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前編

 作者の人、そんな難しいこと考えてないと思うよ(保険)

 息抜きに執筆したので敬語とか文化とか色々怪しいですけど気にしないでください!

 胃痛と共に過ごした4年間だった。


 上辺だけの平等。金で買った男爵位への蔑み。話を聞かない同い年の義妹への説得。

 学びを邪魔されなかっただけマシだったし、身分を気にせず心配してくれる人たちも居た。それでも精神的なダメージは大きく、胃薬が手放せなかった毎日だった。


 なんだよ、商売で一山当てすぎて金が有り余ったんだから、爵位買ってもいいだろ。制度として認められてんだから。俺はその幸運のおこぼれを預かってるだけだけど。

 義妹も頭おかしい。何が『私はヒロインなの!』だ。『皆私を愛するの!』だ。俺が愛さない時点でその幻想崩壊してんだろうが。

 平民上がりの低位貴族の令嬢でしかないのに高位貴族、王族にちょっかいかけるし。ふしだらすぎんだろこの女。ホント嫌いだわこういうタイプの女。おかげでそれぞれの婚約者様に何度頭を下げたことか! ウチの家は関係ないって、奴の独断だってなんとかご理解いただいたわ。そうじゃなきゃウチが殺される!! 


 だけどそれも、今日で終わった!!

 つい4時間前に終えた卒業式をもって、俺はその責任を果たした!! 今日から俺は自由! 新年度からは憧れの研究所で何にも悩まされることなく、上下関係があってないような環境で、自分の好きな研究が出来る!!



 そう、信じて疑ってなかったのに。



 ドレスコードが義務付けられている卒業パーティーは、卒業生が最後に表面上の平等でいられる場所。そうでありつつ、入場は爵位順に行われる。俺にはいないけど婚約者がいる貴族は連れ立って入場してた。最後は勿論この国、フェニリン王国の第一王子とその婚約者、ティタニアス帝国の皇女が入場するはず、だった。


 第一王子、アルベルト・フェニリン殿下の隣には、怯えた顔の“預言者”ビビアナが。


「マリアンネ・ティタニアス! この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」


 壇上から見下ろすアルベルト殿下が指差す先には、ティタニアス帝国の第三皇女の姿があった。

 掴みかけた希望が目の前で泡となって消えた事実に、俺は膝から崩れ落ちた。常時発動している鎧結界のおかげで、体は痛くなかった。


 くるぶしくらいの高さしかない壇上から俺らを見下ろしてくるのは、第一王子に現宰相の家の嫡男、騎士団長の家の嫡男、側近候補の男3人。そして、被害者ヅラするピンク髪の女。王子はその女の腰を抱いて余裕な顔をしていた。

 ピンク髪が皇女を差し置いてその場に立っているのかは、それぞれ野郎どもの思い(きっしょ)があった。第一王子はピンク髪の平民生まれ故の天真爛漫さに胸打たれていたし、宰相の息子は家族を奴の“預言”に助けられて以来崇めている。騎士団長の息子は厳しい訓練を懸命に応援したらしいピンク髪に惚れていた。残りの奴らも俺の知らない理由で奴に心を寄せているとのこと。知らんけど。


 華やかな赤いドレスがよく似合う皇女は縦ロールに巻いた自慢の金髪を揺らし、口元で広げていた扇をパタンと閉じた。


「婚約破棄の申し出、お受けしますわ。それから、()()、理由を尋ねても?」

「フン! 貴様は国の宝である“預言者”、ビビアナ・エルマンノ男爵令嬢を虐げ、名誉を傷つけてきた! ある時は嫌味で周囲の嘲笑を誘い、ある時はマナーの不出来を指摘し恥をかかせ、果てには暴行をはたらき怪我まで負わせた! その行い全てが、将来この国を背負う立場に不適格である!」

「あら、そう」


 およそ皇女どころか女性に向ける顔じゃない剣幕の王子に対し、皇女は余裕の笑みのまま王子の主張を流した。自分から聞いたくせに、っていや、そういや『一応』って付けてたな。てか前半、貴族社会なら当たり前なんじゃねぇの!?

