第47話 漁港
翌朝、まだ日が昇っていないうちに目を覚まし、私は起き上がった。
昨夜サドルから、早朝の漁港なら仕事があるかもしれないと言われたので、さっそく行ってみることにしたのだ。
アルドラを起こさないようにそっと階下へ降り、昨日の夕食の残りを手早く食べると外に出た。
外はまだ薄暗くて、少し心細い気持ちで坂を降りて漁港へ向かうと、段々と人の声が聞こえてきた。
漁港に着くと、漁を終えた漁船が続々と戻ってきていて筋肉隆々の人たちが忙しそうに荷下ろしをしたり、降ろした荷物を運んだりしていた。
私はその中に入っていく勇気はなく、少し離れたところから、何かできることはあるのかなと見ていたら
「そこのキミ、こっちに来てこれの絡まりを解いといてくれない?」
ルクバトを彷彿とさせる、逞しい体格の朱色の髪の若者に突然声をかけられた。私は、驚きつつもそちらへ行くと、漁で使用したと思われる網を手渡された。
よく分からないけど、とりあえず言われるがままに複雑に絡まった網を少しづつ解きほぐす。そして完全に絡まりが解けたのを確認すると、丁寧にたたみなおした。
「キミ、手先が器用だね。じゃあ次はこっちに来て魚捌いてよ」
別の網を修理していたその若者はうんうんと頷いて、今度は引き揚げた魚とまな板が置かれている場所に私を連れて行く。
さすがに魚は川魚の内臓を取るくらいしかやったことが無いので断ると、やり方教えるから大丈夫だと隣で説明を始めた。
何匹か犠牲を出しながらも、それなりに捌けるようになり、木桶に入っている小さめの魚を次々と捌いていると
「うん、これなら大丈夫そうだ」
しばらく横から見ていたその若者は、満足げに捌いた魚を木の箱に並べていった。
結局太陽が完全に昇るまでその作業は続いて、あたりはすっかり明るくなっていた。
「いやー、キミがいてくれて助かったよ」
その若者は笑顔でそう言うと、木箱に並べた魚の切り身を厨房らしき建物に持っていってしまった。
私はどうしたら良いんだろうと思いつつ、取り敢えず終わったらしいので、まな板を綺麗にしたり、切り落としたヒレや頭をまとめたりしていた。
「おーい! そこのキミ!」
厨房から私を手招いている。手を洗って、手拭いで拭きながら近づくと、揚げたての魚を葉っぱのようなお皿に乗せて渡してくれた。
「良かったら食べてよ」
「ありがとうございます」
渡された魚はカラッと揚げられていて、塩が軽く振られているだけだったが、感動的な美味しさだった。ふわふわの身はジューシーでカリッとした皮が香ばしくて、あっという間に食べてしまった。
「とても美味しいです!」
「あはは、それは良かった。ところでキミは初めて見る子だね。来たばかりなの?」
「はい。少しの間、ここに滞在するつもりです」
「そうなんだ。じゃあその間だけでもここで働かない?」
「え? 良いんですか?」
「ぜひ」
緑色の瞳をキラキラさせた若者は、期待に満ちた眼差しで私を見た。
「じゃあ、働きます!」
「やった。あ、まだ自己紹介してなかったね。ボクはトリマン。この漁港のよろず屋のひとりだよ。実は以前一緒に働いていた仲間が船上のよろず屋になってしまってね、ひとりでてんてこ舞いだったんだよ」
「よろず屋って何をするんですか?」
「まあ頼まれたことは何でもやる仕事かな。もちろん出来ないこともあるから、その辺はボクが割り振るから大丈夫」
「わかりました。私はエルライといいます。よろしくお願いします」
「よろしく。明日の朝も今日と同じくらいの時間に来られる?」
「大丈夫です」
「じゃあよろしくね」
それから主な仕事を教えてもらって、今日の分だとさっき食べたものと同じ揚げた魚と硬貨を受け取って別れた。
すっかり明るくなった坂道を歩いて昨日から我が家になった家の青い扉を開けると、ちょうどアルドラが起きてきたところだった。
「おはよう、エルライ。早かったのね」
「おはよう。これ良かったら朝ごはんにどうぞ」
「何これ?」
「魚を揚げたものだよ。さっき食べたけど、すごく美味しかったよ」
「ありがとう。いただくわ。もしかして朝から働いてきたの?」
私の姿を見て、アルドラが驚いていると
「うん。明日から漁港で働かせてもらうことになったよ」
「エルライは相変わらず行動が早いわよね」
それはアルドラには言われたくないなと思いながら、もらった魚を渡すと、一度部屋へ荷物を置きに戻った。
「何これ! すっごく美味しい!」
階下からアルドラの感動した声が聞こえてきて、思わず笑みが溢れた。
それから三日間は、漁港から帰って家で掃除などをしているうちに眠たくなってしまい、気がついたら昼寝をして一日が終わってしまう日々が続いた。
このままでは本末転倒だと、今日はアルドラに掃除などの家事をお願いして、漁港から戻るとすぐに身支度をして家を出た。
まずは港まで行き、それから海を背にして大きめの通りを歩き出す。
港に近いほど海産物を売っているお店や、それらを提供する食堂があり、最初に泊まった宿の前も通り過ぎた。
さらに進んでいくと、道が二手に分かれ、その片方を選んでどんどん歩いていった。
初めて入るその通りは、奥に入るほど布を取り扱っているお店が増えていった。
バジでは見たことのない色味や質感、デザインの布が多くあり、それらで仕立てられた服は、自分の知っている洋服に近いものもあり、見ていて面白かった。
その道をずっと進むと、だんだんと建物が少なくなり、かわりに畑が広がってきた。
民家がまばらになったので、今度は別の大きな通りに入って、また港へ向かって歩いていった。
この通りには雑貨類や家具などを取り扱っているお店が多いようだ。
しかし旅に出てから密かに探している本屋はここでも見つけられなかった。情報収集の一環として本があればと思っていたのだが、そもそも本自体見かけないから、この世界では貴重なものなのかもしれないと本屋は諦めた。
インターネットがない世界で本以外に何で調べると良いんだろうと考えてみる。
しかし、さっぱり代替案が浮かばず、やはり当初の目的である研究者を探すしかないかと、再び歩きはじめた。




