第55話 乾燥した大都市
休憩時間になり、揚げたてのポテトチップスとお茶を持って外に出ると、ワズンは汗を拭いながら
「これで大体収穫は終わりかなー」
そう言って、じゃがいもの入った木箱を持ち上げていた。そこから何個かこぼれ落ちたのを見て、私は持っていたお盆を木の台に置き、急いで拾いにいった。
「ありがとー」
「別の箱に分けた方が良くないですか?」
「でも、分けるほどでもないんだよね」
「じゃあ箱から転げ落ちる分は、そのカゴに入れておきますね」
「エルライはそういうところ、丁寧だよねー」
「気になるんですよ、食材が地面に落ちてるの」
私は軒先に伏せてあったカゴを持ってきて、その中に拾った分をまず入れ、それからワズンが持っている木箱から転げ落ちそうな数個を掴んでカゴヘ移していった。
そして作業を切り上げると、ふたりとも手を洗い、先ほど持ってきたポテトチップスでお茶をした。
あの日から毎日ワズンに頼まれて、日課のようにポテトチップスを作り続けたので、今では商品として売り出せそうな出来栄えになっている。
途中、毎日食べて飽きないのか聞いてみたが、こんな美味しいもの飽きるわけがないと、逆に怪訝な顔をされた。食への興味は薄いが、じゃがいもを美味しく食べることに関しては話が別なんだなと、それ以来何も言わずに作り続けている。
日差しが強くなってきて、もう夏だなと思い空を見上げると
「そろそろプアナムに向かってもいい時期だと思うよー」
ワズンが複数枚のポテトチップスを同時にパリパリ食べながら、私にそう言った。
「収穫はもう大丈夫なんですか?」
私はまだ収穫が終わっていない畑の一画を見て尋ねると
「あれくらいはひとりでも大丈夫。それよりあまり出発が遅れると、夏の間にプアナムまで行けなくなるから」
なんだかんだ私のことを気にかけてくれるワズンに、私はなんだか嬉しくなって横から顔を覗き込んだ。すると、ワズンは照れたように頬を掻いてから
「ほらエルライの服装じゃ、夏しか移動できないからさ」
そう言って、お茶を一口飲んだ。
始まりはなかなか印象深かったこの共同生活も、日を重ねるうちに楽しくなっていたので、出発を考えると少し寂しかった。
それでも、ムルジムとの約束もあるし、ワズンの言う通り早い方がいいのだろう。
「そうですよね……。わかりました。それじゃあ……、明後日、出発します」
自分に気合いを入れるために、出発日を宣言する。するとワズンは
「わかった。じゃあ明日はたくさんポテトチップス作ってね」
そう笑顔でよろしくと言うと、私の頬をぷにぷにつついた。
「いいですけど、作り方覚えた方が良くないですか?」
私はされるがまま答えると、ワズンはつつくのをやめて両手を上げた。
「無理無理。あんな手間暇かけてできないよー」
「覚えたらいつでも食べられるのに……」
「ポテトチップスはまたエルライが遊びにきた時の楽しみにしておくよ」
だから、またこの街道を通ることがあれば寄ってよと言われた。私はその時は必ずと約束すると、再びポテトチップスをつまみ、パリッと一口食べた。
出発の朝になると、ワズンはロバが運べるギリギリの、大量のじゃがいもをくれた。
私が何度も何度もお礼を言うので、ワズンは「もう良いから行きなよ」と笑って、私の背中を押した。
そうして私はプアナムへ向けて出発した。
*
多くの人とすれ違うようになり、街道脇にも民家やお店が増えてきたのでプアナムに近づいてきたのかなと思っていると、遠くに都市が見えてきた。
そこには今まで見たことのない規模の大きな建物がいくつもあり、間違いなくここがカーフの言っていた乾燥した大都市のプアナムだと確信した。
足を踏み入れると、大都市の名に相応しい建物と人の多さ、そして何よりも遠くからでも目立っていた大きな建物の数々に圧倒された。
そして芸術の都という異名がある通り、街並みも洗礼されており、行き交う人々の服装も個性的で目を惹くものが多い。アルドラがいたら目を輝かせただろうなと思いながら、私は大通りの隅で立ち止まってしばらく見学していた。
さて、これからどうしようかなと考えた。
荷物もあるし、研究者のところを訪ねるにしても現在地も分からない。それなら、まずは宿屋を探した方がいいなと、宿屋を目指すことにした。
しかし建物だけ見ていても、どの建物がなんの商売をやっているのか一見すると分からないところが多い。