 ピンク髪がいっそう怯えた顔して王子に垂れかかった。無駄にデカい胸が王子の腕に押し付けられた。こぼれそうなドレス着てんじゃねぇよ、預言者じゃなくて娼婦かテメェは。王子も天真爛漫なとこじゃなくて身体に篭絡されたんだろ。俺は皇女様の方がいいな。


「きゃっ! マリアンネ様が睨んでくる! ビビアナ、こわ~い!」


 聞いただけで吐き気を催す、甘ったるい媚びた声。王子はほんの少しだけ顔をだらけさせたが、胸を張って皇女に向かって厳しい顔をした。


「この期に及んで精神的に危害を加えるなど、やはり貴様は“預言通り”の“悪女”だな! 我がフェニリン王国にふさわしくない!」

「まぁ」

「本来なら即刻国外追放に処するところだが、私の新たな婚約者、ビビアナは心優しい故にそれを望まない。ただ1つ! 貴様からの謝罪を求めている!」


 こ、国外追放!? 謝罪!? このバカ、何を考えてんだ、いや、何も考えてねぇ!! お前との婚約がなかったことになるんなら皇女がこの国にいる用事がねぇだろうが!! だいたいお前、王子ごときにそんな権限あるわけ! あぁもう王様! 早く騒ぎを聞きつけてこのバカを止めてください!!

 王子から手を離したピンク髪が一歩前に出て、胸の前で手を組んだ。男好きのする丹精な顔に泣きそうな微笑みを浮かべている。それは一見憐れみを表しているようで、その実、相手を見下す表情だった。


「マリアンネ様が私に辛く当たったのは、アルベルトのことを愛していて、嫉妬していたから、ですよね? 好きな人が別の人を好きになっていたら嫉妬する気持ち、分かります。だから私、マリアンネ様が謝ってくれたら、許します!」


 嫉妬? 愛? この皇女が、お前に嫉妬? 皇女が王子を愛してる? 頭腐ってりゃ目まで腐ってんのか。このクソ野郎が!

 うすら笑った皇女は閉じたままの扇を頬に添えて、小首を傾げた。


「どうして、(わたくし)が許しを請わねばならないのかしら?」

「ええ? 悪いことをしたら、謝るんですよ? 平民でも出来ることです!」

「先ほどの話を聞いてなかったのか? 随分と都合のいい耳をしているようだな!」


 どっちが! 今までのやり取りで最初の衝撃よりも怒りの方が勝ってきて、足の震えが収まって、やっとちゃんと立てた。皇女の微笑みは鉄仮面のごとく、変化していなかった。


「ご冗談が随分とお上手で。しっかり否定させていただきますわ。私はきちんと聞いていました。その上で言わせていただいておりますの。──私、何か悪いことしたかしら?」

「はっ……?!」


 皇女の主張に王子が絶句し、ピンク頭が怯えた。一体何に驚いてんだ、このバカ共は。相手は皇女だぞ!

 そこで、いままで静かにしていた宰相の息子が王子の横に並び立った。その顔はいつにもなく無表情だった。なんで?


「証言も証拠も余りあるほど取れています。皇女様、貴女様が“預言者”ビビアナを侮辱し、暴行をしたことは違えようの無い事実です」

「暴行をはたらいた件については認めますわ。しかしあれは彼女の方から私の腕を掴んだ為に振り払ったまで。いわば正当防衛ですわ。この件についてはする必要のない謝罪も致しましたから、糾弾される覚えはありませんわ」

「……確かに、暴行の件はそのような顛末でした。解決済みの事件を蒸し返してしまい、大変申し訳ありませんでした」

「お、オイ!」

「許しますわ」

「寛大なお心、感謝致します」


 ……なぁにコレ。クズならクズを突き通せやゴラ。気持ち悪ぅ。

 理由が違えど不快感を覚えたのは王子も同じらしく、立ち位置を戻った宰相の息子を苦々しく睨んでいた。王子が簡単に感情を顕にしてんじゃねぇよ。そして今度は騎士団長の息子が前に立った。


