第21話 誕生の祝祭1
年が明けて、私たちは六歳になった。
誕生の祝祭の当日は、早朝から総出であんこ餅の準備をした。
シェアトが絶対に売れるからと強く主張するので、ミラクが心配するくらい大量に作ることになったのだ。そのため当初の想定より時間がかかり、荷車で広場に到着した時には、すでに他の屋台はほとんど準備が終わっており、辺りには美味しそうな匂いが漂っていた。
「あ、あれがボクらが使用する屋台だよ」
「まわりの屋台はもうすっかり設営が終わってるな。急いで準備しよう」
「じゃあ今から分担するから、みんなよろしくね」
シェアトがサッと分担を決めてみんなそれに従って準備をしていく。私はミラクとあんこ餅を並べていった。さらに試食用のあんこ餅をナイフで小さく切って、お皿にそれらを並べていく。
その頃になって、やっと余裕が出てきて他の屋台を見ると、隣で川魚の塩焼きを出している屋台の人が何だろうとこちらを覗き込んでいた。屋台の飾り付けをしていたナシラがそれに気がつくと、ススッと近づいて、笑顔で説明をはじめる。
「今回初めて出品するお菓子で、あんこ餅っていうんです。柔らかいお餅の中に甘いあんが入ってて美味しいですよ」
その説明に興味を示して、私たちが設営を終えるのを待って一番に買いにきた。
「早速ありがとうございます!」
とりあえずひとつ買っていくのを、ナシラが笑顔で見送った。
そしてものの数分で戻ってきたかと思うと、今度は十個買って大事そうに胸に抱えて、自分の屋台へ戻っていった。
それを見て、シェアトがやっぱりと確信した顔で、十個を葉っぱに包んだ。
「これは知り合いに渡したいから、取り置きたいの。代金は先に払っておくわ」
そう言って代金を箱に入れてシェアトが持っていた布で包んで屋台の隅に置いた。
「今回は四人ずつ交代でお店に立ちましょう」
忙しくなることを想定して、成人ふたりと子どもふたりの組み合わせでローテーションすることになった。私はせっかく練習しているからと、ナシラと午後のジョクスに参加する予定なので、午前中にミラクとルクバトと店番をすることになった。
「意外と時間がないかもしれないね」
「うん。午前中の当番が終わったら昼食で、その後に少しだけど見てまわれるかも。エルライはどこ見たい?」
ナシラと今日どうするかを話していると、いつもアンバへ行く時に同行してくれる砂糖工房のスハイルとマルケブがやってきた。
「美味しいものを出品するって、ルクバトから聞いて買いにきたよ」
「ありがとうございます!」
「見た目は米粉をまぶしたお餅に見えるけど……」
マルケブが覗き込んで呟くと
「味見してみるかい?」
横からルクバトが試食用のあんこ餅を持ってきた。
「いいの?」
「食べるよ……?」
スハイルとマルケブは、差し出された試食をひとつ指先でつまむと口に入れた。
「これは……」
「新しいね! まわりのこれ、ただのお餅……じゃないよね? 何だろう……。ほんのり甘くてすごく柔らかい。中身も初めて食べる味だよ。すごくおいしいよ!」
そう言って六個買ってくれた。そして、それを手にナシラと私の正面に屈んだ。
「ふたりはジョクスに出るって聞いてるよ」
「ルクバトから聞いた……」
「でも店番までしてたら、屋台とか色々見に行く時間ないでしょ。だからここは僕たちが代わるから、ふたりは遊びに行ってきていいよ」
「任せて……」
突然の申し出になんて答えればいいかわからなくてふたりしてルクバトを見上げると、ルクバトはニカッと笑った。
「実はふたりに話したら手伝ってくれるって言ってくれてさ、ここは大丈夫だから遊んでおいで」
ミラクもこちらを笑顔で見ている。私たちは顔を見合わせて、お互いに頷き、スハイルとマルケブに何度もお礼を言って、その場を離れた。
昨年は屋台もそれほどじっくり見られなかったので、まずは屋台から順番にまわった。
スパイシーな香りをさせていたのは、香辛料をたっぷり使ったカレーのような豆のスープだった。他にも南蛮漬けのようなものや、エビの唐揚げ、葉っぱに包んで蒸したおこわのようなものなど、様々な屋台が並んでいる。
ミラクが言っていたように半分以上が食事系の屋台だったので、甘いものにしたのは正解だった。
甘いものも飲み物が多くて、水に砂糖と果汁を混ぜたものや、果実を絞ったジュースなどで、それ以外は果物をその場で食べられるように切ってくれる屋台や、バナナチップスとナッツの量り売りなどだった。
どれも昨年見たことのある甘味だったので、これならあんこ餅に興味を持ってもらえそうだなと安心していると
「今回は新作のお菓子の屋台がないみたいだから、あんこ餅は話題になりそうだね」
ナシラも同じことを思っていたようで、ふたりで安心して広場から離れて路地に向かった。
見慣れた路地に入ると、普段よく買い物をする八百屋や魚屋、エビなどを売っているお店がいつも通り並んでいた。いつもより活気はあるけど、いつもと同じようなものが並んでいる。
「この辺はいつもと変わらないね」
「そうだね。別のものを用意しなくても売れるってのもあるけど、屋台で足りなくなった材料を買いに来る人もいるみたいだよ」
「そっか、私たちは家で作ってきたけど、屋台で作ってる人も結構いたもんね」
「そうそう。売れ行きによっては全然足りなくなるってこともあるみたい」
確かにお隣は川魚の塩焼きだったけど、魚は桶にいるだけだった気がする。
「ちなみに屋台でお隣の、川魚の塩焼きをやってる人はここの魚屋の店主だよ」
「え、そうなの?」
「店主はこの辺では名の知れた釣り師なんだって。あまりにもよく釣るから、いっそ売ったらと仲間に言われたのがきっかけで魚屋を始めたらしいよ。でも結局店番は仲間に任せて、いつも釣りに行ってるみたい」
「それは大丈夫なの……?」
「大丈夫。ほら、今店番している人、あの人は魚が大好物で、ここにいればいつでも魚が食べられるって、喜んで店番してるんだって。ちなみにあの人が売ることを勧めた張本人」
「それはお互い願ったり叶ったりだね」
「意外とそういう感じで、数人集まってお店を開くことが多いみたいだよ」
まさか仲間との軽いノリでお店を開くのが一般的だと知って驚いてしまう。でもその気楽さはいいなと思った。




