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ペルティカの箱庭  作者: 綿貫灯莉
第4章 模索の旅
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第51話 依頼

 約束の五日後にムルジムを訪ねると、すぐに家の中に招き入れられた。


 私は手土産にと、ミラクのレシピを見ながら作ったあんこ餅を渡した。

 ムルジムは本当に持ってきてくれるなんてと驚いて受け取り、中身が食べ物とわかるとすぐにお茶の準備をはじめた。どうやら甘いものが好きだったようで、初めて食べるあんこ餅を口元を緩めながら美味しそうに食べてくれた。


「これは……、バジの町の名物になりそうだね……」

「そうなると嬉しいですね」


 繁盛していると良いなとお茶をすすりながら、バジであんこ餅のお店をがんばっているベイドを思い浮かべた。


 すっかり食べ終わったムルジムは、手を拭いて椅子に座りなおすと、どこかかしこまった様子で私と向き合った。

 私はなんだろうと少し緊張して背筋を伸ばす。


「あの……、突然なんだけどね……、エルライはプアナムに行く気は無い……?」

「プアナムって乾燥した大都市ですか?」

「そう……。実はね、お使いを頼まれて欲しいんだ……」

「お使い?」


 ムルジムは頷くと一口お茶を飲んで切り出した。


「今回発見された遺跡は大規模で、多くの研究者が集って発掘をしては石板を書き写しているんだけど、量も多くて把握しきれていないのが実情なんだよ……」

「そうなんですか」

「うん……。自分が書き写してここに持ち帰った分もほんの一部でね……」


 書き写したとおぼしき木の板をコツコツと叩いた。


「これから、この書き写した資料で論文を書くつもりなんだけど、それを来年の秋にプアナ……乾燥した大都市に持ち寄ることになっているんだ……。その役目をエルライにお願いしたいんだ……。会ったばかりなのに、こんなことを頼むのは申し訳ないのだけど……」


 私に分かりやすいように都市名を言い直してくれるムルジムに、「プアナムで大丈夫ですよ」と伝えてから、疑問に思ったことを聞いた。


「でも論文を持ち寄るってことは、何人かの研究者の論文がその場で披露されるってことですよね? それはムルジムにとって貴重な機会なんじゃないですか?」

「そう……なんだけどね……。実は、自分にはもうあまり時間がなくてね……」


 そう言って、ムルジムはもう一口お茶を飲んだ。


「できれば、残された時間はエルルの学校で先生として過ごしたいと思っているんだ……。中途半端ではあるけれど、遺跡で発見されたものをみんなにも知ってもらいたいから……」


 私はムルジムがもう長くないのだと知って、思わず奥歯を食いしばって俯く。


「エルライ、大丈夫だよ。そんな顔はしなくて良いんだよ……」


 ムルジムは少しオロオロした声でそう言うと、私の肩にそっと手を置いた。


「こういうのは多くの人の知識の積み重ねだからね……。そりゃあ自分がバシッと解決策を発見できれば気分がいいのかもしれないけど……。こうやってエルライのような、これからの子に託せるだけで、自分は幸運だと思うんだ……。それに、次にこの世界で生まれ変わった時に、この問題が解決されているかもしれないと思うと、なんだか幸せな気分になるんだよ……」


 顔を上げると、目の前にはふわりと優しいムルジムの眼差しがあった。私はクッと息を呑んで


「わかりました。プアナムに行きます」


そう頷き、まっすぐムルジムを見つめて返事をした。


「ありがとう、エルライ……」


 私の返事に安堵したように頷くと、じゃあ先日の続きの話をしようかと、前回見ていた木の板を再び取り出してきた。


「そういえば、論文を届けてもらう相手は長年、寿命に関する研究をしている人だからね……、色んな話が聞けると思うよ……」


 木の板を並べながら、ムルジムはそう言って再び遺跡で発見された事柄について話しはじめた。



 私はムルジムの話を、できるだけ詳細に紙に書き留めていく。そして、四人の協力者のうちのひとりが仲間と共に、いずれ山霧の大都市となる土地へ向かい旅をする様子を聞きながら、そういえばプアナムの出発に向けて路銀が必要だなと思った。

 エルルに行くために貯めたお金はまだ多少残っているが、あれだけだと心許ない。

 そう思い、帰り道に急募が出ているお店ないかなと探しながら歩いたが、結局働けそうなお店は見つからないまま家に到着した。



 今日のことを早めに伝えておこうと、夕食を食べ終わって、ふたりで片付けをしているときにアルドラに切り出した。


「今度、乾燥した大都市に行くよ」

「そうなの? ずいぶんと急ね」


 私が洗った食器を受け取りながら、アルドラは驚いた。


「いや、今すぐにというわけじゃ無いんだけど、来年には出発すると思う」


 そう言うと、少し先の話なのねと頷いて、受け取った食器をふたたび拭きはじめた。


「そう、わかったわ。わたしはやりたいことが出来たから、ここに残ることにするわ」


 アルドラは拭き終わった食器をもって食器棚のほうへ向かいながらそう答える。


 夕食中も、「今日教えてもらった縫い方が難しくてこれから練習するわ」とか、「私に指名で刺繍の注文があったのよ」と嬉しそうに話すアルドラを見ていたので、その返事に驚きはなかった。


「うん」


 私が頷くと、アルドラは首を傾げながらそう言えばと振り返った。


「乾燥した大都市って、カーフが話していた芸術の都でしょ? もしかして大きな集会所も見学できるんじゃないの?」


 そう言われて、雨の日の授業でカーフがそんな話をしていたことを思い出した。


「うん、きっと見学できるね。大きな集会場、見てくるよ」

「どれくらい大きいのか確かめてきてよ」

「まかせて。せっかくだしカーフ達にも旅立つことを連絡しておこうかな」


 ついでにもう少しカーフにプアナムの情報を貰おうかなと、誕生の家に手紙を出すことを口に出すと、アルドラがそれならと私に向かって挙手をした。


「わたし、自分が刺繍した布を送りたいわ。バジの布屋に置いてもらって、いつか誰かにその布で衣装を作って欲しいと思ってるの」


 少し頬を赤らめて、でも誇らしそうにそう希望を語るアルドラを見て、私は羨ましい気持ちと尊敬する気持ちがないまぜになり、思わず目を細めた。


「それは素敵だね。じゃあ先にその事もケラススに伝えてもらって、荷物は後日送ろう」


 やりたいことが自分でもよく分からないのだから、無いものねだりをしても仕方がないと、私は小さく首を振る。

 そして私もみんなに喜んでもらえるようなものを買って送ろうといくつか候補を頭に浮かべた。



 そういえばカーフは以前、都市の中で荷運びの仕事もしていたと話していたけど、ここでもそういう仕事はあるのかなとふと思いつき、明日の朝にでもトリマンに聞いてみることにした。

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