「だが! 侮辱についてはやはり、ビビアナへの謝罪は無い!」

「いったい私が彼女の何を侮辱したと?」

「せ、生徒たちの目の前で不慣れなマナーを苛烈に非難していただろう!」

「ええ。親切心で指摘させていただきましたわ。高位貴族や王族、皇族に対しての礼が欠落した態度でしたもの」

「ハッ! 平民からいきなり貴族になったんだ。マナーが身につかないのも仕方がないだろう!」


 なんて尊大な態度で、こいつはピンク髪を庇うんだよ。てか信じらんねぇ! 平民からいきなり貴族になったから、マナーが身につかなくても仕方ない!? そんな話があってたまるか! 高位貴族には遠く及ばねぇかもしれねぇけど、それでも()()()()()()()()、付け焼刃でどうにかなるんだよ!!


「あら、それはおかしいですわね。では彼女はこの4年間、何を学んでいたのかしら?」

「フンッ! 常に総合成績10位以上だったビビアナに対し、なんたる愚問!」

「そんなに学業に意欲的なら、どうして貴族社会で必須のマナーが身につかないのかしら? 彼女はティーカップひとつ、音を立てずに置けないのですわよ?」

「何度言わせれば……!」


 ひえっ! 理解できないこと言ってる側が何イラついてんの!?

 てかなんで学園側も、王族・貴族だけが入学を許される制度でマナーの成績を総合成績から外すかな。総合じゃねぇだろうが。まぁそのおかげで俺もなんとか落第しなくて済んでたけど!

 ずっと怯えた顔を作ってるピンク髪が王子の腕に縋り付いた。皇女の口は止まらない。そして、何か悪寒のようなものが傷んだ胃からせり上がってきた。


「それならば。彼女と同じ立場の()が出来ることを、彼より成績優秀な彼女が出来ないわけありませんわよねぇ?」

「彼……?」

「っ!」


 皇女の発言に、王子は訝しみ、ピンク髪は息を呑み、俺の胃は縮こまった。


「おいでなさい! ティート・()()()()()()()()()!」


 「仰せのままに」と脊髄反射で返事をしたからには、すぐさまその現場に参らなければならない。痙攣しかけてる胃に鞭打ち、丸めていた背をシャンと伸ばし、堂々と皇女様のもとへ向かった。俺の姿を見たマリアンネ皇女は満足そうに笑みを浮かべ、俺はその足元で片膝をつき右手を左胸に添えた。フェニリン王国における最敬礼だ。


「エルマンノ男爵が長子、ティート。マリアンネ・ティタニアス第三皇女の命により参りました。この度は我がエルマンノの管理下にあったビビアナがこのような騒ぎを起こしたことを、深くお詫び申し上げます」


 声が震えてる。きっとこの敬語も合格点に至らないだろう。だけどどうか許して欲しい。俺は名乗った通り男爵家の人間で、男爵といえば低位貴族で、しかも金で爵位を買った新興も新興な貴族。こんな立場の人間がまさか、王族をすっとばして皇族に呼びつけられるなんて想定してなかったんだ!


「謝罪はいいわ。面を上げて、お前の身の上を簡潔に説明しなさい」

「畏まりました」


 膝を付けた姿勢はそのまま、頭だけ上げて、命令通り説明しようと乾いた口を開いた。


「私、ティート・エルマンノは生を受けて7つまでは、王都で平民として暮らしておりました」

「なっ……!?」


 王子、何驚いてんの。貴族の養子になるのが1人だけなんて、王家でも定めてない。


「それ以前より生活基盤に関する技術や結界魔術に興味を強く示しており、そこを見込んだエルマンノ男爵家に養子に迎え入れられました。より高度な教育の機会を与えてくださった事、血縁の家族との縁も大切にさせていただけた事に恩を覚えた私は、エルマンノ男爵家へ恥をかけないよう、勉学に熱心に打ち込ませていただきました。そして本日、無事に学問を収めたことを学園にお認めいただき、卒業へと相成りました」


