第二十三話
LAST STAGE
「・・・・・・」
しばらくして、僕は月面に出てきた建物と違う建築物に気付いた。
「行ってみようか」
近付くと僕が居た場所より小さいが、なかなかの規模だ。
入口は簡単に見つけられた。OPENという赤い文字に、手をかざすと扉が開いた。
「え?」
僕は目の前の光景に驚いた。この空間に二十世紀型住居群が広がっていたのだ。
田んぼ道、信号機、横断歩道・・・・・・。僕は嬉しくなってこの空間を駆けだした。
なんだ?この空間。この世界を僕は求めていた。僕の故郷の光景に、とても似ている。
「大きい家だな」
坂の上に一際大きな家が建っている。昔の昭和時代の木造建築で、かなり古そうだ。そして、とても静かだ。ここは人が住んでいないのかな・・・・・・。
ここまで、タワーの住民が来ることはないだろうな。まさか、有り得ない、というよりも、彼らにはいて欲しくない。これは、僕の願望だ。
『雪村』と表札には、そう木の板に墨で達筆に書かれている。無人ではないのかな。
「・・・・・・」
僕は緊張しながら、表札の下のインターフォンのボタンを押した。
「はい」
「あ、あの・・・・・・」
人が居る!僕は激しい動揺を感じつつ、言葉が喉から出てこない事にも、非常に焦って訳の分からない動きをした。
「入って下さい。遠慮はいりません」
この家の主だろうか、そう声をかけてくれた。
「はい、ありがとうございます」
僕はそう返事をしたものの、この家に入るのは危険ではないだろうか?と急に不信感を抱いた。
「何も恐れる事はありません、ただの年寄りが一人暮らしているだけですよ」
家の人は静かにそう言った。僕の心を見透かしたように。
「・・・・・・」
単なるお年寄りじゃないか、この場所の話も知りたいし、中に入ろう。
「よし」
そう決心して玄関ドアを開いた。
「・・・・・・」
懐かしい匂いがする。田舎のおばあちゃんの家の匂いだ。
「右手のドアを開けたら私がいます。どうぞ入って下さい」
「は、はい」
僕は言われた通りに右手の部屋のドアを開けた。
「―」
そこは田園風景がよく見渡せる大窓の部屋だった。一人の老人がいる。
「やあ、ここまで辿り着いたのは、君だけだ。私は雪村明よろしく」
差し出された手は皺が幾層もあり、年齢がわからない。顔は年老いているが、瞳だけがきらりとして若々しい。男?女?性別は中世的で判別できない。
「旧世界の人間は、この世界に不要だ。この世界は、この時代の人のものだ。私の考えは変わらない。よって、君にも死んでもらいたい」
「え?」
とんでもない事を平然と言い放つ雪村さんに、僕は驚きを隠せない。
「けれど、私には殺せない。君があんまり高野に似ているから。君は高野一也の唯一の親族。彼の弟だから」
「確かに僕の兄は高野一也です。兄を知っているのですか?」
「ああ、よく知っている。高野はずっと隠していたんだ、君の存在を。憎き葉山も絡んでいた。ようやく君は私のもとに」
そう言うと雪村さんは静かに目を伏せた。
「私は旧世界の人々を殺してきたからね。葉山やその仲間達とか、冷凍仮死から目覚めた人全員を」
「どうしてですか?」
「今生きている人間には必要のない存在だ。彼らの価値観で世界を壊した責任は大きい。今未来の世界に生きている人間は幸せそうだ。これで良かったんだ」
「旧世界の価値観は間違っていましたか?殺されなくてはならないほどに」
「彼らは長谷川徹に罪を擦り付けていたけど、彼の協力者だった」
「彼らは何をしたのです?長谷川徹とは?」
「長谷川は殺傷能力のあるウイルスを世界にばらまいたのだよ。世界は滅んだ。長谷川には協力者がいた。人類がほぼ滅んだ時に自分達の世界を作ろうとするために、葉山達が手助けした。そして、高野に滅びの原因の罪を持つと長谷川を裁かせたが、葉山らは罪を犯しながらのうのうと生きたのさ」
「だから、殺したと?」
「そうさ、自分の理想を作る為に人を大量に殺したのさ、それを知った時私は決意した。また世界を危機に追いやる存在だと。この世界に、彼らの存在は必要ないと、皆殺しだと」
「そんな・・・・・・」
「何が悪い?」
「殺人はいけない事だと思います」
「そうか・・・・・・高野は私を殺さなかったことを悔やむかな。目覚めさせたことによって、彼が守ろうとした冷凍仮死の人々も殺したのだからね」
「何かほかに方法は無かったのですか?」
「無かった。思いつかない」
雪村さんは悪気も無いように、きっぱりとそう言い放った。
「君も旧世界の価値観の存在だ。しかし、僕には君を殺せない。冷凍保存された高野の細胞からクローンは作れた。けど、高野じゃない。クローンの心は高野の心を持たなかった。未だに高野自身を復活させる術は無い。高野を蘇らせる事は出来なかった。けど、ここに高野の魂に似た君がいる。長年待った甲斐があった。君という存在に会えてよかった」
ふ・・・・・・と雪村さんは微笑んだ。
「君はここに住んで、世界を見守ってほしい。決して手を出さず傍観者となって。高野、君を愛している。今も過去も未来も」
「・・・・・・」
見てごらん、雪村さんが手をかざすと一面の窓に地球の出の風景が広がった。
「ここはこんな場所でもあったんですか?」
「人は見ているものだけが本当とは限らないのだよ。これも幻想なのかもね」
ククっと雪村さんは短く笑った。
「ここから、見守って、人がどう生きるかを。それが嫌なら、君が過去に生きたこの世界観のあるここで自由に暮らすといい。どうする?」
雪村さんの眼差しに、僕は頷いた。
僕の選んだ穏やかな毎日。雪村さんの居た場所で僕は静かに暮らす。人の進む道を眺め、地球の出を見ながら。




