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ペルティカの箱庭  作者: 綿貫灯莉
第3章 決意
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第35話 白い夢

 確かにベッドで横になっていたはずなのに、私は真っ白な空間にひとり立っていた。

 ここは何処だろうとあたりを見回していると


「エルライ」


どこからかシェアトの声が聞こえて、それと同時に目の前にシェアトが現れた。


「シェアト……!」


 もうシェアトと話すこともできないと思っていたので、嬉しくて、でも悲しくて、自分でもどうしていいかわからない感情が込み上げてきた。


「エルライ、そんなに泣かなくていいのよ」


 シェアトは屈んで微笑むと、私の頬をつたう涙をそっと拭いた。そこで初めて自分が泣いていることに気がついた。


 ──そうだ、私はこの別れが辛いのだ……



 私は以前の世界で親を亡くしている。しかし、見送る時もこんなに感情は揺さぶられなかった。

 子供の頃からずっと利己的な親だったので、生きている間は距離をおくのに必死だった。そのため、臨終の間際もどこか冷めた気持ちで眺めていたのだ。



 だけど今、シェアトとの別れを目の前にして、胸が張り裂けそうに苦しい。自分の気持ちに気づくと、次から次へと涙が目から零れ落ちて、シェアトの名前を繰り返し呼んでいた。

 そんな私の様子を、シェアトはただ静かに微笑みながら、頭を優しく撫でて見守っていた。

 どれくらいそうしていたのか、たくさん泣いたら少し意識がはっきりしてきて、私はシェアトを見つめて聞いた。


「何か、助かる方法はないんですか? 私が力になれることはないですか?」


 シェアトは微笑んだまま、ゆったりと首を振った。


「これは寿命だから、誰にも、どうすることもできないの」

「でも……!」


 あまりにも短すぎる寿命を受け入れられず、以前の記憶からでもいいから、何か方法はないのか考えていると、シェアトがポツリと呟いた。


「エルライ、あなたは不思議な子ね」

「え……?」

「あなたが最初に生まれたときに、今までの子と違って、明らかに動揺しているのが分かったわ。そして最初の頃はどこか達観しているような、諦めにも似た感情で生活をしていた……。それはきっと私たちの知らないところで、たくさん傷ついて苦しんで、その憂いを抱えたまま生まれてきたからなのね」


 最初からシェアトには分かっていたのだ。私が他の子達と違うことも、最初の頃、死にたいと思いながらも誤魔化しながら生活していたことも。


「そして、たくさん苦しい思いをしたから、私たちに優しくできるのね」

「それは違います……! だって、ここの人たちはみんな、誰に対しても優しくて親切じゃないですか」

「そうね。みんな善い人たちだわ。でもエルライは興味があまりないジョクスを、ナシラがやりたいからと一緒に練習したり、ミラクに求められて得意ではないお菓子作りを親身に手伝ったり……、普通の子どもはそんなことできないのよ」

「そんなことは……、ほら、他のみんなも仕事を毎日やっているし……」

「それは別なの。仕事は生活するために必要なことだから……。自由な時間では本当にできないの。生まれたばかりの子どもたちは、普通は自分の惹かれるものに対してしか興味を示さないの。誰かのために何かをしようというのは、忍耐強さと優しい気持ちがないと出来ないのよ……。何年もかけてそういう気持ちを学んでいくものなのに、エルライは最初からそれができていた。それはエルライがすでに多くの経験をしているからなの」


 確かにアルドラやクラズよりは、前世の分の経験があるから、多少違うのかもしれない。それでも、今は前世の記憶があったところで、何の役にも立たないことのほうが悔しい。


「もし、例えそうだとしても……、私はシェアトを助けられない……」

「そう、そうやって自分の持っている力を超えてまで、何とかしようとするのは、実はエルライくらいなのよ」

「それは……! だって、シェアトがいなくなるなんて嫌だから……!」

「エルライ、よく聞いて」


 シェアトは吸い込まれるような美しい茶色の瞳で、私の目をじっと見て言った。


「確かに私たちの寿命は短いわ。でもね、体が無くなるだけで、私という魂は消えたりしないわ。この時代に、私は今のシェアトという名前と肉体を授かったけど、あまりそれに固執しすぎると、次の肉体を得にくくなってしまうの。もし、本当に私のことを思ってくれるなら、この肉体から魂が離れることを見守ってほしい。そして長い旅路の果てに、また、いつか私がこの世界に新たな肉体と名前を授かることを、祈って欲しいの」