 あくまで俺の身の上話だからって敢えて奴の事を省いて説明したら、皇女は満足げに微笑んだ。及第点だったらしい。ほっ。


「お前の人生に“預言者”ビビアナが関わってきたのは、いったいいつ?」

「10の頃でございます。ビビアナは当時既に“預言者”として教会から認められ、神殿で神官として努めていました。そのビビアナがこの学園に入学すべきと自ら預言され、血縁でない平民を受け入れた前例のあるエルマンノ男爵家が身許を引き受ける事となったのです」


 とんだ親不孝もんだよ俺は。俺が居たからエルマンノ男爵家は苦労した。こいつホントに話聞かねぇっていうか、通じねぇんだよ。『私は愛されるべき人間なの』とか言って、マナーを軽視して先生の講義も聞かねぇし。そのくせ預言は当たるから真面目に神には愛されてたんだろうから無碍に扱うわけにはいかなかったし。

 ……「君のせいじゃない」って言ってくれたあの人たちに、俺はまた、これから苦労をかけさせる。辛い。

 皇女は俺を見下ろす為にほんの少し曲げていた背筋を伸ばし、王子たちへ向き直った。


「さぁ、今のやり取りをキチンとご覧になられたかしら? 洗練こそされてはおりませんが、彼からは敬意をしっかり払っていただきましたわ。平民から引き取られたという条件が同じなら、彼女も出来るはずですわよねぇ?」

「だ、男爵家へ入るまで3年の差がある!」

「彼女には教会で神官としての立ち振る舞いを修めていただろう時期も、男爵家でマナー講習を受けていた時期もありますわ。学園の入学時期は大体12歳。低位貴族としての振る舞いを覚えるのに、最低でも2年の猶予期間があったのですわよね?」

「その通りでございます」

「ならば、出来ぬ道理はありませんわよねぇ? ──さて」


 皇女が扇をバッと広げて、優雅に仰いだ。美しすぎて迫力さえあるお顔に浮かぶ笑みは、いつか奴が妄言していた“悪役令嬢”そのもの。


「機会があったのにも関わらず、努力を怠った令嬢に対し、この私が、どのような侮辱をしたと?」


 己が間違っているはずがない。王子も同じ自信を持っているはずなのに、どうしてこうも皇女の方が正義のように感じてしまうのだろう。そしてそれは、寸分違わず事実だった。なぜなら、彼女は“皇女”なのだから。

 自信しかない皇女は、グゥの音も出ない壇上の皆さんに笑いかけた。


「私への不当で不敬でお粗末な嫌疑が晴れたところで、今度はこちらから指摘させていただきますわ、アルベルト殿下」

「な、なんだ……!」

「殿下はこの婚約を、なんだとお思いだったの?」


 皇女の声が1トーン下がった。それだけで会場の温度が5度も下がったようだった。流石は皇帝の血を引く者。他者を圧倒する威圧で我々の体感気温を下げてしまうなんて。


「なんだ……とは……」

「私と殿下の婚約は、一考の余地もないほどの政略でしてよ。フェニリン王国はティタニアス帝国の庇護を求めて。帝国は自国に無いフェニリンの技術を求めて。2つの国の繋がりをより強固にする為に婚約にまで発展したというのに……」

「そ、そんなの、あなたの性格が悪いから帝国から厄介払いされただけでしょう!?」

「ビビアナ!!」


 今は殿下と皇女が会話して(ほぼ皇女が押してる状態だけど)らっしゃるのに、そこに割り込むなんて!!! それに言うに事欠いて、『皇女の性格が悪いからココに飛ばされた』!? それは帝国にも王国にも侮辱に当たる発言だろうが!!!

 流石にまずいと焦ったか宰相の息子が嗜めるが、言いたいこと言った後じゃ意味ねぇよ!


「そういえば、確かこの学園は貴族の身分であることが入学の最低条件でしたわよ?」


 うわっ、流した!? いやもうこれ、器が広いんじゃなくって、存在認めてなくない!? 皇女様ただ単にピンク髪のこと無視してない!?


