私を見つけて、結晶に触れると氷が溶けてくみたいに私は解放されたんだって。とりあえずこの森を出ようってことになって四人で歩き始めた。しばらく歩くと森は暗い霧に包まれた。
「死者の船の『魔の船化』を防ぐにはこの邪気の森の浄化が不可欠なんだってさ」
ザシュッ
「異世界からいらした聖女様がそうおっしゃってるんだが、いまいち私はあの方は信用できない」
バサッ
「あまねをこんな目に合わせた女だ。俺は絶対に許せないっ」
パシュッ
三人が森に出現する邪霊や魔物を次々に倒していく。三人とも強いね。
「私がいたところは何ともなかったのに……。どうして森を出ようとする道でこんなに襲われるの?」
「…………それはあまねのおかげだよ」
「?」
「俺はあまねこそが聖女だと思ってる。あまねがいたからあの場所は浄化されてた。この森も随分と邪気が薄い」
「え?そ、そんなことは無いと思うんだけど……」
何言ってるの?クリス。私は普通の女子高生だよ?
「あまねが聖女かどうかは置いといて、状況を考えるとあまねは呪歌が歌える魔術師だな、きっと」
「呪歌?」
「ああ、歌に魔力をのせて魔術を使うんだよ。あまり数は多くないけどそういう魔術師はいるよ」
アルスター座長が森の中で器用に大剣を振るいながら説明してくれる。
「どうして、私が?」
「坊やから聞いたよ。邪霊を消したって。その時に、よっと、言葉を発して光が出たって」
アルスターさんは横から飛び出してきた魔物を切り伏せた。
「ええ、あまねが邪霊を浄化したのを俺達は見ました」
クリスも片手で細身の剣を振るう。
「言葉だけで邪霊を消せるんなら、確定だな」
アルスター座長はニヤリと笑ってまた、飛び出してきた邪霊を切り伏せた。
「…………」
私、本当にそんな力あるのかな?でもクリスが嘘を言うようには見えないし……。一旦保留にしとこう、うん。それにしても本当にすごい……この三人……。だってあの時お城で聖神官達が十人以上で邪霊一体を取り囲んで倒してたんだよ?それを一撃で……。
「あ、あの、さっき言ってた異世界から来た聖女様って……」
私はもう一つ気になってたことを聞いてみた
「ああ、あまね様のように異世界からいらした方だ。浄化の力を持っていらっしゃる」
トールさんは後ろについて警戒しながら話してくれる。あれ?この人って私の事様付けしてたっけ?
「たぶんいらした当時はあまね様と同じ十七歳だったはずだ」
同じ年だったんだ。今は二十七歳か。会ってみたいな。あ、でも私その人のせいでこんなことになってるんだった……。
「お名前をマリカ様といったか……」
「…………茉莉花?!」
それうちのボーカルじゃないっ!そうだ!あの時のあの声!どおりで聞き覚えがあると思った!!毎日聞いてて思い出せないとかっ!私ってバカだ!!でも本当にあの茉莉花なの?もしそうなら茉莉花は一体何を考えてるの?聖女って何?どういうこと?…………私を殺そうとしたの?どうして……?もう、訳がわかんない。ああ、これも考えても仕方ないから一旦保留!
「あまね?大丈夫?聖女を知ってるの?」
「うん、たぶん……。見てみないと確実じゃないけど……」
「あの聖女もあまねと同じ世界から来たのか……」
クリスは周囲を警戒しながら呟いた。
こうして話をしている間も三人は邪霊や魔物を倒していく。
「あれ?剣だと魔物はともかく邪霊は倒せないはずじゃないの?」
「ああ、普通の剣では無理だな。私の剣もアルスター殿の剣も魔術武器だ」
「そして坊やは魔術剣士だから、剣に魔力を流して邪霊を倒しているんだよ。坊やはすごいぜ。剣も魔術も両方使える。あまねを見つけるためにさんざん頑張ったからな!」
「私を見つけるため?」
「……あまねは邪気の森の中に運び込まれたっていう情報を手に入れたから……」
クリスは辛そうな表情をしてる。
「よほどの覚悟が無いとこの森の中には入れないからな。森に入れるようになるまで七年はかかったな!よくやったよ、坊やは」
「坊やは止めて下さいよ、師匠」
クリスの頭を撫でるアルスターさんに、苦虫を嚙み潰したような顔をするクリス。クリスはアルスターさんに戦い方を習ったんだ……。
「森の周囲だけでも危険なのに、最深部となるとどうなるのか分からないですからね……。全く無茶な方だ」
ため息をつくトールさん。
「あ、あの、皆さんありがとうございます。助けてくれて。でも、どうしてそこまで……」
私一人のために、死んじゃうかもしれない場所に…………。
「あまねはもう俺の一座の人間、家族だからな!当然だ!」
アルスターさんは豪快に笑った。家族かぁ、嬉しいな……。
「私は殿下に一生お仕えすると決めていますから。主が行くところにはどこへでもお供いたします」
トールさんは胸に手を当ててこちらも当然のように言った。
「あまねを冤罪で失うところだったんだ……。あの時あまねが自分を守ってくれなかったらと思うとぞっとするよ……。あまねを助けるのは当然だ。むしろこんなに時間がかかってしまって申し訳ない……」
「そんなこと……」
クリスは隣を歩きながら、ずっと繋いでいた私の手をぎゅっと握った。本音を言えば恥ずかしかったんだけど、そんなことを聞かされたら、手を離してって言えなかった。
私は三人に守ってもらって森を抜けることができた。もし私に力があるなら、次は役に立ちたい。力が無くても、助けてもらったお返しは絶対にしようと心に決めた。森の外には光のあふれる明るい草原が広がっていた。
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