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ペルティカの箱庭  作者: 綿貫灯莉
第2章 広がる世界
30/72

第30話 新作

 十一月半ばにアンバへの行商について行き、ナシラがいるはずの鍛治工房を覗いてみた。しかし姿が見当たらずアレっと思っていると、中から人が出てきた。


「もしかしてナシラの友達の?」

「あ、はい。ナシラは休憩中ですか?」

「今、鉱山へ見学に行ってて、帰ってくるのが三日後なの」

「そうだったんですか」

「何か伝えることがあるなら、伝言預かるわよ」

「いえ、ただ元気かなと思って来てみただけなので大丈夫です」


 教えてくれてありがとうございますとお礼を言って、ひとりトボトボと工房をあとにした。


 気がつくと、いつもふたりでジョクスの練習をしていた広場にいた。私はそこでぼんやりと、自分のこの先のことを考えた。


 確か七、八歳で進路を決める子が多いとシェアトは言っていた。私はもうすぐ七歳だ。ナシラのように、どこかの工房に弟子入りをする、という進路はどうもしっくりこない。今のところ特にやりたいことも無いし、ナシラやクラズ、アルドラのように興味があることも無い。


 それだと誕生の家で働くことになるのかなと、少し想像してみる。シェアトやミラク、ルクバト、カーフと一緒に、新たに生まれる子どもたちの面倒を見ながら農業をする生活。うん、それも悪くない、と今の自分の中ではいい選択じゃないかと思えた。


 バジとアンバ以外に行ったことは無いけど、今の町の人達が特にいい人たちばかりの可能性もあるし、それなら無理に他の土地へ行かなくても、慣れた今の生活を続けるのが一番いい気がした。



 *



 十二月になると、誕生の祝祭の屋台のリクエスト枠にあんこ餅が選ばれたと知らせがきた。そのため再び出店することになったのだが、ミラクが何となくソワソワしている。


「どうしたんですか?」

「せ、せっかくだし他の味も作ってみたいなと……」

「それは素敵ね!」


 ミラクの提案にシェアトが嬉しそうに賛成した。

 他の味かぁ……。大福といえばいちご大福かなぁ……。でもいちごなんてここで見たこともないし、きっとこの辺りにはない果物なんだろうなとひとりで納得して、心にそっとしまった。


 それからミラクの新たなあんこ餅の挑戦がはじまった。

 そんなある日、井戸へ水を汲みに行くと、見慣れない鳥が木に止まっていた。もしかしてと思い、急いでルクバトを呼びにいくと


「ああ、確かにあれはアクベンスの鳥だね。ちょっと用意してくるよ」


そう言って、鳥の使いと確認すると建物に入っていった。



 手紙の内容が気になり、私はルクバトについていき食堂に入った。シェアトは受け取った手紙を読むと、棚に向かい返信の準備を始める。


「また近い内に家に寄るって書いてあるわ。きっと帰り道ね。無事にトラ……?を見られたのかしら?」

「もしスケッチ出来たのなら見せてもらいたいな」


 予想通りここに来ることを知らせる手紙だと分かり、少し胸が弾んだ。


「え、もうすぐアクベンス達が来ちゃうの? そ、それは間に合わないかも」


 ミラクがシェアト達の会話を聞きつけて、厨房から出てきた。


「間に合わないって? ああ、あんこ餅の新作か」

「でも誕生の祝祭までにできれば良いわけだし、焦らなくても大丈夫よ。アクベンス達は普通のあんこ餅でも喜んでくれるわ」

「ア、アクベンスは食通で、し、舌が肥えているから、ぜひ味見をして欲しかったんだよ」


 うーん、どうしようと頭を抱えて悩み始めたミラクに、先日心にしまった、いちご大福の案を話すべきか悩んだ。自分で新しい商品を生み出したいのかもしれないし、もしかしたらもう幾つかアイデアがあるかもしれないと思うと、黙っている方がいい気もする。そう思うと、顔に出る前に水汲みの続きをしようと、そっと食堂から抜け出して、井戸へ向かった。


