4・王子は領地に行けば何とかなると思っていた
とうとう、その日がやってきた。
「こうやって二人で遠出するのは初めてだな」
「ええ、そうですわね」
今までずっと断わられてたからな。
しかし、失敗した。
「あ、すまん、眠ってしまっていたか」
せっかく馬車で二人っきりにしてもらったのに、私は眠ってしまっていたようだ。
「正直、ここまで馬車が寝心地がいいとは思わなかった」
照れ隠しに、思ってもいない言葉が口から出る。
いつもは馬車の中で寝るなんてしないし、愛しい婚約者が目の前にいるというのに何という不覚、鍛え直さねば。
しかも宿に到着しても、私は夕食を終えると部屋に入るなり倒れるように眠ってしまう。
何故なら、この日のために勉強も訓練もまとめて頑張ってきた。
その疲れが溜まっていたようだ。
王都から領主の館のある町までは片道五日程度。
領地に入った頃に、ようやく寝不足が解消されて元気になった。
なのに、今度は彼女のほうが緊張で体調を崩し、馬車の中で横になっている。
ずっと二人っきりで緊張していたみたいだ。
申し訳ない。
気分が悪そうな彼女に侍女が寄り添うことになり、二人っきりの世界は終わった……。
領主館の前で馬車が停まる。
「おおおおおお、憧れの地!」
ようやく着いた。
公爵家の騎士団長で、元は王宮の近衞騎士である私の剣の師匠が迎えてくれる。
この地に来た理由の一つがこの人に会うためだった。
「姫様!」
あ、やっぱりあっちが優先だよね。 うん、分かるよ、師匠。
「おじ様、お久しぶりです」
あ、あああああ、それはダメでしょう。
師匠が彼女を抱き上げて運んで行った。
私が彼女に手を貸して連れて行くつもりだったのに。
「殿下もお久しぶりでございますな。 後で剣の腕が上がったか見せていただきますぞ」
令嬢に見せた顔とは違う笑顔を向けられる。
「うん、久しぶり。 私も師匠に会えてうれしい」
嫌な予感がするのは何故だろう。
夕食は三人で顔を合わせ、主に師匠の話を聞いている。
私がどうやって弟子にしてもらったかを話したら、何故か、彼女からは生暖かい目で見られた気がした。
いや、気のせいだ、たぶん。
翌朝、早い時間に叩き起こされ、さっそく訓練が始まる。
「まだまだですな」
えーー、十五歳になったばかりなんだから大目に見て欲しいです、師匠。
せっかく二人で遠出に来たというのに、私は師匠に一日中体力作りと剣技の練習をさせられている。
馬車で体調を崩していた彼女はどうやら静養に努めているらしく、あまり部屋から出て来ない。
お蔭で、彼女とは夕食の時間に顔を合わせる程度しか会えず、私も疲れて果てていて話も出来ないまま一日が終わる。
う、泣きそう。
それでもがんばって、数日後、ようやく魔獣の森を視察する許可が下りた。
師匠も同行し、領地の兵士たちと一緒に魔獣狩りに出かける。
「殿下、そっちに行きましたぞ!」
兵士たちが追い詰めた魔獣が私のほうへ飛び出して来た。
「任せろ!」
思いっ切り剣を叩き付ける。
運良く、あまり凶暴ではない魔獣を狩ることに成功した。
やった!、彼女に自慢出来るかな。
魔獣好きのくせにって?。
そりゃあ珍しい個体や益獣ならちゃんと保護したいと思っているさ。
しかし、私は婚約者の領民に害をなす魔獣には容赦しない。
彼女同様に民も大切だからな。
夕方、領主館の庭で獲物を披露する。
「見てくれ!、私と師匠で倒したのだぞ」
庭に降りて来た彼女は叫んだ。
「キャーーーッ、魔獣!?」
あああ、しまった!、彼女は怖がりだったああ。
「大丈夫だ、キミは私が守る!」
慌てて彼女に駆け寄り、私は強く主張する。 挽回するにはそれしかない!。
彼女は瞳を潤ませて私を見つめてくれた。
え、何、これ、可愛い。
気のせい?、じゃないよね。
その夜、私は夕食後に彼女の部屋へ向かう。
昼間、驚かせてしまったお詫びを兼ね、どうしても話したいことがあるとお願いした。
もうじき王都へ戻れば、また朝食以外はすれ違いの生活が待っている。
テーブルを挟んで向かい合う。
侍女たちが下がったのを確認して、私はコホンと一つ咳払いをして話し出す。
「キミ、今でも恐い夢を見るだろ?」
私の言葉に彼女は明らかに狼狽える。
「え、どうしてそれを?」
すまない、女性としては知られなくないことだったかな。
彼女は恥ずかしそうに眼を逸らす。
「キミが怖がりなのは、昔、王宮で飼っていた私の魔獣のせいだと聞いた」
まだ幼い公爵令嬢に面白がって魔獣を見せたのは私なのだ。
「それを聞いて、ずっと申し訳ないと思っていた。
しかも王宮でも、たまにキミのうなされる声がすると聞いて」
私の声はだんだんと小さくなる。
「そう……ですか」
「だから私はキミを守れるような強い男になろうと決めたんだ」
彼女はしばらくの間、考え込んでいた。
やがて彼女はふうっと大きく息を吐く。
「殿下。 では、わたくしも一つ、お話しいたします」
「う、うん」
覚悟を決めたように彼女はじっと私を見る。
「わたくしが王宮で見た恐ろしい夢というのは」
「うん」
「魔獣ではなく、大人になった殿下が、わたくしに『婚約破棄』を告げる夢です」
「は?」
私はポカンと口を開けている。
「初めての王宮でのお茶会で、わたくしは殿下に対し、あのような失態を犯してしまいました」
いくら子供とはいえ、王族所有の愛玩用魔獣に叫び声をあげるのは不敬に当たる。
彼女は私に嫌われたと思ったようだ。
「ですから、わたくしは怖くて仕方がなくて」
婚約者となった今でも近寄らないようにしていたのだと。
え、夢のせいで冷たくされていたのか、私は。
「大丈夫、絶対そんなことしないと誓うから!」
思わず彼女の手を握る。
何があっても『婚約破棄』なんてするもんか!。
「わ、わかりましたわ」
彼女はコクコクと頷く。
「はー、やっと気持ちが通じた」
彼女はホッとする私を見て微笑む。
あれ?、何だかいつもの笑顔とは違う気がする。
いや、気のせいだな、たぶん。
私は笑顔を返した。