やっと見つけた宿屋は、外観がどうみても鍛冶屋にしか見えない重厚な見た目で、外から中を覗くと壁も石造りのごつごつとした内装だった。
看板はあったけど、本当に宿屋なのだろうかと恐る恐る入ると、きちんとした服装の受付の人が中から出てきて、普通に受付してもらえた。
明らかに最初の意図と異なる使い方をしているところが多いとカーフから聞いていたが、これは慣れるまでに苦労しそうだと苦笑いをした。
宿の人に聞いて、約束の研究者の家を訪ねてみると、誰もいないようだった。
たまたま留守なのか、どこか旅に出ていて戻っていないのか分からなくて、夕方にもう一度訪ねてみた。すると隣の家の人がちょうど家に入るところだったので引き留めて聞いてみると、そこの家の人は旅に出ているよと教えてくれた。
いつ戻るのかはわからないのなら、まずは家を借りないとと思い、再び宿に戻った。
ベッドに寝転がりながら、どうせならワズンから貰ったじゃがいもがまだたくさんあるし、ポテトチップスを屋台で売って過ごそうかなと考えた。
ワズンの言っていた通り、あそこから北は涼しくて、プアナムまではアルドラの外套でなんとか凌いできたが、服や履き物はすぐにでも買い足そうと心に決めていた。
しかし路銀にそこまで余裕があるわけでもなく、この先も旅をすることが考えられるから、少しでも稼いでおきたい。
屋台が出しやすい地区に家を借りられるといいなと思い、明日は取りまとめ役の人の居所を聞いて訪ねることにしようと考えているうちに、いつの間にか眠ってしまった。
*
「ここら辺は色々な食べ物の屋台が出ている地域だよ。この辺りの家で良かったかい?」
「はい」
待ち合わせをして、スープやパンなどの屋台がズラリと並んでいる地区に、取りまとめ役のひとりのベゼクが案内してくれた。
「ところでエルライは何を売るつもりなんだい?」
「じゃがいもを加工したものです」
「じゃがいもかぁ……。この辺りはじゃがいもを売りにしているお店もあるけど大丈夫?」
「はい。ちゃんとした食事というよりお菓子の分類になるので大丈夫だと思います」
「あ、お菓子なの? それならもっといい場所があるよ」
そうベゼクは手招きをすると、一度細い路地に入り、しばらく後ろをついて歩いていくと甘い匂いがしてきた。そして広めの路地に出ると、そこは確かにお菓子を売っている屋台がたくさんあった。蜂蜜を使ったお菓子が目立ったが、クッキーらしきものやドライフルーツ、ナッツなども売られていた。
「確かにこちらの方がいいかもしれないです」
「わかった。じゃあ明日にでも案内できるようにしておくから、また同じ時間に事務所に来てくれる?」
「分かりました。よろしくお願いします」
翌日案内された家はこぢんまりとしているが、商売が出来るように軒先があり、中はかなり個性的な色合いの壁で、あちこちに花の絵や馬の絵などが描かれていた。
「随分前に住んでいた人がキャンパスがわりに壁に描いたみたいで、面白いからそのまま残してあるんだ。気になるようなら消すこともできるけど、どうする?」
「このままで大丈夫です」
ひとりで暮らすし、華やかな壁のほうが気持ちが上がりそうだ。そして今日から入居可能だと言われたので、早速荷物を運び入れることにした。
宿を引き払い、しばらく牧場に預けていたロバに新居まで荷物を運んでもらっていると、近所の人があいさつにきた。
「こんにちは。これからしばらくの間、こちらでお世話になります。よろしくお願いします」
「こんにちはー。よろしくね。もしかして何か屋台出すの?」
「はい。そのつもりです」
「そっかー。最近新しい屋台が出てなかったから楽しみにしてるよ」
「はい」
笑顔で応えると、その人はまたねと手を上げて去っていった。
荷物を下ろして家の中に運び込むと、先にロバを牧場へ戻した。
この家の裏でも飼うことは出来るのだが、狭いし、日当たりもそこまで良くないので、広々とした牧場で預かってもらうことにしたのだ。
牧場から家に戻る道すがら、パンなど食料を買い込んで、歩きながらこれからのことを考えた。
今回住む家は家具どころか鍋や食器、布団なども残っていたので、ありがたくそれを使わせてもらうことにした。布団は出てくる前に掃除のついでに干してきたので、あとは食器類を洗って台所の設備を確認して、ポテトチップスを売るための道具を揃えようと、必要なものを思い浮かべていった。




