第68話 創造主
風に揺れる草を踏みしめながら、私は早く気づいてもらいたくて、銀髪の人物の正面に敢えてまわり込んでから丘を降りていった。
近づくと様子が少しずつ分かってきた。
白い衣装に身を包んだその人は、背もたれのついた木の椅子に姿勢良く座っているが、その目は閉じられている。
この世界ではそれほど驚かないが、とても整った顔立ちで、流れるような長い銀髪はまとめられることもなくそのままだ。
眠っているのかなと思いながら、もうあと五歩の距離まで近づいてみたが、その人は微動だにしなかった。
しばらく立ち止まって様子を伺ってみたが、私の存在に気づいていないかのように全く動かない。
このままでは埒があかないと、意を決して少し大きめの足音を立てるように歩き、さらに距離をつめてその人の真正面で立ち止まった。
しかし、その足音でも気づいてもらえない。
これはもう仕方がないと、私は勇気を出して声をかけた。
「こんにちは……」
緊張して上擦った声になってしまったが、その声に反応するかのように、その人はゆっくりと目を開けた。
その瞳はハッとするほど美しい虹色で、キラキラ煌いている。
ただ、正面に立っている私を認識していないかのように、目線は遠くを見たままだ。
「やあ。こんにちは。エルライ」
穏やかな口調で、その人は私にあいさつをした。
その友好的な反応に内心驚きつつ、私は次の言葉を待った。
しかし沈黙の時間が続き、その人は遠くを見たままだった。
なんとなく声に反応をしているような気がしたので、もしかして目が見えないのかもしれないと、もう一度震える声で質問をしてみた。
「あ、あの、ここは何のための場所ですか? あなたは何者なんですか?」
再び私の声に反応して、その人は目を閉じた。
「少し待っててね」
その状態でしばらく止まった。
一分くらい経っただろうか、その人は再びゆっくりと目を開き、さらに数回瞬くと、ようやく焦点があったのか、はっきりと視線が私を捉えたのがわかった。
「まさかこちらの入口から来訪者があるなんて思わなかったから、手間取っちゃったよ」
「え?」
「ああ、こちらの話だから気にしないで。どうぞ、椅子に座って」
空いているもうひとつの椅子に座るように、すらりと美しい手で私の後ろにある椅子を示した。
突然の人間らしいやり取りに驚いていると、もう一度椅子を勧められ、私は戸惑いながらも後ろに下がり、もう一脚の椅子に座った。
その様子を眺めていたその人は、「まずは確認なんだけど」と私に質問をしてきた。
「エルライは地球での記憶を持っているんだよね?」
「は、はい」
「この星での生活はどうだった?」
「へ?」
遠方から旅行に来た人に対して、地元の人がこの場所はどうだったか尋ねるような、そんな気安い感じで質問をされ、私は思わず間の抜けた返事をしてしまった。
「地球での生活と比較出来るのかなと思ったんだけど、比較出来るほどは記憶持っていなかった?」
その人は少し困ったような表情でこちらを見た。
私はそんなことはないと、急いで首を振って否定する。
「いえ、記憶はあります。ここは私にとって、とても、生きやすい世界でした……。あの……、もしかして、私はここで消されるんでしょうか……?」
選別されてここまでたどり着いた気がするので、地球の記憶を持つ存在は異物として消されてしまうのではないかと、不安を口に出した。
「そんなこと、エルライが望まない限り絶対に無いよ」
その人はとんでもないと首を横に振り、私の不安を払拭するように微笑んだ。
その言葉に心から安心していると、再び思いがけない質問がその人から飛んできた。
「もし知っているなら教えて欲しいんだけど、今の地球の人口ってどれくらいなの?」
「地球の人口? えっと……、知識が少し古いかもしれないですが、確かニュースで八十億人になるとかならないとか……」
「だからか……」
質問の意図が分からず戸惑いながら回答すると、その人は顎に手を当てて難しい顔で考え込んだ。
そして、何か思いついたようにふと顔を上げると、真剣な眼差しで私を見つめた。
「エルライはこの星が存続することを願うかい?」
話の流れはよく分からないが、この質問の答えは決まっている。
「はい。もちろんです。私は地球では上手に生きられなかったけど、この世界では色んな人に助けてもらえるし、生きていて幸せです。今まで出会った人たちも楽しそうに生きていたし、消滅してしまった人達も、またこの世界で会えるのを楽しみにしていました」
そう訴えるように答えると、その人は頬を緩めて、「そうか……、それを聞けて良かったよ」と呟いた。
「あの……?」
会話の趣旨がいまいち理解できず、私は戸惑った。
しかし、この状況からひとつだけ、恐らくそうなのだろうということを私は質問した。
「あなたは創造主ですか?」
その質問にその人は軽く頷いてから
「そう呼ぶ人もいるね」
そう答えて微笑んだ。
それならと、もうひとつの可能性を質問してみる。
「神様……なんですか?」
この質問には、残念ながらと首を横に振った。
「違うよ。そんな大それたものではないよ」
「でも、この世界を創ったんですよね……?」
「まあこの星を創った、という点ではYESだね」
それが神様ではないなんて、一体どういうことなんだろうと私は首を捻った。
そんな私の様子に応えるように、その人はひと呼吸おいてから、口を開いた。




