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ペルティカの箱庭  作者: 綿貫灯莉
第5章 願い
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第70話 理由

 偶然見つけた地球の問題に、わざわざ時間を割いて尽力しているその人の行動が不思議に思えたのだ。

 私の質問に対し、その人は胸に手を置いて答えた。


「それはもともとワタシと『魂』が同質のものだからだよ」

「同質?」


 私は理解できず、言葉を繰り返す。


「暫定的に使っているけど、ワタシの表現したい『魂』を指す言葉が地球上にはなくてね。ワタシと『魂』は仲間と言ったほうがわかりやすいかな。エルライもワタシの仲間のひとりだよ」


 その人は優しいまなざしで私を見つめた。


「エルライ達はここに捕らえられ、分割されてしまっているけれど、元々はワタシと同じ存在なんだよ」


 ──私がこの人と同じ存在……?


 それを聞いて私は一瞬、目の前の扉が開いたような、そんな高揚感に包まれた。


 何かから解放されたようなふわふわとした気持ちで、頭上に広がる青い空を遠目に見つめていると、その人は自分の無力さを嘆くように続けた。


「だから、何とかしてみんなを自由にできないか、それが現状難しいのなら、せめて少しでも救いになればと思い活動しているんだ」


 その言葉に意識が引き戻された。

 そして、目の前のこの人が、今まで地球に捕らわれた人たちのために、たったひとりでこの星を維持していたことを思い出した。


「でもそんなことをしていたら、あなたの時間が奪われ続けるのでは?」


 すでに五千年以上もこうしているのだと考えると、気が遠くなりそうだ。


「大丈夫。ワタシはもともと物質に依らない存在で、エルライ達が捕らわれている時間の概念からも外れている。だから人間から見ると無限の存在ということになるのだろう。だから、こうして何千年もこの星を維持することに負担はないから安心していいよ」

「そう、なんですか……」


 それを聞いて、先ほどの高揚した気持ちが戻ってきた。

 本当にこの人と私が同じ存在なのだとしたら……、と想像してみる。

 この輪廻転生から解放された暁には、この人が地球を発見する前にしていたように、自由にこの宇宙を時間にも左右されずに気ままに旅することができるのだろうか?

 いくらがんばってみても、あまりにも雲を掴むような話でまったくイメージできなかった。


 それと同時に私の中に疑問が浮かんだ。

 地球や人間のことを詳しく知らないこの人が、あの穏やかな世界を創れるのだろうかと。


「この星の仕組みはあなたが考えたんですか?」


 その質問に、その人は首を横に振った。


「いや、すべてこの星を創った当初に出会った仲間達のアイデアだよ。輪廻転生がまだ続くのなら、せめて傷ついた『魂』のための、とまり木を作ろうと知恵を出しあってくれたんだ」


 それはきっと四人の仲間と言われている協力者たちなのだろう。


「あの頃は『魂』と直接対話をしていたんだよ。この星にいる間も、地球で転生した後も、みんな『魂』だけでワタシのところにやってきて、話し合いをしていた」

「そんなことが可能なんですか?」

「どうやっていたのかは分からないが、可能だったみたいだね。肉体を持った訪問者はエルライが初めてだよ」


 それを聞いて、最初に「こちらの入口から来訪者があるなんて」と手間取っていた理由がわかった。


「でも、地球の記憶を持ってこの星に生まれた人は、私の他にもいたんじゃないんですか?」

「数は少ないだろうが、恐らくいただろうね。だけど、ここに来ようと思わなかったか、辿り着いたけど地球の文字が読めなかったか、あの問題が解けなかったか、理由はわからないね」


 地球で文字を読めない人がいることには思いが至らなかった。

 そして、生きていくのは削られるように辛かったが、それでも恵まれた環境ではあったんだと改めて思った。


 そういえば、あの問題もこの星の初期の仲間が作ったんだろうか? と、真っ暗な宇宙に浮かぶ青い星の映像を思い出した。魂を自由に操る存在なら、宇宙から見る地球の姿も知っているのかもと考え、ふと思った。


