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ペルティカの箱庭  作者: 綿貫灯莉
第4章 模索の旅
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第52話 準備

 いつものように漁港で小さな魚を捌きながら、トリマンに荷運びの仕事について聞いてみると


「集荷場に行けば荷運びの仕事はいくらでもあると思うよ。あそこはいつも人手不足だから、多分喜んで仕事をくれると思うけど……」


トリマンは私の捌いた魚を次々と木箱に並べながらそう答えた。


「そうなんだ。じゃあ今日の午後にでも行ってみようかな」


 私が仕事にありつけそうだと喜んでいると、トリマンは「ただ、あそこは結構仕事がきついから、エルライ大丈夫かなぁ」と心配していた。



 そして午後に教えてもらった集荷場に赴くと、集荷場から出てきたサドルに会った。


「こんにちは」

「よっ、エルライじゃないか。どうかしたのか?」

「実は仕事を増やしたくて。ここは人手不足だと聞いて、仕事があるか聞きにきたんです」

「お、それならうってつけの仕事があるぞ」

「え?」


 サドルはエルライについてくるように言って、集荷場の脇にある事務室に入っていった。


「おーい。探していた計算係だぞー」


 机で何か書き物をしていた人が、ばっと顔を上げてサドルを見ると


「え⁉︎  本当に? 助かるよー」


そう言って、その人はガタッと勢いよく立ち上がると、私たちの方へ駆け寄ってきた。


「え?」

「ほら計算得意だろ?」

「いや、得意ってほどでは……」

「バジの役場でタラゼドが、エルライの仕事ぶりは素晴らしいと褒めていたぞ。出来ることならあのまま勤めてほしかったと惜しんでいたしな。それにそろばんも使えるし、キャラバン隊でも問題なかったじゃないか。絶対に配達より向いてるよ」

「確かに重たい荷物はまだ運べないですが……」


 漁港でもトリマンが運ぶような大量に魚の入った木箱などは未だに持ち上げられないのだ。

 それでも手紙くらいなら配達できるんじゃないかと思っていたので、まさかここでも会計の仕事をやることになるとは想定していなかった。

 しかし、目の前で物凄く歓迎しているその人をガッカリさせるのもなんだかなと思い、流れで集荷場の会計の仕事をすることになった。



 それからしばらく働いてみて分かったが、ここの荷運びの仕事は想像よりずっとハードだった。

 運び込まれる荷物の数々は、どうやって運ぶのか分からないような大きなものや、とてつもなく重たいものもあり、配達先も都市の中だけでなく、私の知らない地名もかなりある。

 サドルの言う通りにしておいて本当に良かったと内心ホッとしていた。



 そして、午前も午後も仕事をすることになったので、事情を話して定期的に学校に通うのをやめた。

 歴史の先生は、何か知りたいことがあればいつでもおいでと言ってくれたので、出発までにも何度か足を運び、気になることを個別に教えてもらった。



 *



 そして十二月に入り、ムルジムから論文が完成したから来て欲しいと連絡があった。


 指定された日に行くと、すぐに家の中に通され


「やっと書き終わったんだけど……、最終的にこれだけ運んでもらうことになりそうなんだ……」


そう見せられたのが、紙に書かれた論文の束と木札が十枚以上という、なかなかのボリュームの荷物だった。

 私はその量を見て怯んだ。

 自分の旅の荷物に加え、これだけのものをひとりではたして運べるだろうか……。

 それが顔に出ていたのか、すぐにムルジムが付け加えた。


「さすがにこの量は多すぎると思って、ロバを手配しておいたよ……。エルライはロバと生活したことはある……?」

「今まで見たことも無いです」


 私が首を振ると、ムルジムはうんうんと頷いた。


「バジから来たって言ってたから、そうじゃ無いかと思っていたよ……。あちらでは牛が多いっていうもんね」

「はい、牛なら近所にもいたし、ここにくる時にもお世話になりました」

「そうだよね……。牛も良いよね……。でもロバも賢くて体力もあるから、共に旅をしてもらうといいと思って、預けてある牧場に話をしておいたよ……」

「それはムルジムのロバなんじゃ……?」

「自分の研究のためにエルライに託すのだから、問題ないよ……」

「……」

「それに馬と比べても小柄だからね、エルライの良い相棒になると思うんだよ……」


 まだこの世界で馬は見たこと無いが、今の私にはとても扱えないことは容易に想像できる。しかし、自力ですべての荷物を運べる自信は皆無なので、ムルジムの言うようにロバを引き連れて行くのが最善のような気がした。


「わかりました」

「うん……。それじゃあ今から牧場行こうか」



 そうして牧場へ連れていってもらい、早速ムルジムのロバを紹介された。

 穏やかな性格なのか、恐る恐る私が触ってもされるがままだった。全体は灰色なのに、口の周りが白い毛並みなのがまた可愛らしくて思わず笑みが浮かぶ。


「時間がある時で構わないから、出発するまでの間にも時々会いにきてあげて欲しいんだ……」


 どこからかブラシを手にやってきて、ブラッシングを始めたムルジムにそう言われた。

 それなら、今でもたまに外でケラススと食事をしているので、その場所を今度から牧場にすれば良いなと了解した。



 年が明けたらすぐに出発しようと、旅に必要な荷物を揃えているところにバジから荷物が届いた。

 何が届いたんだろうと中を見ると、お米や砂糖などの食材と、紙や墨などが入っていた。

 タイミング的にまだ私たちが送った荷物はバジには届いていないはずなので、ケラススで近況を知らせた後、すぐに送ってくれたのだろう。

 アルドラは全部持っていけばと言ってくれたが、ロバに運んでもらうにせよ限度があるので半分に分けることにした。



 旅立ちの日を決めると、今までお世話になった人達にあいさつにまわった。


 すると集荷場の人から、プアナム方面に行くなら荷運びの仕事をしないかと話を持ちかけられた。

 急ぎの旅ではないし、路銀稼ぎに良いかもしれないなと頭の中で計算をする。そして、あまり重たいものは無理なので、軽いものや手紙などを引き受けると、とても助かるよと感謝された。


 学校に行くと、先生としてムルジムがいてなんだか新鮮だった。

 お世話になった先生たちにお礼を言うと、研究で色々と分かったら、この学校に今度は先生として授業しにおいでよと笑顔で言われた。


 そして漁港のトリマンからはフレーク状の乾燥した海苔をもらった。仕事の合間に私が海苔について話していたことを覚えていて、わざわざ用意してくれたのだろう。

 実は板状のものが欲しかったなんて言えなくて、嬉しいですと笑顔で受け取った。



 アルドラからはなんと大きめの外套をプレゼントされた。


「わたしも乾燥した大都市の寒さは知らないんだけどね、まわりの人たちが言うにはここの服装では寒くて耐えられないっていうの。だから絶対に外套が必要だって言っていたから、作り方を教えてもらってわたしが作ったのよ」


 そう言いながら、私にどうやって着るのかを教えてくれた。

 よく見ると裏地の部分に『エルライ』と刺繍がされている。アルドラの刺繍を見るのは久しぶりで、バジの家で練習していた頃から思うと、かなり腕を上げたのが一目で分かった。複雑な模様で装飾された私の名前はひとつの芸術作品のように見えた。

 アルドラはここできっと良い経験を積み重ねていくんだろうなと、それを見て改めて実感し、外套のお礼を伝えた。


 そうして私はたくさんの人たちの好意を受け取って、年明けすぐに一年近く生活したエルルを旅立った。

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