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ペルティカの箱庭  作者: 綿貫灯莉
第3章 決意
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第38話 権利

 バジに戻る道すがら、まずはルクバトに延命の方法を探す旅に出ることを伝えた。

 ルクバトは、最初は私がひとりで旅に出ることに驚いていたが、最終的にはエルライのやりたいことなら俺は応援するよと、ニカッと笑ってくれた。

 私はその笑顔に、勇気をもらった気持ちになった。



「カーフ、昨日はありがとうございました」

「どういたしまして」

「それでもう少し旅の準備について教えて欲しいのですが、いいですか?」

「もちろん」


 ふたりで荷車を押しながら、昨日思いついた疑問を片っ端からぶつけてみた。


 それで分かったのが、私の今持っているお小遣いでは、旅の荷物すら揃えることが出来ないということ。そして、やはり路銀はある程度、最初に確保しておいたほうが良いこと。さらに砂糖は北へ行くほど価値が高いので、持っていくといいとのことだった。


「砂糖ですか……」


 どれくらいの重さなら持ち歩けそうか考えていると


「それから、研究者の人達に話を聞く時は、珍しい話や珍しい物を持っていくと喜んで話してくれますよ」

「珍しい話や物……?」

「大丈夫ですよ。エルライにはあんこ餅やおにぎりがあるじゃないですか。あれらはきっと喜ばれますから、ひとりでも作れるようにしておくといいですよ」


そうアドバイスされた。


「おにぎりは大丈夫ですが、あんこ餅はかなり難しいですね……。特にお餅の部分はミラクの知識と経験で出来ているので、ちゃんと教えてもらわないと再現できないです……」

「そうだったんですね……」


 ミラクにあんこ餅の作り方を教えてもらう、と頭の中のリストに加え、次の質問をする。


「そういえば、カーフが言っていた研究者は、今も北の大都市にいますか? まずはその人を訪ねてみようかと思っているんですが」

「あの……、実はその人は数年前に消滅していて、もういないんです……」

「えっ……」


 いきなり手がかりが途絶えたことに、ショックを受けていると


「でも、その人と交流のあった研究者が、ここから比較的近い都市の出身だった記憶があります。そこに行けば、何か手がかりがあるかもしれません」


それを聞いて、私は向かうべき場所があり安心した。



 誕生の家に戻ると、厨房で明日の朝食の準備をしているミラクに今までの経緯を話した。


「そういうわけで、旅に出ることにしたんです」

「そ、そっか、決めたんだね」


 ミラクはこうなることがわかっていたようで、それほど驚かなかった。


「それで、まずはあんこ餅の権利について話したいんです」

「そ、それはエルライが決めて良いんだよ」


 私はここは引けないと思い、首を振った。


「確かに私はアイデアを出しましたが、ここまでの形に仕上げることができたのは、ミラクがいたからです。私ひとりではできませんでした。だからあんこ餅の権利はふたりで持っていると考えています」