「あの……、ここを創った仲間達は地球で転生したら自ら命を絶って、すぐにここに戻らなかったんですか?」


 人間として生きるのが辛いのなら、わざわざ地球から魂だけで意見をしにいくなんて矛盾しているように思える。


「その方法は自ら禁じていたようだね。確かこの星で生まれる条件からも、自死した『魂』は除外していたはずだよ」

「それは厳しい条件ですね……」


 私なら簡単にその誘惑に負けて、この星になんとかして暮らし続けようとするのにと、過去の人々の設定したルールを恨めしく思った。


「輪廻転生がいつまで続くか分からない以上、私たちは地球を生きやすい場所にしていく努力が必要だと言っていたね。しかし、どのような肉体を得て、どのような環境で生まれるか分からない。その上で、なかなか解決できない問題を考え続け、試行錯誤していくのは大変だから、疲れ果てた先にこの星で休むのだと、話し合って決めていたようだよ」

「なんというか、初期の仲間の人たちはみんな強い人たちばかりだったんですね……」


 その人は思い出すように上を見てから、「うーん」と言って首を傾げた。


「それは分からないけれど、みんなエルライと変わらない印象だったよ。きっと地球での生を放棄してここに逃げ込むことは、地球でがんばっている仲間を裏切っていると感じていたのかもしれないね」


 その言葉に私は頬をひっぱたかれたように目が覚めた。


「そう言われると……、理解……、できます」


 今も地球で辛い思いをしながらもがんばって生きている人たちもいるのにと、私は自分本位な考えを恥じた。


 ひとり落ち込んでいると、顎に手を当てて難しそうな顔をしているその人の姿が目に入った。


「あの、何か問題でも……」

「いや、この星の存続を望む声があるなら、やはり寿命の短さについても解決したいのだけど……。それと同じくらい、ここに入ることのできない『魂』の救済方法についても考えなければと思っているんだよね」


 希望する魂は必ずここで暮らせると思っていたので、入ることができないという言葉に不安を覚えた。


「入れないってどういうことですか?」

「ワタシが用意できる器の数は上限があるんだ。だけど、それを上回る数の『魂』が今もたくさんここに入りたがっている。二百年位前からその数は増え続けているんだ。地球は今、そんなにも生きづらい状況なのかい? 争いが絶えないのかい?」

「それは…、何とも言えません。ただ、少なくとも私は安全な場所で生まれました」


 二百年位前からというと近代化が進んだ頃だろうか。

 産業革命があって、人口も増えて、世界大戦もあった。

 しかし歴史をみると戦争や紛争は昔からあったし、私はそういう意味では治安の良い国で暮らしていたので、争いだけが原因ではないといえる。


「そうなのか……。ここで暮らしている人達も、消滅するとアレに吸い込まれた後、再び地球で生まれて人間として生きている。だから、この星の記憶がなくても、この星と同じように助け合えるのかと思っていたのだけど……」

「この星の記憶はないけど、同じ仲間だから助け合える、ということですか?」


 それぞれが異なる肉体に入っているけど、魂同士は本来仲間なのだ。


「そう。しかし、まだ難しいんだね……。本能を自在にコントロールできるくらいには文明が高度化したのかと思っていたけど、まだそこまで辿り着いていないのかもしれないね」


 その人は納得したように頷いていた。


「それでも地球にはこの星で過ごした人たちが生活しているんですよね。それならほんの少しですが希望が持てます」


 初めて訪れたこの星にはたくさんの優しい人たちがいた。

 そんな出会った人たちの穏やかさに癒され、そんな前世を持った人たちがあの地球に今もいるのかと思うと、なんとなく心が温まる。


 シェアトやミラクも今頃は地球にいるのかなと想像していると


「ちなみにエルライも過去に何度かこの星で生まれたことがあるよ」


突然その人からそう言われて、私はきょとんとした。


「え? でも全然記憶が無いですし、さすがに初めてとしか思えないのですが……」

「いや、地球でもこの星でも肉体に記憶が残されるから、『魂』自体は記憶を持たないんだよ。たまにイレギュラーはあるようだけど…。もしすべての記憶を持っているなら、何百人もの記憶を持っていることになる」


 自分だけは特別なのかと思っていたけど、指摘されたとおり、私は前回の地球の記憶以外は持っていない。


「じゃあ、私が過去にこの星で出会っていた人たちのことも、すべて忘れてしまっているんですね……」

「でも、その人たちと地球で会っていたと思うよ」

「それは無いと思いますが……」


 自分の周囲にいた人たちの顔を思い浮かべて、かぶりを振った。

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