第42話 別れ
鳥で手紙を送る準備の一環として、通信用の紙や墨、小型の硯を購入した。紙の値段に驚きながらも、絶対に必要なものだからとそこは目を瞑って買った。
そして小さな文字を書けるように、高価な紙を使って涙目になりながら練習をした。筆を使って紙に書くのだが、力加減が石筆と比べ物にならないくらい難しい。
力を抜いてくださいとカーフに言われても、いつの間にか力んでしまって、小さな紙に文字を収めることに苦労した。
そうこうしているうちに、アンバへ行商に行く日がやってきた。
バジを離れる前にナシラに会っておきたいというのもあるけど、もうひとつの目的はケラススのデビューだ。
やり方は何度も確認したけど、実際に離れた場所でのやり取りは今回が初めてになる。
ケラススを連れて、アンバからバジの誕生の家に手紙を飛ばして、誕生の家からアンバにいる私に返信してもらうというのが今回の課題だ。
アンバに到着した翌朝、朝食をとった後にケラススを呼び、前日に用意しておいた手紙を足に装着した筒に小さく折り畳んで入れた。
そして誕生の家の文受木の木の実をひとつケラススに与える。
「これで良しと……。それじゃあケラスス、誕生の家までお使いをよろしくね」
そう言うと、了解したように一声鳴いてから羽ばたいていった。
ケラススは最初に連れて帰った時から、人と接することに慣れている様子で、呼べばすぐにどこからか飛んでくるし、なぜか私が言っていることも正確に理解していると思わせるような鳥だった。なので、初めてのお使いではあるけど、何となくケラススは大丈夫な気がして、今回も行商の荷物運びに参加した。
ちなみに今回はカーフが行商をするということで、ルクバトからもしカーフが困っていたら助けてあげて欲しいと頼まれている。
しかし私の出る幕などなく順調で、得意先をまわり終わったのは、いつも通り昼前だった。
宿屋に戻りながら昼食をどこで食べようか話していると、頭上からケラススの声が聞こえてきた。私は上を見上げて、桜色の姿を確認すると、急いで左腕に布を巻いて掲げる。そこめがけて降下してきたケラススが、バサバサと羽ばたきながら止まった。
「早かったね。大丈夫だった?」
声をかけると、問題ないと言わんばかりに小さく鳴いて、受け取ってきた手紙を見せるように足を掲げた。
私は先に足から筒を取り外して、急いで腰に下げた袋からお礼の木の実を数粒取り出してケラススに与える。好物の木の実を嬉しそうについばむと、満足げに飛び立っていった。
私は早速手紙を取り出して中を確認するとミラクからで、追加で買ってきて欲しい食材が書かれていた。
「どうでしたか?」
カーフは荷車を止めて、飛び立っていったケラススを見上げてから私を見て聞いた。
「問題なくお使いしてきてくれました」
「それは良かったです」
カーフはどこか嬉しそうに頷く。
「アンバとバジだとこんなにも早いんですね。驚きました」
「そうですね。鳥の飛ぶ速度は速いですから」
「知らなかったです。でもすごく心強いです」
「相棒って感じで良いですよね」
カーフも鳥の使いと一緒に旅をしていたので、その心強さに共感できるようだった。
これであとは旅の装備を整えれば、いつでも出発できそうだ。
ナシラには旅に出ることを報告して、ケラススを紹介した。
ナシラは私が旅に出ることにはそれほど驚かず、いつか僕も旅に出てみたいと思っているんだと、少し興奮した様子で行きたい土地の名前をあげていた。そして水や葉っぱなどをケラススに与えると、せっかくだからと工房の文受木の木の実をいくつか持ってきた。「何かあったらケラススを使いに出してよ」と言われ、私はその木の実を受けとると、無くさないようにと大切に袋に入れて仕舞った。
*
年が明けて、私は八歳になった。
そして、誕生の祝祭の二日後にエルルに向けて出発することが決まった。
事前にキャラバン隊の隊長と顔合わせをするために役場にアルドラと向かうと、二階の応接室でタラゼドが淡いピンク色の髪の人と話しているのが見えた。
私が入口の前で声をかけると、どうぞと手招きをされ、アルドラとふたりで中に入ると、タラゼドは立ち上がって私たちの横まできて紹介をはじめた。
「こちらがエルライでこちらがアルドラ。今回同行するふたりです。こちらがキャラバン隊の隊長でサドルです」
「よっ、タラゼドから話は聞いてるよ。ふたりとも旅は初心者だけど、エルルまで行きたいらしいな」
あれ、もしかして無謀だと怒られるのかなとドキドキしていると、立ち上がって近づいてきたサドルはニッと笑った。
「距離もあるし、船にも乗るから、色々と慣れないことばかりで大変だとは思うが、出来る限りサポートするつもりだ。これからよろしくな」
そうたくましい腕を差し出し、握手を求めてきた。
私が緊張してもたもたしている間に、笑顔でよろしくとアルドラが前に出てあいさつを交わした。それが終わると私も遅れまいと握手をして、今回同行させてもらえることに対しお礼を伝えた。
──いよいよ出発だ……!
出発当日は朝早かったが、大きな荷物は前日にキャラバン隊の人たちが取りに来てくれたので、私たちは自分の荷物だけを持っていけばよかった。
大きな荷物というのは、私とアルドラの取り分だと、ルクバトが用意してくれた農作物である。キャラバン隊の人達が商売をする横で、私たちもそれらを売って路銀の足しにできるよう手配してくれたのだ。
そして旅に向けて、収穫祭のために買ってもらった緑色の布を、仕立て屋に依頼してカバンとベルトに仕立ててもらった。
腰のベルトには小銭入れやケラススの木の実などをぶら下げて、着替えなどは竹の背負子に詰める。もともと自分のものをたいして持っていなかったので荷物は少なめだけど、それでも細々としたものが積み重なって、それなりの荷物になった。
アルドラは荷物が多かったようで、前日の荷物に混ぜて運んでもらったようだ。
外に出るとみんな揃って私たちを待っていた。
そこには、すでに誕生の家を出て、釣り師の人がやっている魚屋で暮らしているクラズもいた。
クラズが私たちの前に来て
「これ、お守り」
そう言って手のひらを開くと、そこにはふたつのお守りがあった。そして、ひとつづつ丁寧につまんで持ち上げると、私とアルドラにそれぞれ手渡した。
お守りは以前ナシラにあげたものと同じ、赤色の透き通った石が使われていた。
「クラズ……すごい! 嬉しいわ……!」
アルドラは目を潤ませてお礼を言う。
私もナシラの時に河原で探して、ひとつでもなかなか見つけられなかったのを思い出した。それを四つも用意するなんて……。一体私たちのためにどれくらいの時間を割いてくれたんだろうと想像すると、目頭が熱くなる。私は喉が詰まったように言葉がうまく出てこなくて、一言だけ絞り出した。
「ありがとう……」
「誕生の家のみんなと、一緒に探して作ったんだ」
そう言われて私たちはみんなの方を見ると、みんな頷いていて、胸に迫るものがあった。
「そ、それじゃあ元気でがんばってね」
「キャラバン隊が一緒だから安心だな」
「なにか分からないことがあればケラススを飛ばしてくださいね」
みんなに激励の言葉をかけてもらい、最後にクラズが私たちの前に立つと、クラズはスッと顔をまっすぐ上げて微笑んだ。
「僕はここでがんばるよ」
私とアルドラは大きく頷いて、クラズと、そして誕生の家のみんなと握手をして別れた。