 真剣な眼差しに、私はシェアトが子どもを諭すための嘘をいっているわけではないのだと察した。

 これはこの世界のルールなのかもしれない、そう思ったら納得はできないけど理解はできた。


「でも……、もしそうやってまた会えたとしても、それはもうシェアトとは別人なんですよね……」

「そうね……。でも今持っている記憶はなくなるけど、魂は不変よ……」

「不変……」


 もし本当に生まれ変わりがあるとして、次に会う時に私たちはお互いに別人として会うのだろう。その時は、今のような関係ではないのかもしれない。だけど、少なくともこの世界で再び会えるのなら、きっとそれは穏やかな出会いに違いない。

 私は何度か深呼吸をして、涙を拭うと頷いた。


「わかりました。私はシェアトがまたこの世界で生まれ変われることを、そしてまたいつかシェアトと会えることを祈ります」


 本当は今のシェアトともっと一緒にすごして、ミラクと新作の甘いお菓子を作って、シェアトの笑顔をもっと見たかった。でもそれが許されないことだけは理解できた。

 私の様子にシェアトは安心したように微笑んでからこう言った。


「私たちはみんな、同じ場所で旅をしているらしいわ。だからエルライとも、またいつか会えるのを楽しみにしてるわね」


 そうして白い世界がシェアトと共に消えていき、私は目を覚ました。



 天井を見たまま涙で濡れた顔を手で拭っていると、アルドラとクラズも起きたようで、しばらく三人ともぼんやりしていた。

 やがてアルドラがベッドから出るのを見て、私とクラズも起き上がって部屋の外へ出た。

 そして誰とはなしに食堂に行き、椅子に座ると、アルドラがテーブルをじっと見つめた。


「シェアトが夢に出てきたわ」


 そう言って、顔をあげて私たちふたりを見た。


「……。僕の夢にも出てきた……。お別れを言いに来たって……」


 クラズもコクリと頷いた。


「私の夢にもシェアトが来て、またいつか会いましょうって……」


 みんな同じような夢を見たことで、本当にシェアトが去ろうとしていることを実感した。

 そして、確かにシェアトと会話したのだという確信が、何故か自分の中にあった。


「どうにも出来ないのね……、わたしたちには……」

「……うん」


 しばらく沈黙が続いたあと


「わたしたちもいずれはシェアトと同じように寿命が来るのね……」


アルドラの言葉に、私の思考は自分のことよりも、もっと寿命が近づいているミラクたちに思いが至った。

 ミラクは今いったいいくつなんだろう? ルクバトはまだ若い気がするけど、カーフは? アクベンスだってルクバトよりは年上だったはずだ。頭の中に今まで出会ってきた人々の顔が浮かんで、そのみんながそんなに遠くない未来に消えてしまうことを想像して心がざわめいた。


「そんなのは嫌だ……」


 私が呟くと、アルドラが消えそうな声で


「でも寿命はどうしようもないって言ってたわ」

「それでも……」


何か方法はないのだろうか。深く思案に沈んでいると、寝室の方からカーフがやってきた。


「寝室にいないから探しました。シェアトがもうすぐ消えそうだから来てください」



 私たちはカーフの後を追って急いで寝室に向かい、シェアトのまわりに集まった。


 眠っているシェアトをよく見ると、体全体にほんのりと光を帯びていた。しばらく見守っていると、その光が徐々にお腹の辺りに集まっていくようにみえる。そうして集まっていった光は、あるタイミングで、全てが揃ったかのように、一度震えて形を整えると、スッと体から離れて、天井を突き抜け、そのまま何処かに向かって飛んでいってしまった。


 すると今度は体がホログラムでも見ているような、存在感の無い、頼りない状態になっていった。そして、そこからなんとか粒子状のもので形を保っていた体が、地面に向かって吸い込まれるように消えた。


 そして最終的に、眠るためにかけていた布と衣服だけを残して体は何ひとつ残らなかった。


 ミラクが消滅という言葉を使っていた理由がよくわかった。遺体すら残らない。それはまさに消滅だった。


「シェアト……」


 ポツリと呟いたアルドラの声だけが部屋に響いた。

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