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ペルティカの箱庭  作者: 綿貫灯莉
第4章 模索の旅
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第62話 北の遺跡

 北の遺跡への道のりは険しかった。


 あの日からリギルの家に通って準備をした甲斐もあり、予定通り旅立つことはできた。ただ、出発したのが年が明けたばかりの真冬で、寒さが厳しかったのだ。

 それでも雪はうっすらと積もる程度だったので、それだけが救いだった。


 途中までは街道を進んでいたので、宿屋や民家があり、民家がない時でも自由に使える無人の小屋で寝泊まりできたのでなんとか寒さは凌げた。

 しかし、遺跡は山の中腹にあるため、近づくと当たり前だが街道を外れた山道へ入ることになる。

 山の中に入ると宿泊できるような建物もなく、それから野営の日々が続いていた。


 私はリギルからもらった服を着込み、その上からアルドラからもらった外套を羽織った。そして、マフラーを首にグルグルに巻いて、ミトンのようなモコモコの手袋をして防寒していたが、それでも野営は堪えるものがあった。



 山道は背の高い木々のあいだを抜けるようにあり、人通りの少なさを表すような頼りない、一見すると何もないように見える細い道だった。

 よそ見をしてうっかり道から外れようものなら、完全に遭難するだろう。


「こんなところを旅する人がいるんですね」


 この先の遺跡を発見したのは旅人だと聞いていたが、こんな道のないような場所を旅するなんて信じられなかった。


「未開の地を巡るのが好きな旅人もいるみたいね」

「未開の地に足を踏み入れるなんて迷子になりそうですが、何か技術があるんでしょうか?」

「どうなのかしら? 私も直接会ったことがないから分からないけど、もしかしたらそういう知識の伝達をしている人がいるのかもしれないわね」


 何度も遺跡に来ているリギルは私とは違い、息も切らさず余裕で進んでいく。


「もう少しで到着よ」


 肩で息をしながら必死についていく私を励ますようにそう声をかけてくれるが、リギルの「もう少し」は当てにならない。

 先日ももう少しで村に着くと言われて期待して歩いたが、結局半日以上歩いたのだ。私は半日かかることを覚悟して歩みを進めた。



 遺跡の場所にたどり着いたのは、それから二時間ほど歩いたあとだった。


 そこは山の中腹のひらけた場所で、小さな川と湖もありかなり広かった。その地面は発掘のために、あちこちが掘り起こされている。

 そして、発掘隊が生活しているであろう木造の建物が右手側に五棟並んでいる。

 湖の近くには、洗われて干された石板がいくつも並べられており、その横では割れてしまった石板を繋ぎ合わせるために、焚き火の近くでパズルをしている人がいた。


「ここが発掘現場よ」


 私はもっとこぢんまりとしたものをイメージしていたので、大きな村と言っても遜色のない広さに驚いた。


「まずは取りまとめ役の人にあいさつに行きましょう」

「はい」


 ロバを近くの軒先に繋いで少し待っててねと撫でてから、リギルについて建物のひとつに入った。

 中には暖炉があって、暖かい空気に私はホッと息を吐いた。ゆるゆると固まった体が解けていくのを感じながら、室内を見渡す。

 部屋の中はあちこちに石板が積まれていて、部屋の広さに比べて、歩ける場所が限られていた。テーブルにもたくさんの石板や木の板、紙が置かれていて、せっせと木の板に石板の文字を書き写している人がいた。

 青緑の長い髪を一つに結んだその人は、私たちに気づき、オレンジの瞳をこちらに向けた。


「こんにちは。シェダル。元気だったかしら?」

「ああ、リギルじゃないか。プアナムの件、報告ありがとう。みんなで大いに盛り上がったよ」

「詳細をまとめたものも持ってきているから、あとで渡すわね」

「うんうん、楽しみにしてたんだよ」

「それで、この子がエルライよ」

「こんな成人前の子が共同研究者だなんて……。羨ましいよ……」

「ふふふ、しかも料理も掃除も上手だし、発想も素晴らしいのよ」

「エルライは植物の分布については興味ないかい?」


 縋るような目で見つめられ、私は一瞬言葉に詰まったが、ここははっきりと断らないとと首を振った。


「そうか……。残念だな……」

「まあ、そのうち仲間が見つかるわよ」


 リギルの慰めに、シェダルはそうだといいけどと力なく答えた。


「それじゃあエルライの論文を預かろう」

「はい。こちらです」


 実は後から聞いたのだが、調査隊の証を手に入れるには論文の審査があったのだ。

 それを知って、私は何も提出できるものがないと困っていたら、リギルはこれまで知り得たことの客観的考察と、それに対する自分の推論を書けばいいと教えてくれた。

 そして添削やアドバイスなど、リギルの手厚いフォローのおかげでここに到着するまでになんとか仕上げることができたのだ。

 私は苦心して書き上げた論文の束をシェダルに渡した。


 審査には時間がかかるだろうと構えていたが、シェダルはサッと目を通しただけで、すぐに論文の束をテーブルに置いてしまった。

 そしてテーブルにあった小さな木の箱を引き寄せ、両手で開けると中には布が入っていて、その布を開くと金色に輝く小さなコインがあらわれた。

 コインには紋章のような複雑な細工が施されており、ペンダントとしてつけられるように、鎖がついていた。


「じゃあこちらを渡すね」


 あっさりと発掘隊の証を渡され、私はそんなものなのかと躊躇いながら両手で受け取った。


「あ、ありがとうございます……」

「ずいぶんと簡単だなと思ったのでしょう?」

「……はい」


 リギルが私の心を読んだかのようにそう言って、種明かしをするように胸をはった。


「それはエルライのことをわたくしからシェダルに連絡していたからなのよ」

「そうだよ。エルライのことはムルジムからも聞いているし、事前に貰っていたリギルの情報もあったからね。エルライは間違いなく我々の力になってくれると確信しているんだ」

「だから、今回は特別なの」

「そうだったんですね。リギルがそんな事をしてくれていたなんて全然知らなかったです……。ありがとうございます」


 ムルジムはきっと白い夢で、シェダルとのお別れの時に私のことを話してくれたんだろう。


 私は多くの人に背中を押してもらっていると知り、じんわり暖かい気持ちになった。



「しばらく滞在するんでしょ?」


 シェダルは手元の資料を整理しながら、私たちに聞いた。


「ええ、エルライにも発掘の様子を見てもらいたいし、わたくしも新たな情報がないか探したいから」



 翌日から私たちは遺跡の発掘作業に加わった。

 出土した石板を洗ったり、書かれている内容を精査したりと毎日忙しくすごした。

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