「な、なんだ。何を当然の事を」

「当然? では、その()()は、なぜ殿下の隣に立っているのでしょう?」

「は?」


 ……嘘じゃん。なんでそのこと、知ってるんですか皇女。俺、自分の周りにもどっちの家の周りにも訓練がてらに結界張り巡らせてんのに。し、神殿の方を狙われた? ……考えんの、止めとこ。

 この説明は俺からした方が早いだろう。勝手だが立ち上がって、胸ポケットから四つ折りにした紙を取り出した。


「僭越ながら、私からご報告させていただきます。“預言者”ビビアナ。あなたは本日午前に行われた卒業式をもって、エルマンノ男爵家から除籍となりました」

「はっ、はぁっ!?」

「契約は満了され、あなたの身許はエルマンノ男爵家から教会へと戻されました。こちらはその契約書の写しです。正式のものは教会で管理されておりますので、是非ご確認を」


 持ってて良かった契約書の写し。写しだろうと改ざんできない契約魔法がかかってるから、嘘だと跳ね除けることは出来ない。つまりこの契約は本物ってこと。壇上から降りてきて俺の手から写しをひったくったピンク髪。上から順に読んでいけばいくほど顔色が悪くなってって、この6年間の溜飲が下がる思いだった。学校から往復2時間かけて取りに行ってて良かった~!


「ど、どういうことよ! なんで私が男爵家から追い出されなきゃいけないのよ!!」

「誤解です、“預言者”ビビアナ。この文言は6年前の契約当時から記されていた正式なものです。追い出されたワケではありません。男爵家から神殿へ、元の居場所に戻られるだけ。つまり、今のあなたは平民の立場です」

「そ、そんな……!」

「あら、ということは平民になって1日も経っていないの。それなら勘違いしたままなのも頷けますわね! 仕方がないから、ここにいることは認めて差し上げますわ」

「なによ……! 王子から捨てられた分際で!」

「私、平民の発言を許した覚えはなくってよ」


 ピンク髪の発言にあからさまな不快感を示した皇女は、再び威圧で会場の温度を下げた。体の震えが本格的に引き起こされて、吐き気がしてきた。目の前のピンク髪も本物の怯え顔をしていた。視線を壇上に移せば、宰相の息子以外の野郎どもも顔を引きつらせていた。ようやく理解したか? テメェは、テメェらは、とんでもない人を敵に回したんだ。

 皇女様が扇をバチンッと勢いよく閉じた。


「そもそも、誰に向かってその無礼な口をきいているのかしら?」

「ヒッ……!」

「私は、ティタニアス帝国第三皇女。マリアンネ・ティタニアス! 今この国でフェニリン国王、王妃に次ぐ権力者! この事実は皇帝陛下直々に認められています! そのような私に無礼をはたらくこと、それすなわち! 帝国への侮辱にあたりますわ!!」


 壇上に居る奴らとピンク髪に向けられた威厳には、有無を言わさぬ迫力があった。有無も何も、皇帝と王では皇帝の方が権力上なんだから、当たり前の話なんだけどな。

 情けなくも押し黙っているバカ王子に、皇女が睨みをきかせた。


「殿下。あなたが王太子になる条件は覚えておいで? まさか卒業と同時に立太子されるとでも勘違いされていらっしゃるのかしら」

「なん……だと……?」

「あなたが立太子される条件は、“皇女である私と婚約し、卒業後1年間関係を続けること”。……子爵位の側妃の御子息である殿下が王となるには、帝国と縁を繋いだ功績や、その強力な後ろ盾が必要だったというのに」

「あ……」


 言われて気付いた(思い出した?)らしい王子の顔は、真っ青だった。まだ半分平民みたいなもんの俺でさえ気付くのに、今まで忘れてたんだからその能力はお察し。うん。このバカが王様にならないなら嬉しい話だわ。


「そ、それなら!」


 その王子より出来損ないなのが、ピンク髪らしい。


「貴方が側妃になればいいじゃない! そしたらアルベルト、王様になれるんでしょ?」

「そ……、そうだ! 縁を繋げばいいのだから! マリアンネ様! 正妃は預言を賜われるこのビビアナで、あなた様は側妃、いや第二王妃として迎え入れます!」


 はぁっ!? 第二王妃とか聞いたことないんですけど!? テメェの勝手でそんな制度作れるかよ!