 本当は誕生の家のものだと思っているのだが、ルクバトに話したら、もともとミラクとふたりで始めたことだから、ふたりで決めるようにと言われたのだ。


「で、でも、そのアイデアが無ければ、そ、そもそも作ることもできなかったわけだし……」

「アイデアがあっても、再現できなければ売ることもできなかったのだから、やっぱりミラクも権利があると思います」

「で、でも……」


 そんなやり取りを続けていると、喉渇いたなぁと食堂からルクバトがやってきた。そして、その様子を見ながら水を飲み干し、使ったコップを洗いカゴにふせると


「エルライが決めて良いなら、エルライの言う通りにするのが良いんじゃないか?」


そう言って私に向かってニカッと笑うと、食堂へ戻っていった。


「確かにそうですね! ではミラクと権利を折半することに決めたので、権利の売り方について教えてください」

「え、え……」


 ミラクはしばらく頭を抱えていたけど、根負けしたように顔を上げた。


「わ、わかったよ。じ、じゃあ今度ふたりで手続きをしに行こう」


 強引なやり方で申し訳ないなと思いながら、権利の売り方や相場などを丁寧に教えてくれるミラクに心の中で謝罪した。



 *



 役場から契約の準備が整ったと連絡があり、私はミラクと一緒に役場へ足を運んだ。建物は少し大きめではあるけれど、役場とは思えない木造の素朴なつくりだった。

 開け放たれている入り口から中に入ると正面にカウンターがあり、そこで何か資料を読んでいた人がすぐにこちらに気がつき、顔を上げる。


「こんにちは。ベイドも上で待ってます」


 そう言って、二階へ続く階段を差した。


「あ、ありがとう」


 ミラクはお礼を言うと階段へ向かった。私もあとをついて二階へ上がる。

 二階はいくつか部屋があるようで、廊下に沿って扉がいくつもあった。そして、どの扉も開いていて、中の様子を見ることができた。

 小さな部屋は応接室のようで、簡素なテーブルと椅子が置かれている。大きめの部屋では、机に向かって仕事をしている人たちがいた。

 この世界に生まれてから、こういう風景を見るのが初めてだったので、なんだか少し懐かしい気分になった。この世界にも事務の仕事はあるんだなと廊下から覗いていると


「あ、こ、この部屋だ」


小さな部屋の前で、立ち止まったミラクが手招きをしている。私は急いでそちらへ向かうと、部屋の中でベイドがガチガチになって座っているのが見えた。そして、いつも祭りなどで司会をしている淡い緑色の髪の人がお茶の準備をしている。


「中に入ってかけてください」


 その人はこちらに気づくと、そう声をかけた。

 私たちはベイドの正面に座りあいさつをすると、ベイドが緊張した顔で私たちを見た。


「まさか本当に売ってもらえると思わなかったので、とても嬉しいです!」


 顔を赤くして、興奮した様子のベイドに驚いていると、お茶の準備をしていた人が微笑みながら


「ベイドは本当にあんこ餅のことが大好きで、以前から何度も相談を受けていたんですよ」


そうベイドの興奮の理由を教えてくれた。


「そうだったんですか。それだとずいぶんお待たせしてしまいましたね。すみません」


 私が謝ると、とんでもないと心配になるくらい首を横にブンブンと振った。


「こちらこそ、本当は誕生の家のものなのに、無理を言ってしまって申し訳ありません!」


 そう言うと、今度は額が机につくくらい頭を下げた。私はその様子に困ってしまい、ミラクを見ると、ミラクはベイドの肩に手をおいて、優しく声をかけた。


「ボ、ボクたちも、ベイドが町のみんなのためにあんこ餅を作ってくれるほうが助かるから、そ、そんな風に謝らないでいいんだよ」

「でも……」

「ミラクたちもそう言ってくれているのだから、頭をあげてください」

「は、はい……」


 ベイドが顔を上げると私はホッとして、今度は淡い緑色の髪の人に視線を移した。

 今更だけどこの人は何者なんだろうと見ていると、お茶をみんなに配っていたその人は、私の視線に気づき、おもむろに自己紹介を始めた。


「わたくしはタラゼドと言います。このバジの町の取りまとめをしています。祭りの際には進行役もやっている、いわゆる『なんでも屋』です」


 町の取りまとめって、町長のようなものなのかなと想像してみる。それにしては腰も低くて、慣れた様子でお茶も出すし、本当になんでもやっていそうな雰囲気を漂わせている。


「取りまとめって町長ですか?」

「チョウチョウ?」

「えっと、町のみんなに自分の考えを伝えて、その方向へみんなを引っ張って町を栄えさせる、みたいな?」

「町はみんなが暮らしやすいように、みんなで良くしていくから、わたくしひとりの考えを押し付けることはないですね。わたくしはみんなが出した様々な意見を取りまとめて、どれにするかみんなに提示して、それを調整していく役目、というと分かりやすいでしょうか?」


 私が想像していた町の取りまとめとは全く違って、本当に取りまとめをして、時にはなんでも引き受ける役回りなのだと認識を改めた。


「じゃあバジは町のみんなで運営しているんですね」

「そうですよ。でもバジだけでなく、どこも規模は違えど、ここと同じように、そこに暮らしているみんなで運営をしていますよ」


 それを聞いて、誕生の家だけでなく、町も、都市も、取りまとめ役の人が潤滑油として働き、運営されているのだと理解した。

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