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ペルティカの箱庭  作者: 綿貫灯莉
第4章 模索の旅
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第53話 ムルジム

 エルルの集荷場で預かった荷物の配達先は、ほとんどがプアナムに続く内陸側の街道沿いの村や町だったので、迷うことなく順調に配達をしていった。

 海側の街道は船が寄港する町もあり、配達する手段が多いようだが、内陸側はどうしても人手不足になりがちで、少し高めの配達料だった。

 受け取った配達料は出発前に調整したので、全て私が受け取っていいことになっている。


 思ったよりもたくさんの配達先があり、その分路銀稼ぎになり助かっていた。

 それにバジから送ってもらった砂糖やお米もこの辺りではずいぶんと高く買ってもらえる。

 今回は前回よりも短期間で旅の準備をしたので少し不安があったのだが、これなら何とかなりそうだと胸を撫で下ろした。


 野営もサドルに教えてもらったことを思い出しながら何とか乗り切っている。

 ひとりで寂しいかと思った旅もケラススとロバがいることで、気持ち的に落ち込むようなことはなかった。



 *



 二月に入ったある日の夜、白い夢にムルジムが現れた。


「思ったより早くお別れがきてしまったみたいだよ……」

「ムルジム……」

「やっぱりエルライに頼んで正解だったよ……」

「……」

「そんな顔をしなくていいんだよ……。エルライは本当に優しいな……」

「そんなことは、ないです……」

「しかし、自分もエルライのようにもう少し早く研究に取り組んでいたら、とも思ったけど……、やっぱり遺跡の発掘がこのタイミングだったから仕方ない……」

「え? ムルジムは以前から寿命の研究をしていた訳じゃないんですか?」

「うん……。北の大都市の近くで何故か花がたくさん咲く地域があってね……、以前はそこで蜂を飼ってハチミツとロウソクを売っていたんだよ……」

「全く違うことをしていたんですね」

「そう……。それで遺跡の発掘の話を聞いたのが四年前で……。その時に人手が足りないからと発掘隊の募集があってね、それに何となく応募したんだ……」


 最初は全く興味がなかったのだが、発掘される石板に書かれている内容を読むうちに段々と興味を持つようになったのだという。そしていつしか一緒に発掘をしていた人と、特に寿命に関する石板を集めては議論するようになっていたらしい。

 そして、この発見を少しでも広めたいと、エルルに戻ってきたのだという。


「寿命なんて、もともとこれくらいの短さだと思っていたから……。もっと寿命について向き合えばよかったかな……」

「……」

「しかし、自分みたいに後悔のないように、好きなことをやろうと思う人が多いのに……、エルライはその歳で寿命の長さに興味を持つなんて不思議な子だね……」


 シェアトにも言われたから分かっていたが、やはり私は考え方が前世に引っ張られている。

 そして、ふとムルジムに私の秘密を話してみようと思った。


「実は……、私は別の世界で生きた記憶を持っているんです。そして、その世界では人によっては百歳位まで生きられたんです」


 私の告白に、「百歳⁉︎」と驚愕していたけど、私の前世の記憶については、何か思い当たる節があったのかすぐに納得してくれた。


「それはすごい世界だね……。なるほど、だから寿命が短いと感じたのか……。じゃあエルライもそれくらいまで生きたの……?」

「いえ、私はそこまで長生きはしていないです。それでもここの寿命よりは長く生きました」

「そうなんだ……。やっぱりそれだけ長命だと、やりたいことをたくさん出来るんじゃないの……?」


「やりたいこと……?」


 息苦しく生きづらい、地球での生活を振り返って、私はゆるゆると首を振った。


「私は、以前の世界では上手く生きられなかったんです。みんなと違って、自分のやりたいことが何なのかもわからなくて……、ただ漠然と生きていたんです」

「それは辛い記憶だね……。エルライでさえ上手く生きられない世界なんて、余程厳しい世界だったんだね……」

「厳しい世界……? それはよく分かりませんが、私にとっては生きるのが難しい世界でした。でもそれは、私が人より劣っていたからなんだと思います」

「人より劣っていた……? それはエルライが劣っていたんじゃなくて、環境や与えられたものが平等じゃなかったんじゃないのかい……?」

「与えられたもの?」


 環境は理解できるけど、与えられたものと言われてもピンと来なかった。


「蜂を飼っている時にね……、そもそも生まれてこれない個体や、生まれても羽化不全で生きられない個体、育ってからも羽が取れて生きられない個体もあって……。それは個体のせいではなくて、与えられたものが平等ではなかったからだと思うんだよ……」


 それを言われて、私がこの世界に生まれてすぐの頃に、見た目でコンプレックスを抱いていたことを思い出した。

 そうか、見た目も与えられたものになるのか。

 それに学校でも社会に出てからも、色んなものが人より劣っていた私は、いきいきと活躍している人たちを眩しく羨ましい気持ちで見ていたことも思い出した。


「この世界はね、どの土地で生まれても環境が厳しいということはないし、みんな平等に健やかな体が与えられるし、治癒の技術もある……。でも蜂の世界では必ずしも健康な体で生まれないし、個体差もある。取れた羽も治せないし、なんて厳しい世界なんだと思っていたんだ……。だからエルライは、その蜂の世界のような場所にいたんじゃないかと思ったんだけど……、違っていたら謝るよ……」

「いえ。違わないです」


 私はムルジムの的を射た言葉に、何故か感動してしまった。

 そして、やはりこの世界が私にとって大切な場所だと改めて思った。


「そんな厳しい世界を知っているから、この世界で長く生きたいと思ったんだね……」

「はい。私はこの世界が好きです。それに出会う人もみんな好きなので、もっと長く生きて欲しいと思っています。でも……」

「でも……?」

「みんなは寿命のことをどう考えているんでしょうか……? 本当はそんなに長く生きたいなんて思っていなかったらどうしようと、不安に思う時があります」

「それは、誰もがみんな長く生きたいと願っていると思うよ……。少なくとも自分はもっと長く生きられたら、もう一度あの花畑に戻って、蜂たちとまた暮らしたかったかな……」


 私はその言葉を聞いて安堵した。

 あまりにもみんなが短い寿命を受け入れているように見えるから、私の独りよがりだったらどうしようかと思っていたのだ。

 だけど、ちゃんと長く生きたいと願う人がいることが分かり安心した。


「次にこの世界で生まれ変わった時……、自分の研究が土台となって、今より長く生きられる世界になっているかもと思うと楽しみだよ……」

「私もそれを目指してがんばります。どこまで出来るか分かりませんが、ムルジムの研究成果は必ず届けます」

「ありがとう……。エルライに会えて、自分は本当に運が良い……。また次の世界で会えるのを楽しみにしてるね……」


 それじゃあと白い世界からムルジムは去っていった。



 私は目を覚まし、シェアトやムルジムが次にこの世界で生まれ変わった時に、もっと寿命が長い世界になっているようにがんばろうと決意を新たに起き上がった。

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