第41話 鳥の使い
「わたしはティアキです。人と『鳥の使い』の橋渡しをしています。ついて来てください」
その人は、長い濃紺の髪を背中で揺らしながら、音もなく森の中へ入っていった。
タラゼドの紹介で、鳥の使いを見繕ってもらうために訪れたのは、誕生の家の近くの森だった。
よく見ると私たちがいた孵化の森と同じように石畳が敷かれており、それを進むと木々に囲まれた開けた空間に出た。
ティアキは数種類の木の笛を口に咥えると、一斉にそれを吹いた。
鳥の鳴き声のようなその音色に反応して、大小さまざまな鳥が、あたりの木々に集まってくる。その羽根の色は鳥によってばらばらで、とてもカラフルだった。その様は、まるでこの世界の人の髪色のようだ。
「エルライ、そこの石の台座にしばらく立っていてください」
指示された先には、一メートル四方の大きさの平らな石が置かれている。
私は言われるがままその石まで歩いていき、台座に立った。
しばらくすると、ティアキは布団が干せそうな木製のスタンドを運んできて、私の前に置き、再び木の笛を吹いた。すると、集まっていた鳥の中から小さな鳥が二羽、大きな鳥が一羽、その棒に止まった。
「こちらの三羽がエルライの使いをしても良いと言っています。この先、どれくらいの距離をお使いしてもらう予定ですか?」
「えっと……、まずは海の向こうの都市に行く予定なので……」
「それだとこの子達は体力的に難しいので、必然的にこの子になりますね」
そう言って笛を吹くと、小さな鳥は森へ羽ばたいて消えていき、桜色の大きな鳥だけが残った。
ティアキは弟子らしき子から大きめの木箱を受け取り、フタをゆっくりと開けた。
そこには金属のプレートが綺麗に並べられており、その中のひとつを取り出すと、桜色の鳥に近づけて、ほんのり光るのを確認して頷いた。私は自分が生まれた時に握っていたプレートと似ているなと、その様子を静かに見ていた。
「この子はケラススという名前です。こちらで名前を確認できます」
渡されたプレートに目を落とすと、確かにケラススと彫られていた。
「あの……、動物はみんな私たちと同じように名前を持って生まれるんですか?」
「鳥の使いになるために孵化の森で生まれた鳥だけが、これらのプレートを持って生まれると伝わっていますが、実際のところはわかりません」
「そうですか……」
よく一緒に遊んでいるあの犬達や、家にいる猫にも名前があるのかと期待したけど、そういうわけではないらしい。
「プレートは一度預かりますね。それではこちらの実を手に持ってください」
プレートを返し、代わりに手渡されたのは、小指の先ほどの小さな緑色の実だった。
「それを治療する時と同じようにしてください」
言われた通り、その実を治療するつもりで両手で包むと、柔らかな光がもれて、手をひらくと熟したように真っ赤に色が変わっていた。
「その実をケラススにあげてください」
実を乗せた手のひらを恐る恐る桜色の鳥に近づけると、すぐにくちばしでその実を取り上げて食べた。完全に食べ終わるのを確認したティアキは、私の方を向いて少し目を細めた。
「これでケラススは何処にいても、エルライのいる場所を認識できるようになりました」
「え? 今ので、ですか?」
「はい。鳥の使いは基本的に文受木と呼ばれる木の位置を目印に飛ぶんです。そして、文受木のつける木の実を食べさせることで、その木の位置を認識するんです。ただ、旅をしていると目印になるものがないので、何処にいても認識できるように今の儀式を行います。そして、このプレートはエルライが持っていてください。もし旅を終えるなど、ケラススを森に戻す時が来たら、このプレートを持って、その土地の孵化の森にいる管理人に渡してください。そして今の儀式の解除をしてください。そうすることで、ケラススはまた自由になります」
再び先ほどのプレートを手渡された。私は無くさないように、腰の小銭入れに入れた。
「それから時々で構いませんので、同じものを一緒に食べるようにしてください。孵化の森で生まれた子は他の鳥と異なり特殊な体質で、基本的に雑食なので、人が食べるものでも大丈夫です。一緒に食事をすることで、仲間という意識が強くなります。普段は自分で木の実など食べているので、外にいる限りはあえて食事を準備する必要はありません」
他にも細々とした注意事項を延々と聞いた。
「もしも寒い地方に行って、室内にケラススを入れるようなことがあれば、必ずとまり木も用意してください」
「とまり木というのは何ですか?」
「こういった鳥が休憩したり眠るためにとまる木です。室内でも健康的に鳥が過ごせるように、必ず一緒にとまり木を探しに行って、それを室内に設置してください」
「森にケラススと一緒に行って、気に入る木を探せば良いんですね?」
「そうです。ケラススが安心してとまれる木を用意してあげてください」
「わかりました」
本当にこの人は鳥のことが好きなんだなと思いながら、私は注意事項を頭に叩き込んでいった。