「あら私、既に婚約破棄を殿下に瑕疵があるものとして受け入れさせていただきましたわ?」

「しかし、これはまだ両陛下へまだ報告していない案件です!」

「いいえ。契約時に『問題が起きた際、婚約を継続するかの判断は第三皇女に一任する』と承っておりますわ!」

「そ、そんな……!?」


 わっ、皇帝様、王子より高い権力与えたり、そんな権利を皇女に与えるとか、どんだけ信頼して愛してんだ。政略じゃなかったのこの婚約。あーでも、これ帝国にはさほどメリットのない契約だからか。だとしたら皇女、今日までよく解消しなかったな。……もしかして、他に目的があった?

 軽く深呼吸した皇女が、楽しそうに笑った。


「それに、この事態を預言されなかったビビアナは、果たして本当に“預言者”なのかしら?」


 え? よ、預言者じゃない? ビビアナが? 人災天災問わず災いを言い当ててきたビビアナが、預言者じゃ、ない……?

 控えめにだけど高笑いする皇女に会場の困惑が刺さる中、ただひとり、宰相の息子が壇上を下りてピンク髪と俺の横を通りすぎて、皇女の正面で一礼した。あ、家族を“預言”で助けられたから一言あんのか。


「発言をお許し下さい」

「構いませんわ」

「ありがとう存じます、マリアンネ第三皇女殿下。()()()()()()言えば、彼女はどのような辺境でも、どのような災害でも言い当ててまいりました。“預言者”であることには疑いは無いかと」

「あらそうなの」

「カールミネ……!」

「しかし」


 宰相の息子が、今度はピンク髪に向き直る。その顔は憎悪に満ち満ちていた。へっ?


「私の母と妹に降りかかりかけた人災は──ビビアナ。貴女が仕組んだものですね」

「え?」

「なっ!? そんなわけっ!」

「調べはついています。社交界へ参加する為に領地からやってくる私の家族を、貴女の指示で暴漢に襲わせる。その計画をあたかも“預言”のように私に話し、襲撃を防がせましたね」


 はーーーーーーーーーっっ!?!?! さ、殺人未遂ィーーーーーー!?


「な、なんでそんなことをする必要があるのよ!」

「私の、宰相候補の支持と信仰を得る為です。アルベルト王子とダリエンツォ侯爵令息らなどと同様に」

「!!!」

「なるほどですわ! 木を隠すなら森の中。嘘を吐くなら真実の中! 勉強になりますわぁ。流石は、私のことを“悪女”と呼ぶなど事実無根の侮辱をはたらくお方。これから悪巧みする際の参考にさせていただきますわ!」


 そ……、そんな……! ビビアナが預言を騙って殺人を依頼した!? それも既に証拠を掴まれてる!?

 そんな、悪人が、エルマンノの名を語っていた……!?


「心配するな、エルマンノ男爵子息。君らが関わっていないこと、何も知らないことも調査済みだ。エルマンノ男爵家に処分はない」

「あ、ありがとう、ございます……」


 よ、良かったーーーーーっ!!!!!

 安心すると同時に、腑に落ちた。さっきまでの無表情や気持ち悪い身の引き方は、ピンク髪への怒りを悟らせない為だったのか。宰相が愛妻家で家族思いな事は俺でも知ってるような有名な話。その子供が家族を嫌ってるワケないし、危害を加えたやつには冷徹に対処するだろうな。

 ピンク髪の肩が限界まで上がっていた。それを見た皇女は広げた扇で口元を隠してから「威嚇する獣のようですわね」と嘲った。


「ねぇアルベルト! 私やってない! 私のこと愛してるんでしょ? 助けてよ!」

「い、いや……」

「アルベルト!? なによ、肝心な時に庇ってくれないワケ?! 真実の愛とか言ってたくせに!!」


 う、うわ~……。ヒステリックなピンク髪もヤベェけど、劣勢と見るや見捨てる王子もクズじゃん。見切りが早いのは為政者としていいかもだけど、好きな子簡単に捨てられるのは信用ならん。


