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ペルティカの箱庭  作者: 綿貫灯莉
第4章 模索の旅
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第54話 じゃがいも

 ムルジムとの約束で奮い立たせた気持ちは、次の配達先ですっかり落ち着いてしまった。


「いやぁ、エルライが来てくれてほんとに助かったよー」


 高い位置に結んだ水色の髪を揺らし、無邪気な笑顔でそう言ったのは、じゃがいも農家のワズンだ。

 畑のまわりの草をむしりながら私はハハと笑い、この策士には勝てないなと肩をすくめた。



 二週間前に、これが最後の配達だと意気込んで向かったのが、このじゃがいも農家だった。

 ただ小包を渡すだけなのにお茶を出されて、今夜は野営をすると答えると泊まっていくように言われ、あれよあれよと、気がつくと夕食の席についていた。


 そして茹でたじゃがいもをご馳走になっていると


「しかし、もうすぐ収穫だっていうのに、つい先日まで一緒に働いていた仲間が、『ちょっと旅に出たくなったから行ってくる』って言って、突然いなくなっちゃうからビックリしたよねー」


ワズンは眉を八の字にして、今年の収穫はどうしようかなと、フォークで崩したじゃがいもをつつきながら少し憂鬱そうにため息をついた。


 私は自分の前にあるお皿を見て、もしかしてこれはここで働くことを前提に出された食事なのだろうかと、口の中のじゃがいもの欠片をゴクリと飲み込んだ。


「それは大変ですね」


 とりあえず当たり障りのない返事をしてみると、ワズンは「そうなんだよねー」と言いながら、今度は私の服装を上から下まで見た。


「ところでプアナムに行くって言っていたのに、そんなに薄着で大丈夫なの?」


 半袖にハーフパンツのような格好の私に、ワズンは首を傾げる。


「外套も持っていますよ」


 突然の指摘に驚きつつも、私はそう返事をして部屋の片隅に置かせてもらった自分の荷物を指すと


「いや、外套だけでは絶対に足りないよ。もう少し服装を見直したほうがいいと思うな。そうじゃないと、エルライ凍えちゃうよ」


ワズンは青い瞳で心配そうに私を見つめて、腕をさする動作をする。


「そんなにプアナムって寒いんですか?」


 雪は降らないと聞いていたから、まさかそこまでの寒さだとは思わなかった。


「そうだね。ここから北はまだまだ寒いよ。その格好だと寒さで野営なんてとてもじゃないけどできないだろうし、ここで夏まで待って出発するといいと思うな。部屋も余ってるしね」


 そう言われて、実はかなり無謀な装備だったんだと認識した。

 アルドラからもらった外套があまりにも立派だったので、これさえあればなんとかなると思い込んで、あまり服は買い足さなかったのだ。

 エルルを出発する前に、もう少しみんなに服装の相談をするべきだったなとひとり反省した。


「夏ならこの格好でも大丈夫でしょうか?」


 私は自分の服装がワズンに見えるように、腕を広げてみせると


「昼間は大丈夫だと思うよ。夜も外套があるならきっと凌げるから、プアナムに到着してから冬用の服を買い足すのがいいよ。プアナムは大きいから、なんでも揃うよ」


 ワズンは頷きながら、そんなアドバイスをくれた。私はそれに感謝すると


「いいって。エルライに夏までいてくれた方がこちらも助かるし」


そう言って、ワズンはこれから数ヶ月よろしくねと笑顔で握手を求めてきた。


 いつの間にかじゃがいもの収穫が終わるまで、ここで手伝うことになった事実に気づき、私は狐につままれたような気分になった。


 しかし、秋までにプアナムに到着すれば大丈夫だと言われていたし、なんだかんだ困っている人を見捨てていくことはあまりしたくなかったので、結局ここに滞在することに決めた。



 それから毎日ワズンと共にじゃがいも畑の手入れをして過ごした。

 農作業に関してはやり方に違いはあれど問題なかったのだが、食事に関しての飽きが生まれてきてしまった。

 誕生の家ではミラクがいつも多彩な料理を作ってくれていたし、エルルではテイクアウトできるお店がたくさんあり、さまざまな料理を食べることができた。

 しかし、ここでは基本的にじゃがいもが主食で、最初のうちは久しぶりのじゃがいもだったので、喜んで食べていたのだけど、一週間を過ぎるとちょっと飽きてきたなと感じはじめた。


 ワズンは食に関する興味は薄い方で、基本的に料理は茹でる一択だった。だから、じゃがいも以外の野菜もじゃがいもと一緒に茹でて、少しだけ塩を振って食べるのだ。

 どうやら料理に時間をかけるのが勿体ないと思っている節があり、そんな時間があるなら、じゃがいもを育てる事に情熱を燃やしたいようだった。


 私はそれに気づくと、すぐに料理担当を申し出た。そしてミラクから教えてもらったレシピでいくつか振る舞ってみたが、辛味などをつけた濃い味付けはじゃがいもの味を楽しめないらしく、ワズンの箸は進まなかった。



 じゃがいもかぁ……。

 ポテトサラダはマヨネーズが必要だけど、いまいち作り方がわからないし、じゃがバターは蒸すにもこの家には蒸し器がないし、バターもないようだからなぁ。

 自分が作れそうなじゃがいも料理なんてあるのかなと草をむしりながら考えていると、ふとお菓子のポテトチップスを思い出した。

 あれって薄く切って揚げるだけでは……?

 それにトリマンがくれた海苔があるから、のり塩味も作れるんじゃないかと気がついた。海苔は本当はおにぎりに使いたかったのだが、板状ではなかったからスープなどに溶かして食べていたのだけど、あれをもっと細かく砕けばいけるかも?


 食事としては不向きだけど、間食ならありかもと試しに作ってみることにした。

 ナイフで出来るだけ薄く切るのは苦労したけど、スライスしたじゃがいもの水を丁寧に拭き取ってから油で揚げると、それっぽい見た目になった。

 味をつけずにそのまま食べると、じゃがいもの味がしてパリッと美味しかった。



 農作業の休憩時間にお茶と一緒に出して、ワズンには塩は好みでつけるようにと伝えると


「こんな風にじゃがいもを食べるのは初めてだけど、美味しいよ! じゃがいもの味もちゃんとするし、エルライすごいね!」


そう喜んで、自分用にと取り分けておいた分も、あっという間に食べられてしまった。仕方がないからのり塩はまた今度試そうと片付けていると


「すごく美味しかったから、明日も作って欲しいなー」


ピッタリと私の横に立ったワズンに、そう懇願されたので、私はすすっと距離をとりながら


「わかりました。また作りますね」


そう了承して、明日はもっとたくさん用意しようと心の中で頷いた。

 ワズンはその返事を聞くと私からパッと離れて、笑顔で「明日も楽しみだよ」と言うと、嬉しそうに鼻歌を歌いながら畑へ戻っていった。



 まさかその日から毎日ポテトチップスを作ることになるとは、この時は思わなかった……。

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