DAY2-②いきなり処刑で異世界生活終わりですか?
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お城の回廊に囲まれた中庭。木々の中にある小さな池の畔で、私は小さな王子様と一緒に岩の上に座っていろんな話をしてた。
「あれ?急に暗くなった?雨でも降るのかな?」
こっちにもゲリラ豪雨とかあるの?私は空を見上げた。あれ?さっき見た黒い船がお日様を遮ってる?っていうかさっきよりはっきり見えてるみたい。なんだか幽霊船みたいだ。この世界では幽霊船は空を飛ぶのね。あ、なんか一曲できそう……。なんて私はのんきに考えてた。
「あ、あれは……!」
「そんな馬鹿な!早すぎるっ!」
王子様と騎士様が声を荒げてる。この場で私だけが状況についていけてない。なに?何かまずいのかな?
「あ、あのどうかしたんですか?」
「こっちへ!」
小さな王子様が私の手を掴んでお城の中へ走った。
「え?え?あのっ?」
「殿下!そんな下賤な者など放っておきましょう!」
下賤?失礼な騎士様だ!うーん、でも確かに高貴ではないな、私。
「黙れ!この人は僕の客人だ。礼節をもって接するんだ!」
王子様が騎士様を睨みつけた。小さいのに怒ると迫力と威厳が凄い。さすが王子様……。
「はっ!かしこまりました」
騎士様、跪いちゃった。
え?あれ?騎士様の後ろ……、なんか船から黒い影みたいなのがゆらーって降りて近づいて来た。
「あ、あれ、何ですか……?」
「あれは邪霊です」
死者の船
死んだ者の魂を夜の国へ運ぶとされている船。この世界の空をゆっくりと飛んでいる。ぼんやりと影のように見える。常であればそれだけで特に問題が無い。しかし数十年に一度、夜の国へ入れなかった邪霊や悪霊が集まりすぎて船からあふれ出てくることがある。それが『魔の船化』と呼ばれる現象だ。以前に起こったのが十年ほど前の事だから、今度まで十年以上は猶予があるはずだった。
うわ、あの船って本当に幽霊船だった!
「でも、それが今ここで起こってるんですね……」
「そうです」
お城の中の一部屋に隠れながら、小さな王子様が説明してくれた。説明の間も王子様の手は私の手を離さなかった。怖いのかな?私も怖いからちょうどいいんだけどね……。ははは。
だって、死霊って邪霊って悪霊って
「幽霊じゃないっ。怖い怖い怖いっ。ゆうれいこわいっ!」
「静かにしろっ!幽霊だけじゃない。悪霊や邪霊は集まると魔物になることもあるんだ。今はまともな装備がない。気付かれたらまずいんだっ」
「お前の声も大きいぞ。トール」
「……っ」
王子様の指摘に自分の口を塞ぐ騎士様。
「けど、おかしい……。『魔の船化』はこんなものじゃないはずだ。本で読んだ限りでは溢れて来る邪霊たちの数は百を超えるともあった」
考え込む王子様。
「そうですね。自分が前に経験した戦いでは、もっとたくさんの邪霊が降りてきました。先程見た限りではせいぜい五、六体……」
あ、なんか空気が冷たい……。閉じたドアの隙間から黒い影のような手が入って来た。その後は頭、体、足。いやーっ幽霊?騎士様が剣を抜いた。
「殿下、私が剣で散らします!その隙にお逃げを!聖神官を呼んできてくださいっ」
「わかった。死ぬなよ」
小さな王子様は私の手を取ると続き部屋の方へ向かった。
騎士様が剣で影を散らすけど、すぐに形が元に戻ってしまう。騎士様の剣では倒せないみたい。私達がドアに手をかけた瞬間、再生した影が王子様に飛びかかって来た。
「しまっ……」
騎士様の焦る声。
死ぬ気は無かったんだよ?でも、とっさに体が動いちゃったんだよ。私より小さい子が危なかったから。私は王子様を抱きしめて庇ってた。
『嫌だ。来ないで!』
私は叫んだ。触れられたらまずいのはなんか本能で分かったから。終わったって思った。でも。
「これは……」
王子様の茫然とした声に目を開くと、みんな無事だった。邪霊は影も形も無かった。
「あれ?邪霊は?騎士様が倒してくれたんですか?」
「一体、何をした?」
騎士様が驚いたように私を見てる。何?私?
