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ペルティカの箱庭  作者: 綿貫灯莉
第4章 模索の旅
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第44話 海

 牧場を出ると、サドルはよく利用しているという宿に連れて行ってくれた。


「今日はもうエルル行きの乗船予約の受付が終わっているから、明日窓口に行こう」

「予約が必要なんですね」

「ああ、毎日船は出ているが、エルルまで行く船は三日に一度程度だから予約が必要なんだ」

「エルルってそんなに遠いんですか?」

「船で四日はかかるな」


 かなり距離があるとは聞いていたが、想像以上の遠さに驚いた。そもそも船に乗ったことがないけど、四日なんて大丈夫なんだろうか……。


「エルルはイシュイルよりも大きいって本当?」

「ああ、ここより更に大きいが、それでも大都市よりは小さいな」

「大都市ってすごいのね」

「そりゃあ、世界に四つしかないくらいだからな」


 アルドラがサドルの話を楽しそうに聞いている横で、私はカーフから聞いた話を思い返していた。



 この世界の最大の人口集団は国ではなく大都市なのだという。人口が多い順に大都市、都市、町、村と呼んでいるらしい。


 そして驚いたのが、この世界には国という概念がないということだ。だから、国境は当然ないのだが、かといって四大都市の間に境界があるわけでもないらしい。

 そんな世界だから、旅をするのにパスポートのようなものも不要で、どこでも自由に行き来することができるし、言葉も全て同じだから、どの土地へ行っても困ることはないのだという。

 敢えて困るのは気候くらいだと言っていた。北方しか知らないと、南方の陽気に驚くし、その逆もまた然り。


 そして、所有という意識もおおらかというか、無頓着なのだ。

 山や森、平原、川や海などは基本的に誰のものでもないから、裏を返すとみんなのもので、育てた作物は育てた人のものだけど、土地自体は個人が所有しているわけではなく、みんなの共有財産で、それを話し合って使っているらしい。

 建物や部屋も、空いていれば家賃なしで使用することができるのだ。

 ちなみに空き部屋や空き家、空き地を管理しているのがタラゼドのようなその土地の取りまとめ役だという。


 私はこの世界の在り方が、あまりにも以前の世界と違いすぎて少し混乱している。

 人間の姿をしているけど、性別はないし、善い人達だからとくくるにはあまりにも無理がある。むしろ地球の人間とは異なる生命体だと言われた方がしっくりくる。

 そしてここは一体どういう世界なのだろうと改めて考える。もしかして私は何かの間違いで、うっかりこの世界に紛れ込んでしまった異物なのかもしれない。



 翌朝になり、朝食をとるとサドルの案内でエルル行きの乗船の予約を入れにいった。


「こちらにお名前を記入してください。……はい、ではこちらの木札が乗船の切符になりますので、当日に係のものに渡してください。明日のエルル行きの船は既に定員に達しているので、次の出航日に港までお越しください。出航日は切符で確認できます」


 渡されたのは、手のひらに収まるくらいの木札で、表面には海と船の絵の焼印があり、乗船の日付と出発の時間が記されていた。サドルはキャラバン隊として予約をしていたので、隊員の数や荷物の量など申告するものが色々あり、私たちとは別の手続きをしていた。


「お待たせ。じゃあ昨日話していた海に行くぜ」


 笑顔で歩き始めたサドルに、私たちはウキウキしながらついていった。方角は倉庫や牧場とは正反対の方で、路地をどんどん進むと、左右の建物がなくなり、木のトンネルになって、路地の向こう側に青色の風景がかすかに見えてきた。


「あれってもしかして……?」


 アルドラが期待に満ちた目でサドルを見上げると、サドルはただ無言で笑顔になった。それを見て走り出したアルドラを私も少し遅れて追いかけた。


「ちょ、ちょっと待って」

「早く早く、エルライ!」

「速いって」

「見えてきたわ! ……!」


 先を走っていたアルドラは砂浜に入ると走る速度を緩めて、立ち止まった。私もやっと追いついて、隣に並ぶと、そこには真っ白な砂浜に透き通るような青い海と、よく晴れた青空が広がっていた。


「これが海……?」

「うん」

「こんなにも海って広くて綺麗なのね……!」

「本当に綺麗だ……」


 テレビやインターネットでしか見たことのないような、美しい海辺の風景にただただ感動した。

 砂浜はサラサラの白い砂で、藁で編んだサンダルは砂まみれになって、じんわりと砂の温かさが足の裏に伝わってくる。

 海はキラキラと太陽の光を反射して輝いていた。

 遠くを見ると、ところどころで、サーフィンのように木の板で波に乗って遊んでいる人がいる。

 波打ち際までふたりで歩いていくと、波が足首まで寄せてきた。その波がまるでゼリーのようで、その透明度になんて美しいんだろうと感動した。


「ここの海は綺麗だろ」

「ええ……! とても綺麗だわ……!」

「この砂浜はエルルには無いから、イシュイルにいる間に堪能しておくといいぞ」


 そう言って、サドルは持ってきた荷物の中から、大きな布を引っ張り出して、それを木陰の砂浜に敷いた。そして、その上にゴロリと寝転がった。


「今日はもう用事ないから、好きなだけ海で遊べるぞ」


 アルドラと私は最初は波打ち際で波が寄せては引くのを楽しんでいたが、そのうちに膝ぐらいまでの深さまで行ったところで、少し大きな波が来て腰まで濡れたのをきっかけに、泳ぎ始めた。

 アルドラも最初は恐る恐るだったが、顔を水につけてからは何か吹っ切れたように全身で海を楽しんだ。

 散々海で遊んで、ふたりともお腹が空いてきたので海からあがると、サドルが何処からかヤシの実といくつかのフルーツを持って歩いてきた。


「よっ、腹ごしらえにどうだ?」

「やった! お腹ぺこぺこだったの」

「ありがとうございます!」


 フルーツはそれぞれ手持ちのナイフを使って食べた。ヤシの実は既に上が切られていて、そのまま飲めるようになっていた。


「初めての海はどうだ?」

「すごく楽しいわ」

「波があるのが面白いです」


 うっかり久しぶりに海で泳いで楽しかったなんて言わないように気をつけた。


「でもこんなに素敵なところなのに、ずいぶん人が少ないですね」


 私たちの他に、遠くで数組が波打ち際で遊び、それ以外サーフィンもどきをしている人たち数人だけで、他に姿が見えないのが不思議だった。


「ああ、この時間は働いている人が多いからな。朝早くか、もしくは昼過ぎからぼちぼち来て、夕方なんかは砂浜を散歩する人が結構いるぞ」


 たまたま人のいない時間だったらしい。


 それから出港までの数日は午前中に都市の中を見学して、何か延命に関する情報などないか探して回り、午後は海で遊んで過ごした。

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