「アルベルト! わ、私は“預言者”よ! それは覆りようのない事実で、国にとって有用なの! そんな私を捨てるの!? 王妃にしてくれないの!? それでどれだけ被害が被るか、分かってるの!?」

「貴方が神から言葉を預かれるのは、あくまで天災のみ。ならばこれまで積み上げてきた経験の元、対策を練ればいいのです。それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()へ協力を仰いで」

「──!!!」


 おおおおおっ!? ここで出ちゃうの男爵家(俺の家)!? なんか展開熱くね!? 確かにエルマンノは商家の頃からインフラに力を入れてたし、魔石を使わない火起こし器で一山当てて男爵位を買ったし、水道技術でまた一山当てたけど! ……ま、まさか、その為に、ピンク髪が平民になる今日まで待ってた……!? か、考えすぎかぁ、あははっ!

 頭の中で笑ってたら会場の扉が開いて、騎士団員が10人くらい入ってきた!


「“預言者”ビビアナ。貴女には数々の容疑がかけられています。大人しく連行されてください」

「うそ……よぉ……」


 騎士団員2人に取り押さえられ、自分の存在価値を突然見失ったピンク髪が茫然自失となっていた。こんなことになるってことは、本当に、罪人、なのか……。

 まぁ、未来の権力者に手を出した時点で、こうなることは分かってたけど。この国は民主主義じゃなくって権威主義な社会。罪があってもなくても、いずれそれぞれの婚約者の家から罪に問われてたろうよ。──ん? 民主主義? また来たよ誰かさんの記憶。


 だから、俺はずっと言ってたんだ。どうしても王子と一緒になりたいなら、伯爵位以上の貴族の家に養子に入り直せって。目指すなら側妃・愛人までにしろって。「身分差のある恋がいい」って男爵位に固執したから、「王妃じゃなきゃ嫌よ」ってワガママ言ったから、こんなことになったんだ。

 よくも、俺の家族に迷惑かけやがって。


 連行されてったピンク頭が完全にいなくなってから、皇女がにっこり、皇女の立場にふさわしい威厳のある笑みを浮かべた。


「カールミネ・オルランディ侯爵子息、ティート・エルマンノ男爵子息が協力してくれた事を考慮し、今回の侮辱事件における処罰には温情を与えます。これまでに私が受けた被害も、言ってしまえば可愛らしいもの。この国の立場はこの婚約が成立する前程度になるよう、皇帝陛下に口添えしますわ」

「マリアンネ・ティタニアス第三皇女様の寛大なお心に、感謝申し上げます」

「あ、有り難き幸せでございます」

「周辺国の安定は我が帝国の安定につながります。これくらいなんでもありませんわ」


 宰相の息子が最敬礼をしたから、並んで呼ばれた俺も倣って最敬礼する。お、俺も協力したことになんの、か。そっか。てか皇女様優しい。


「アルベルト・フェニリン第一王子殿下及び側近候補の方々には、追って沙汰を言い渡しますわ。まぁまず、廃嫡されることは免れませんことよ」

「なんだと!?」

「それが私が温情を与える条件だからですわ。当然ですわよね。私のことを1番守らねばならない立場の人間がそれを怠ったどころか、私の失脚を狙い、国外追放なんていう真似をしようとしたのですから! ご自身らがこの4年間、どんなに愚かなことをしたのかを、一生かけて苦しみ抜いてお考えなさいませ」

「そ、そんな……!」


 すごいな、皇女。汚名返上して、仕掛けてきた王子たちを何倍にも汚名まみれにした。

 そんな皇女は俺でも分かる完璧なカーテシーを披露して、美しく微笑んだ。


「それでは、ごきげんよう」


 皇女の言葉は覆らない。王族より格式が高い皇族の言葉は何よりも重い。故に、彼女の断罪も、彼女がここから去ることも、誰も止められなかった。


 あぁ、なんとか、首の皮一枚、繋がった……。



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