第36話 ミラクの話
葬式のような弔いの儀式もなく、シェアトの消滅から一週間もすると、みんな以前と変わらない生活に戻っていった。
しかし私は、この世界の消滅をうまく受け入れられず、ひとり言葉少なに生活をしていた。
そんな私の様子を心配して、ミラクは食事当番の時に、少し話でもしようかと私を椅子に座らせて、お茶を出してくれた。
「あの……」
ふたりきりになったことで、ずっと勇気がなくて聞けなかったことを口にした。
「ミラクは……、その……、今いくつなんですか……?」
その質問にミラクは少し目を見開いてから、そうかぁと言って微かに笑みを浮かべた。
「エ、エルライは、そ、それが気になっていたんだね」
「だって……」
「あ、ありがとう。き、気にしてもらえるってことは、し、心配してくれてるんでしょう?」
ミラクの言葉に私は俯いて、小さく頷いた。
「ボ、ボクはね、い、今二十二歳だよ」
それを聞いて、もしシェアトと同じだとしたら、あと五年後には消滅することになるのかと思い、ギュッと目を瞑った。
「エルライ」
ミラクは優しく私の肩に手を置いた。
「た、確かに、し、消滅は怖いよ……。だけど自分はこの世界が好き……なんだ。だ、だから、またここに戻って来れるという伝承を、し、信じてるんだ……」
そしてミラクはなぜ誕生の家で料理担当をしているのか、その経緯を話してくれた。
ミラクが生まれたのは繊維が盛んな地域だった。
しかし繊維関連のものに興味が持てずに過ごしていたある日、たまたま誕生の家を訪れた行商人から、その地域では珍しい食べ物をもらったそうだ。
それがとても美味しくて、もっと色んなものが食べたいと、その行商人のお店で働くことにした。
そこで、たまに仕入れる珍しい食べ物を、仕事の合間に店主と楽しんでいたが、数年後にその店主が消滅を迎えてしまった。
それに衝撃を受け、こんなにも儚い人生ならと店を畳んで旅に出たそうだ。
最初は美味しいものを食べるために、点々と旅をしていたが、ある時たまたま料理を振る舞う機会があり、ミラクの作った料理にみんな笑顔になった。それを見て、胸が熱くなったのだと。
それがきっかけで、今度は料理の経験を積むために食堂で働いたりしたらしい。そして、ある程度、自分の腕に自信が持てるようになった時、さて誰に対して腕をふるうかと立ち止まった。
普通の食堂でも構わなかったけれど、もともと旅のきっかけが儚い人生を憂えたものだったのを思い出す。それなら短い寿命の中で、最初から美味しいものが食べられたら良いなという思いに至り、新たに生まれてくる子達のために料理を作ろうと、誕生の家に来たそうだ。
その話を聞いて、ミラクの作る料理が美味しい理由を知った。
そして私は、地球では百歳を超えて生きる人間がいるのに、なぜこの世界の人たちの寿命はこんなにも短く儚いのか、考えるようになった。
*
三月になり再びアンバへ行く時期になった。
私はナシラに会いたかったし、シェアトが消滅してしまったことも話したかったので、今回もついていくことにした。
今回は新たに生まれた子達全員も一緒に行くことになったが、スハイルとマルケブは砂糖工房の器具の修理があって一緒に行けないと連絡があり、ルクバトとカーフ、音楽隊のアルゴの三人が行くことになった。
子ども達は初めての遠出にはしゃいで、最初に私たちが同行した時と同じように途中で疲れてしまったようだった。昼食を終えると、ウトウトと三人とも荷車で眠ってしまった。
私は荷車を押しながら、あの頃に比べて随分と体力がついたんだなと改めて思い、自分の成長を実感した。
アンバに到着した翌日に鍛治工房に行くと、今度はナシラに会えた。目が合って手を振ると、ナシラは近くの人に声をかけてから
「エルライ、久しぶりだね。前にも一度来てくれたって聞いたよ」
そう小走りにやってきた。
昨年の十月に見送った時からさらに身長が伸びたナシラは、汗だくの顔を布で拭きながら、私を熱のこもった工房の外へと促した。
「うん。鉱山に行ってたらしいね。仕事は順調?」
「まだ分からないことだらけだけど、楽しいよ」
「そっか、良かった……」
私がナシラの元気そうな様子に安心していると、ナシラは声を少し硬くして「あのさ……、シェアトのことなんだけど……」と切り出してきた。
「うん」
きっとナシラのところにも、シェアトはあいさつに行っていると思っていたので、その言葉に驚きはなかった。
「僕のところに会いに来てくれて、さよならのあいさつをされたんだけど……やっぱりそうなの……?」
恐る恐る聞くナシラに、私は小さく頷いた。
「そっか……。エルライはシェアトの消滅に立ち会ったんだね……。僕は今までも夢の中で何人かお別れはしたことはあるけど、まだ一度も立ち会ったことはないんだ」
ナシラの言葉に、あの肉体がすっと消えていく様子を思い出して、また気持ちが揺らいだ。
「だから全然実感が湧かないんだよね……。目で見た訳ではないから、シェアトはまだ誕生の家にいて、会いに行ったら微笑みながら出迎えてくれるような気がするけど……、そんなことはもうないんだね……」
ナシラは寂しそうに言った。私も何も言えなくて、ただ頷くだけだった。
そのあと、お互いの近況を報告しあったが、だんだんと話すことがなくなると、ふたりの間にしばらく沈黙が続いた。ただ、このまま暗い気持ちで別れるのは、なんとなく嫌だなと思い
「ナシラの元気な姿が見られてよかったよ。また十一月に会えるの楽しみにしてるね」
そう頑張って笑顔を作ってあいさつすると、ナシラも同じことを思っていたのか、ルクバトを真似てニカッとした。
「おう。俺はそれまでにもっと色んな事を覚えて、早く鋳造工房にも行けるように頑張るよ」
その言い方が結構ルクバトに似ていて、私は自然と笑みが溢れた。ナシラもそれにつられて笑い、お互いに握手をして笑顔で別れた。




