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ペルティカの箱庭  作者: 綿貫灯莉
第4章 模索の旅
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第43話 出発

 サドルに指定された待ち合わせ場所は、誕生の家とは反対側の町の外れだった。

 ふたりで歩いて向かうと、幌をはった荷車が数台止まっているのが見えてきた。さらに近づくと、牛が荷車を牽引できるように準備されていた。


「牛にひいてもらうんだね」

「農作業を手伝ってるのは見たことがあるけど、荷車をひく牛は初めて見たわ」


 初めて見る牛車に気後れしていると、むこうからサドルがやってきた。

 そして私たちに「ようっ」とあいさつをしながら、大人しく出発を待っている牛を大切なものを扱うように優しく撫でた。よく見ると、どの牛も毛並みが美しく、丁寧にブラッシングされていることがわかる。


「牛車は初めてかい?」

「はい。初めて見ました。一頭でこんなに大きな荷車を運べるんですね」

「そうなんだよ。キャラバン隊には欠かせない、大切な仲間たちなんだ」


 そう温かい眼差しで牛を見た。


「もう出発するから、あの牛車に乗り込んでおいてくれないか? あちら側にハシゴがついているから、そこから乗り込んでおいてくれ。あとから俺も行く」


 一番先頭の牛車に乗るように促すと、まわりに指示を出しながら後ろの牛車へ移動していった。



 私たちは言われた通りハシゴから牛車に乗り込んだ。中は外から見るより広くて、後ろには預けておいた私たちの荷物が積まれているのが分かった。

 前方にはちゃんと座れるように座席も用意されている。そろそろと座って興味深く荷車の中を見学していると、慌ただしくサドルが乗り込んできて御者席に座り、手綱を手に取った。


「じゃあ出発するぞ」


 そう後ろに向かって声をかけ手綱を軽く振ると、牛がのそっと歩き始め、荷車が動きだした。



「まずはエルル行きの船が出ているイシュイルに向かうんだが、次の村まで三日かかる。今日と明日は野営になるから、そのつもりでいてくれ」


 バジの北側は次の村までそんなに遠いなんて知らなくて、今更ながらアルドラとふたりきりの旅を止めてくれたタラゼドに感謝をした。そして心からキャラバン隊と一緒で良かったと思った。


「バジから東側の町へ行くのも二日必要でしたが、バジは他の町や村から離れた位置にあるんでしょうか?」


 私は色んな土地を知っているであろうサドルに、バジの事情を尋ねた。


「いや、どこの町も大体似たようなものだ。なんなら一番近くの町が五日以上の村なんてのもあるぞ」

「それは生活が大変そうですね」

「あそこに住んでいる人たちはみんな自給自足を楽しんでいるから、きっとあの不便さが堪らないんだろう」

「そんな人たちもいるんですね……」


 その楽しさはまだ私には理解できそうにないなと思いながら、素朴な疑問を投げかけた。


「みんなもっと近くに町や村を作らないんですか?」

「んー、村なら町の近くに作ることもあるみたいだけど、町は孵化の森で栄えているから、孵化の森から離れることはないかなぁ」

「孵化の森で栄えているって?」

「孵化の森の近くは作物がよく育つんだよ。まわりがどんなに作付けが難しい土地でも、孵化の森の近くなら何故か作付けが容易になるんだ。ただ、町が先にできて、後から孵化の森ができたのか、孵化の森があって、まわりに町ができたのかは昔すぎてよく分からないんだよな」


 思い返すと確かに誕生の家の畑はいつも実りが豊かだった。

 孵化の森は人も生まれるし、どう考えても特殊な場所だろうから、何か不思議な力が働いているのかもしれないなと思った。



 それからキャラバン隊は何日もかけて、商売をしながらイシュイルを目指した。

 私たちは屋台での経験を活かして、持ってきた農作物を早々に売り切ってしまった。それを見たサドルはふたりともやるじゃないかと感心して、キャラバン隊の商売を手伝ってくれるなら給料を払うからやってみないかと誘ってきた。給料をもらうのは気が引けるが、同行させてもらっているのでお礼の意味も込めて、アルドラは接客を、私はお金の計算などを担当して、イシュイルに到着するまでを過ごした。



 *



 ポツポツと民家らしき建物が出てきたと思ったら、遠くにたくさんの石造りの建物が見えてきた。


「あれがイシュイルの都市だ」


 サドルはそう言って、私たちを振り返った。

 私たちは少しでもよく見ようと体を前に出して見渡した。

 今まで見たことのない数の建物が立ち並び、都市と呼ばれているだけあって人口もかなり多そうだ。しかし、イシュイルは海沿いの都市と聞いていたのにまだ海は見えてこない。あの建物の向こう側に広がっているんだろうかと想像しながら、徐々に近づいてくる都市に気持ちは昂っていった。


 イシュイルの中心部に入ると、初めて見る建物と人の多さに圧倒された。

 完全にお上りさん状態で、立ち並ぶお店や、すれ違う不思議な服装の人などを夢中になって見ていると、サドルがコホンと咳払いをして私たちに声をかけた。


「俺たちはまず倉庫に荷物を下ろして、牛たちを牧場に預けに行くけど、ふたりはどうする?」

「お手伝いできることがあればお手伝いします」

「あまり重たいのは無理だけどやるわ」

「そうか、じゃあよろしくな」


 そう言うと手綱を操り人通りの多い通りから、路地に入り倉庫まで向かった。

 倉庫も石造りの建物で、入り口の扉を開けると、中にはいくつもの木箱が置かれていた。そして中身はわからないけど、さまざまな木箱や小包が荷車から降ろされ、次々と倉庫へ運ばれていった。



 全ての荷物を荷車から倉庫へ移し終わり外に出ると、すでに首輪など外されて身軽になった牛たちが待っていた。

 私たちが倉庫から出てきたのを見ると、牛たちは道を知っているかのように牧場の方向へ歩きはじめた。凄いなぁと感心して一緒についていくと、牧場を管理している人が出てきて、戸を開けて牛たちを招き入れる。

 サドルが管理人と何か話している間、私たちは牧場でくつろいでいる牛たちを見ながら話が終わるのを待った。


「イシュイルはバジとずいぶんと違うわよね」

「確かにバジとアンバは建物とか町の作りが似てるけど、ここは人も多いし建物の造りも街並みも全然違うよね」

「海……?っていうのもまだ見えないけど、明日には見られるかしら?」

「うん。きっと明日には見られるよ」

「楽しみね!」


 カーフから授業で教えてもらった海の話を思い出しながら、アルドラは想像を膨らませ、海で何をするか指を折りながら楽しそうに教えてくれた。

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