「エルライは、何かいい案が思いついているんですか?」

「ヒッ!」


 いきなりカーフに背後から声をかけられて、変なところから声が出た。


「カ、カーフ……。びっくりした」

「いえ、何か言いたそうな顔だったからつい……」

「そんな顔していましたか?」

「そうですね。ソワソワして、ミラクのほうをチラチラ見たりと、少し気になる様子ではありました」


 だから声をかけました。とカーフが笑顔で言うので、私は自分の感情が想像以上に露わになっている状態に少し恥ずかしくなった。


「もし何かアイデアがあるなら、ミラクに伝えても良いと思いますよ」

「でもミラクは自分で考えたいのかなと思って……」

「それはあるとは思いますが、それよりも美味しいものを作りたい、という気持ちのほうが大きいと思います。だからきっとアイデアを出してくれるなら、喜んでくれると思いますよ」

「でも、もうアイデアがあるかもしれないし……」

「自信のあるものなら、あんなに焦ったりしていないと思いますよ」

「……確かに」


 カーフと話をして、やっぱり果物を入れるアイデアを話してみようと思い直した。

 井戸で水を汲んで厨房へ持って行くと、ミラクはブツブツと何か呟きながら思案していた。それを見て、えいっと勇気を出して声をかけてみる。


「ミラク、実はあんこ餅の新作のアイデアがあるんだけど……」

「えっ……!」


 ミラクが私の方を驚いた顔で見て、両手を私の方へ向けてにじり寄ってきた。私は何となく後退りしながら、話を続けた。


「もし良ければ……、聞いてもらえると……」

「ぜ、ぜひ聞かせてくれるかい? も、もうどうしたら良いか行き詰まって困ってたんだ」


 話を聞くと、アイデアはいくつかあったけれど、どれも材料が手に入りにくかったり、今よりも手間がかかり過ぎるものばかりだった。どれも美味しそうだから作って欲しいとは思ったけど、それは落ち着いてからお願いしようと、いちご大福の話をすることにした。


「この辺りって『いちご』って無いですよね?」

「き、木苺なら、も、もう少し南の方の地域で採れるって聞いたことがあるけど、イチゴ?は初めて聞くよ。く、果物なの?」

「はい、これくらいの大きさの赤い実で、甘酸っぱい果物です」

「それは心当たりが無いなぁ……」


 念のため聞いてみたが、やっぱり無いんだとわかり、それならと話を進めた。


「夢の中ではそのいちごという果物があんこ餅の中にそのまま入っていたんですが、他の果物でもきっと美味しいと思います。たぶん……」


 私は食べたことが無いが、柑橘類の果物が入った大福を何かで見たことがあったので、きっと他の果物でも美味しいのだろうと提案してみる。


「あ、あの中に果物を……!」

「甘酸っぱい果物が合うと思うんですが……」

「そ、それならいくつか候補になりそうな果物が、か、果樹園にあるね」


 ミラクはいそいそと籠を手に果樹園に向かった。私もその後に続いていく。ミラクは途中で鎌を手に取ってテキパキといくつか果物を刈って、籠に入れていった。


「こ、これくらいかな」


 そう言って再び厨房に戻り、採れたばかりの果物を一口大にカットしていく。そして、あんを少なめにして、代わりに果物を真ん中に置いて包むと、見た目は果物の形で少し歪な形のあんこ餅が出来た。一通り全ての果物を包み終わると、ひとつづつ食べてみる。


「た、確かに甘いあんに果物の酸味が、よ、よく合うよ。エルライ」

「どれも初めて食べるけど、美味しいです!」


 本当にどれも美味しくてビックリした。果物なら何でも美味しいのかもと思った。


「こ、これなら季節毎に中の果物を変えて、た、楽しめるね」


 私はミラクの言葉に同意した。そして全て味見を終えると、これならあんの甘さをもう少し変えても良いなと呟きながら、ミラクがまた考え始めた。その様子を見て、私は気に入ってもらえたことに安堵し、途中になっていた水汲みに戻ることにした。


「エ、エルライ、ありがとう。こ、これでアクベンス達にも美味しいものを出せるよ」


 桶を持って厨房から出る時に、ミラクから笑顔でお礼を言われた。

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