第24話 ナシラの進路
三月になり、再びアンバへ行商に行く時期になった。
今回はいつも来てくれる三人に加えて、シェアトも一緒だ。ルクバトは荷車をひきながら、横で荷物を押さえているシェアトに
「シェアトが一緒なのは久しぶりだな」
と声をかけると、シェアトは少し考えてから
「言われてみれば、確かにそうね……。最近はルクバトに任せきりだったものね」
前回アンバへ行ったのは、いつだったかしらとブツブツ呟いていた。
アンバには買出しの用事でもあるのかな、とひとり想像していると、隣で一緒に荷車を押しているナシラが事情を教えてくれた。
「僕が今回のアンバ行きで、弟子入り先の工房を決定するつもりだって話したら、一度を見ておこうかなって。それで案内することになったんだ」
「そうだったんだ。ついに決めるんだね……」
ずっと決めかねていたから、今回の決定を喜ばないといけないのに、今まで一緒にいたナシラが居なくなるのかと思うと、少し寂しい。
前方まで私たちの話し声が届いていたようで、ルクバトは後ろを振り返ると「ハマルに色々聞いてたもんな」と、少し懐かしそうに目を細めた。
「うん。ハマルは一番最初にやりたいって思ったことをやると良いって。他にもやりたいことがあれば、その次に挑戦していけば大丈夫だって言ってくれたんだ」
「じゃあまずは鍛治工房か」
「うん」
ルクバトと話しているナシラは、悩みが吹っ切れたいい笑顔だった。
いつも通り、翌日の夕方にアンバの町に到着すると、夕食時にシェアトが明日の予定について話した。
「明日は午前中にナシラと鍛治工房に行ってくるから、得意先をまわるのはいつも通りルクバトにお願いするわ。エルライはどちらについてきても大丈夫よ」
そう言われて少し悩んだが、なんとなくルクバトと一緒に行くほうを選んだ。
朝になるとナシラにがんばってねと言って、ルクバトとふたりで出かけた。
今回は得意先まわりが順調で早く終わったので、お昼まで少し時間ができた。それならと、好評で無くなってしまったワカメを買い足しに行くことにした。一緒についてきたルクバトが「これがおにぎりに使ってる海藻かぁ」とカゴに盛られた乾燥ワカメを見て、キョロキョロとお店の場所を確認していた。
昼食時になり、みんなと一緒に食べるために宿で待っていると、予定よりかなり遅れてシェアトとナシラが合流した。
結果を早く聞きたいけど、「すっかり遅くなったから、まずは昼食にしましょう」とシェアトに促され、みんなで宿の食堂に向かった。そして注文が終わり、料理が運ばれてくるのを待つだけになると、ルクバトが「どうだった?」と前のめりで聞いた。みんなもナシラに注目する。
「結論から言うと、僕の希望が全部叶いそうなんだ」
はにかみながらナシラは、その経緯を語った。
「朝から希望する鍛治工房に行って、今日の空いている時間に弟子入りの件で話がしたいってお願いしたら、じゃあ昼前に来て欲しいと言われたんだ。だからシェアトとふたりで昼前にもう一度、鍛治工房に行ったら、何故かそこに鋳造工房の職人さんもいて……。何でだろうって思ったら、どうやらそのふたりで、少し前から僕のことを話し合ってくれていたみたいで……。折角なら双方の工房を行き来して働くのはどうかと提案されたんだ」
シェアトが微笑みながら付け加えた。
「今までやったことはないけれど、鍛治と鋳造の両方に興味を持つ人が、これからまた現れるかもしれないし、何か新しい発見もあるかもしれないからって言っていたわ」
「だから、まずは十一月に鍛治工房に弟子入りすることが決まったよ。そこで様子をみて、仕事が安定してきたら、鋳造工房にも出入りしても良いって」
それを聞いて、ワァっとみんなでナシラの新しい門出を祝福した。
「よかったね、ナシラ。おめでとう!」
「ありがとう!」
「新しい挑戦なんて凄いじゃないか」
「工房の人たちのおかげだよ」
ナシラの心からの笑顔に、幸せな気持ちと、あと数ヶ月しか一緒に居られない寂しさが胸に広がった。それでもずっと悩んでいたことを知っていたので、ちゃんと希望通りの道に進めることに、心から良かったと思えた。
私たちは、すでに得意先まわりも頼まれていた買い物も終わっていたので、賑やかな昼食が終わると、夕食までは自由時間になった。ルクバトは音楽隊仲間のアルゴとふたりで出かけていき、シェアトもどこかに出かけていった。
「夕食まで時間あるし、ジョクスやろうよ」
ナシラは宿屋の部屋に戻り、荷物からゴソゴソとボールを取り出すと私を誘った。
「いいね。じゃあいつものところでやろう」
そして、アンバでいつも練習している広場へ向かった。ぐるりと周りに人がいないのを確認して、ボールを蹴り上げる。
ナシラとは一年以上一緒にやっているから、お互いに相手の癖も分かっていて、かなり長くラリーを続けられるようになっていた。だから、その時も数えきれないくらい続いて、あまりに夢中になってボールを落とさないようにしていたら、足元の小石に気付かず、つまずいてしまった。
体勢を崩したその拍子に、ボールをあさっての方向に蹴り上げてしまい、そのボールは不運にも、たまたま通りがかった人の頭に当たってしまった。
予期しない衝撃でその人は派手にすっ転んで、私はやってしまったと顔を青くした。




