第三話
毎週月曜日と木曜日に投稿します。よろしければ読んでみて下さい。
第2日目
「朝くわ。起きるくわ」
という声とともに、ふさふさした感触がする。ポフポフッ。ぬいぐるみのふさふさ感だ。気持ちがいい。
「うぬ、まだ起きないくわか」
そう言うと、くわはくちばしで、顔をつつき始めた。
「イタイイタイ。分かった、分かった起きるよ」
僕はくわのくちばし攻撃に降参して起きた。
「今何時?」
「7時半くわ。食事は何するくわか?」
「トーストとハムエッグにするよ」
「分かったくわ。注文しておくくわ。8時になったら出来上りが来るようにしたくわよ。それまでに顔でも洗ってくるくわよ」
「はあい」
僕は洗面所へ向かった。この時代の歯磨きはただ薬品を口にし、ゆすぐだけらしい。ゆすぐだけなんて、ちょっと物足らない気がする。そのことをくわに言うと、歯ブラシの最新式を、届く様にしておくと言ってくれた。どんなのが来るのだろう。
顔を洗えば終わった後に、水分を風で飛ばすので、慣れないと不自由だ。タオルで拭きたいなあ。
「タオルとかって無いの?」
「あることはあるけど・・・・・・ポイント引かれるくわよ」
「一日10ポイント取られるくわよ」
「・・・・・・」
という事は、31×10=310ポイントか・・・・・・まあこのくらいならいいか。
「じゃ、タオルが使用出来る様にして」
「了解くわ」
「ここからタオルが取り出せる様になっているくわ」
くわは、洗面所の細い扉をパタパタさせながら説明した。
「ふうん」
「使った物はここに入れとくくわ」
昨夜服を入れといた所を、翼で差し示めて教えてくれた。
「バスタオルも同じポイント?」「10ポイントくわ」「じゃバスタオルも使用出来る様にして」僕はくわにそう頼んだ。
「了解くわ」
昨日お風呂に入ったが、お風呂も風で水を飛ばす方法だったから苦労した。やはり、バスタオルで拭かないとなぁ。
「服は?」
「そこくわ」
くわが壁の一部に触れると、扉が開き中から服が出てきた。
「むこう向いててくれ」
「了解くわ」
朝食をすますと、くわを連れて外へと出た。
「まず、ポイントの稼ぎ方くわね」
「ナビを立ち上げるくわよ」
くわの言う通り、親指を立ててポーズを取るとホルスが立ち上がる。すぐさまナビゲーションシステムを作動させた。
「行先は農園くわ」
「・・・・・・の、農園と」
僕は画面に出てきた農園の表示に触れた。
「・・・・・・なぜに農園?」
くわに聞くと着いてから教えると言われた。
オレンジ色の矢印の指し示す方向を、もくもくと歩いて行くと、天井から水みたいなのがこぼれて、一人の人にぶつかって、消えている様を見た。慌てて近づくとそれは消えていた。水を浴びてた人は、濡れてなどいなかった。
「あ、あの、今のは何ですか?」
僕は思わずその人に、あの水の正体を聞いてみた。
「上から降って来たやつね。アートだよ。詩が形となって降りてくるんだ。地面に詩H・Kと書いてあるだろう?そこに足を踏みつけたら,上から詩が落ちてくるんだ」
「これですか?」
『詩H・K』と表示されている所を指差した。
「そうそれ、じゃ、俺は急ぐから」
男の人は、手を上げると去って行った。
「ああ、どうもすみませんでした」
僕はその人の背中に慌てて声を掛けた。
「くわさまに聞けば答えてあげたのにぃ」
くわはそう言うと膨れた。
「あ、そか。ごめんくわの事忘れてたよ」
「忘れるなくわ」
「悪かったてば」
僕はそう言いながら、足を『詩H・K』と書かれた上にのせてみた。
「―・・・・・・」
すると天井から自分の額の方へ、まっすぐな光が降りると、それを軸に螺旋状に文字が降りてきた。
「B・R・O・K・E・・・・・・」
文字はアルファベットで降りてくる。それは水のようでもあり、ガラスのようでもあり。文字は僕に触れると弾けて消えた。
―ガラスが砕け永遠の音を消してゆく―と青色の文字が浮かび上がると、すぐに消えそれと同時に、文字も消えて無くなっていた。
・・・・・・確かにアートかも知れない。興奮と感動で僕は打ち震えた。未来ってなんて素晴らしいんだろう。
「いつまでボーっとしてるくわか。早く行くくわよ」
「わかったよ」
しばらく歩くと、エレベーターが目の前にあった。ナビが『1F下』へと表示された。
エレベーターも変わっているのかなと思ったが、意外と普通だった。1Fに着くとすぐに外に出る事が出来た。
「うわーすごいな」
外の様子を見て愕然となった。果てしなく農園が続いていたからである。
「すごい眺め」
その農園は区画で仕切られていて、その中でそれぞれの野菜が作られているようである。
「ここくわ、高野が管理する区画は」
くわの声と同時に、ナビも終了した。
「・・・・・・」
三坪くらいかな、広さは。四隅に柱が立って仕切られている。
「目をあの柱にあるカメラみたいなのに近づけるくわ」
言われたとおり目を近づけるとカシャとシャッターの音みたいな乾いた音がした。
「それから、人差し指をその下の黒い部分にあてるくわ」
人差し指をあてると光の線がコピー機のように下がって消えた。
「これで今日ここに来た事が記録された事になるくわ」
「ここで何をすれば言いの?」
「野菜を作るくわ」
「野菜?」
「“まずは自分の食べ物から”がこの街のキャッチフレーズくわ。働くのであれば、食べ物を作ることから始めようという考え方くわ。つまり、自給自足しろって事くわ。どんな職業の人も、野菜作りから収入を得ているくわ」
「どんな職業の人も?」
「そうくわ」
「他にポイントを稼ぐ方法はないの?」
「あとは、服のデザインとか、広告デザイナーとか、料理のレシピを作るとか。色々あるくわけど、皆趣味でやっているくわよ。畑仕事が主くわよ。畑仕事は皆がやってることくわよ。最低でも週1日は、畑仕事をやらなくちゃだめくわよ」
「高野は初心者だから簡単なきゅうりから始めるくわよ」
「まずは、土を作るところから始めるくわよ。道具はその柱にあるくわ」
くわは手羽を柱の一つを指し示した。
「くわを下に降ろすくわ」
僕はくわを地面に降ろした。
「鍬を持つくわ。鍬で耕すくわ」
くわに言われた通り僕は鍬を振り下ろした。なんでこんな面倒な事しなくちゃいけないんだ?身体がじいさん並みだから動かすのが辛い。
「さぼったらどうなるわけ?」
「さぼりは、1日マイナス5千ポイント引かれるくわ」
「きつーっ」
「明日も明後日も通うくわ。頑張るくわ」
「くそっ」
なかばやけくそになりながら、鍬を振り下ろし自分の区画を耕し、畝を作って種をまいた。まる1日費やした。未来って疲れるなあ。