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ペルティカの箱庭  作者: 綿貫灯莉
第4章 模索の旅
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第65話 新月

 温泉の話が終わり、この都市の歴史について話が変わった頃、扉が開いた。


「アクベンスの声が外まで聞こえると思ったら、お客さんが来ていたんですね」


 長く伸ばしたオレンジ色の髪を片側で三つ編みにして、以前会った時より背が高くなったハマルが、紙の束を抱えて入ってきた。


「お久しぶりです。ハマル」


 名前を呼ばれたことで、ハマルは視線をアクベンスから私に移し、オレンジの瞳でじっとこちらを見た。


「エルライじゃないか! 大きくなったね」

「エルライってバジの?」


 ハマルの後ろから声が聞こえて、扉の後ろから顔を出したのは、黒髪を後ろに結んで、紫色の瞳をしたハマルと同世代の人物だった。


「そう。前に話したエルライ。私たちの後にバジで生まれた子のひとりだよ」

「ああ、ナシラと仲が良いって言ってた」


 そう私の前に来たその人は、少し鋭い目つきで私を見た。


「俺はリリー。ハマルとナシラと同じ時にバジで生まれたんだ。よろしくな」


 そうぶっきらぼうに言って、ポケットに手を突っ込んで取り出した袋から何かを取り出した。

 ズイッと差し出した手のひらには何か乗っている。なんだろうと覗き込むと、そこには可愛らしい花の形をした焼き菓子があった。

 ナシラが言っていた、ぶっきらぼうだけど可愛いものが好きというのは本当だと、私は思わず頬が緩んでしまった。


「はじめましてリリー。エルライです。よろしくお願いします」


 あいさつをして、ありがたく可愛らしい焼き菓子を受け取った。リリーはそれを見て満足げに口角を上げると、自分の席らしき机に向かった。


「またアクベンスの長い話に付き合わされたんでしょ」


 ハマルがごめんねと言って、アクベンスに抱えていた紙の束を渡した。


「そんなことないよ。エルライはボクの話を嬉しそうに聞いてくれるし、話も振ってくれるからさ……。だからこれからこの都市の歴史について話そうと……」


 話は振ってないとハマルを見ると、ハマルは頷いてアクベンスに向かってストップと手を上げた。


「じゃあそれは私が話しておきますから、アクベンスは遅れに遅れている原稿を早く仕上げてください。ほら足りないって言っていた資料も揃ったことですし」


 渡した紙の束を示して、原稿を書くテーブルに向かわせた。アクベンスは渋々椅子から立ち上がり、作業用の机に向かった。


「アラルンガルの壮大な歴史について語らおうと思ったのに……」


 そう残念そうに言いながら、アクベンスは受け取った資料を机に広げた。その様子を見て、ハマルはよしと頷いた。


「まだお茶も出していなかったんだね。ちょっと待ってて」


 そう言ってハマルはお茶を出してくれると、リリーがスッと横から木の葉に乗せたお菓子をテーブルに置いて、また自分の席に戻っていった。置かれたのは先ほどとは異なるデザインの花や葉っぱの形の焼き菓子だった。


「最近リリーがハマってるお菓子なんだよ。行くたびに違うデザインを出していて、どれも可愛いんだよね。なんでもプアナムにいたデザイナーさんが菓子職人と共同で作ってるって話だよ」

「確かにどれも可愛らしいですね」

「まだたくさんあるから食べてね」


 勧められて一口食べると、クッキーのような食感でほんのり甘くて美味しかった。


「美味しいです」

「よかった。エルライは料理上手だから、もしかしたら口に合わないかもって、ちょっと心配だったんだよね」

「え? 私は別に料理上手じゃないですよ……?」

「ほら、前に食べさせてもらったあんこ餅やおにぎり……。あれ全部エルライが考えたんでしょ?」

「でも作ったのはミラクだし、私はアイデアだけで……」

「いや、そのアイデアが出せるのが凄いんだよ」


 そう言われて、勘違いだと正したかったが、どう訂正していいのか思い浮かばず、やんわりとそんなことないですと言っておいた。

 それから今のハマルやリリーの研究の話や、私の寿命の研究の話で盛り上がると、ふとハマルが私を見た。


「エルライがこの都市に来てから、まだ新月の日が無かったんじゃない?」

「あまり夜に出歩かないので月は意識してなかったけど、まだ新月の日はこの都市にはいなかったと思います」

「それなら、今度の新月の日は一緒に出かけようよ」

「? 何かあるんですか?」

「もしかして誰にも聞いてないの?」

「そういえばリギルが見てのお楽しみと言ってた気がします。でもそれが何か聞いてなくて……」

「それなら、私も言わないでおこうかな」


 ハマルはそう言うと、私に向かって微笑んだ。


「私もここまで聞かずにきたので、あえて聞かないでおきます」


 そして私はハマルとリリーと三人で新月の夜に集まる約束をした。



 *



 新月の夜は月明かりが無く暗いので、宿屋で貸し出しているランプを借りて出かけた。

 待ち合わせは開けた丘の上で、そこには何故かたくさんの人たちがいた。キョロキョロとふたりを探していると、私を見つけてくれたふたりがこっちこっちと手招きをしている。


「すごい人ですね」

「うん。ここが一番見やすいからね。エルライ、ちょっとランプの火を落としてもらっていい?」


 そう言われて、私はランプの火を消した。

 他にも明かりを持っていた人が同じように消していき、辺りは真っ暗になった。白い息を吐きながら、ハマルとリリーを見ると、ふたりとも上を見上げていた。それにつられて上を見上げると、たくさんの星が輝いていた。


 ただ、その光景はこの世界ではよく見られるので、なんだろうと見上げていると、突然北の方面から放射状に大量の流星が流れてきた。


 それは今まで見たことのない光景で、その流星の輝きと数の多さに驚き、夢中になってなんとか視界に収めようと必死で見上げた。


 流星群はあっという間に去っていき、しばらく余韻に浸ったあと、みんなゆっくりと立ち上がり帰りはじめた。

 私もハマル達と立ち上がり、帰る方向へ歩きはじめる。


「綺麗だったでしょ」

「はい。とても幻想的でした」

「これ、新月の日に必ず見られるんだぜ」

「毎月ですか⁉︎」

「そうなんだよ。ここに住み始めた頃は毎月見にいってたよね」

「こんな光景、他では見られないからな」

「これは何が起きているんでしょうか?」

「この流星群の研究をしている人曰く、分からないって言うのが現時点での結論らしいよ」

「それは……」


 研究の意味がないのではと言おうとしたら、横からリリーが私のほうを見て、首を振った。


「こんな不思議な現象だから、実際に最北の地まで行った人は数知れないが、今のところ、誰もその謎を解くことができていないんだよ」

「でもこの流星群はこの星ができた頃からあったと言われているよ」

「そんな昔から?」

「そう。そして昔からエタナの種まきと言われているって聞いたよ。放射状に星が流れる様子が、畑に種を蒔く様子に似ているからって」

「エタナ?」

「ああ、エタナっていうのは最北の地のことだ。昔からそう呼んでるってさ。この流星群の始まる場所がいつもエタナの上空からだから、エタナの種まき」

「そうなんですね」


 私は先ほどの幻想的な光景を思い出し、新月のタイミングで必ず起きるという流星に、毎月三十日という暦と同様の人為的な印象を受けた。

 もともと行くつもりだった最北の地だが、これを見て更に興味が深まった。

 他の人たちと同じように何も分からずに帰ってくるのが関の山かもしれないけど、それでも自分の目で確かめたいと思った。

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