「……私は何も……」
「今、あまねから光が……」
小さな王子様も戸惑ってるみたい。
え?何?私が発光したの?
「キャーッ!」
その時女の人達の悲鳴が響いた。そうだ!お城の広間にはまだアルスター一座のみんなが!走りだそうとした私を王子様が引き留めた。
「大丈夫です。あちらには聖神官達がたくさんいます。この程度の敵の数ならまず遅れを取ることはありません」
「でも……」
「ご案内します。また迷うと大変だから。走ると危ないですよ」
ニコッと笑った小さな王子様は私の手をがっしりと掴んだ。あれ?私の方が小さい子扱いみたい?
「……殿下……その方は……」
騎士様の方を振り返った王子様はまたニコッと微笑んだ。騎士様はその微笑みを見て黙ってしまった。なになに?どうしたの?
「行きましょう。一座の皆さんのことが心配なんですよね?」
「あ、はい」
「僕のそばを離れないでください」
小さな王子様は私に囁いて、もう一度手をぎゅっと握った。
お城の広間は散々なことになってた。綺麗な飾りつけは滅茶苦茶、お花は床に落ちて踏み荒らされてた。でも、誰かが倒れてるなんてことも、血が飛び散ってるなんてことも無かった。
邪霊はたぶん最後の一体が神官みたいな恰好の人達十数人に取り囲まれて、消えてく途中だった。きっとあの人達が聖神官って王子様が言ってた人達なんだろうね。すごいなぁ。邪霊を全部消しちゃったんだね。良かった。座長も、舞姫の女の子も、歌姫の姉さんも楽器隊の兄さんたちも無事みたい。
邪霊が消えると、玉座にいた王様が神官様達に労いの言葉をかけてた。
「皆の者、ご苦労であった」
みたいなのね。家臣の人が王様に耳打ちしてる。
「聖女様からお言葉があるそうじゃ」
ベールをかぶって表情が見えないけど、綺麗な白いドレスを着た女の人が何故かこちらを指さした。
「今回の騒ぎの原因はあの人です」
あ、なんだか若い女の子の声だ。何だか聞き覚えがある気が……。誰だっけ?って、私?私を指さしてる?
「な、何をおっしゃるのですか?、聖女様!この方は……うぐ」
小さな王子様の口を塞いで騎士様が後ろへ下がった。これって……。代わりにお城の兵士さん達やさっきの神官達が私を取り囲んだ。何本もの剣先が向けられた。
「わ、私は何も……」
足が震えてその場に座り込んでしまった。怖い。こんなので刺されたらどんなに痛いんだろう?
「殺せ」
王様が命じる。
「何もそこまでしなくても。追放とかでいいのでは……」
聖女と呼ばれた女の子が焦ったように言った。
「貴女は優しいのですね。さすがは聖女だ」
金髪碧眼の若い男の人が聖女を抱き寄せて感心したように言った。
「でも、あの死の船に関わりがあるものを生かしておくわけにはいかないのですよ」
優し気だった瞳は冷たく私を見下ろした。
冤罪で処刑ってなんの小説?ここから逆行とかするのかな?ループ?その前にやっぱり死にたくないんですけど!小さな王子様が綺麗なオッドアイに涙を浮かべて、手を伸ばしてるのが見えた。口と体は騎士様に押さえられたまま。
『助けて、誰か』
小さな呟きはきっと誰にも聞こえない……。剣先が私に下りて来る。私は悪いことはしてない、たぶん。だから、うつむかない。怖いから目は閉じてしまったけど。
最後に聞こえたのは鳥の羽ばたきと小さな王子様の叫び声。
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