偽りの幸福
白い息が空気中に溶けていく。冬の空を見ていると、無性に泣きたくなるのは何故だろう。寒さのせいか人肌が恋しくなって、誰でもいいから傍にいてほしいと思ってしまう。そんな思いが招いた結果が、窓の向こう側に見える。
ベランダの柵に腕を乗せ、前屈みになりながら少し温くなった珈琲を飲む。薄着で出てきてしまったせいか、身体は冷えきってしまっていた。
「きれいだな」
朝焼けに目細める。明るく照らされていく街の景色がとても綺麗で、冷たくピンと張った空気も太陽の熱で徐々に緩んでいくのが分かる。
珈琲を飲み干し部屋へ戻る。
マグカップをテーブルに置き、ベットの周りに散らばった洋服を集める。一つ一つゆっくりと畳みながら、柔らかいベットの中でスヤスヤと眠る男の姿を見つめる。
恋人ではない、ただの友達と身体を重ねた昨夜はなんだか不思議な感覚で、現実味の無さと心地良さで頭の中がふわふわしていた。
お互い無意識に求め合い、本能のまま過ごした夜。何度も零した「すき」という言葉。欠片も思っていない事が次々と口から零れたのは、理性を手放していたからだろうか。
冷えた身体を温めようと再びベットへ潜る。こっそりと入ったつもりだったが彼を起こしてしまい、その腕に捕らえられた。おはよう代わりのキスがひとつ。
「まだ時間あるよね」
トロンとした眠そうな瞳でわたしを見つめ、ひとつのキスがどんどん深く熱くなっていく。わたしもそれに応え唇を重ね、現実から目を逸らすかのように瞼を閉じた。
大きな掌が肌の上を滑る。温かい感触が心地良く、このまま仕事に行かず狭いベットの中でお互いの体温を感じ合っていたい。
「すき」
「すき」
吐息混じりの言葉が交差する。もっと深く、求めてほしい。求めたい。そんな思いを遮るかのように電話が鳴り響く。ふたりの動きがピタリと止まる。サイドテーブルに置いてあったスマートフォンに手を伸ばし画面を見ると、それは恋人からの着信だった。
「もしもし」
荒くなった呼吸を整えながら電話に出た。すぐ隣にいる彼の手はしばらく止まっていたが、再びゆっくりと動き始めた。身体の至る所に唇が這わされ、その気持ち良さに声を抑えるのが辛くなる。どうにか平然さを保ちながら意識を電話に向ける。
『おはよう。今日って仕事何時に終わる?予定空いていたら、久しぶりにご飯でもどうかな』
「今日は多分・・18時に終わると思うけど、まだ分からないや・・」
『そっか。俺は何時でも大丈夫だから、終わったら連絡して』
「ぅんっ、わかっ・・たっ」
堪えていた声が漏れる。甘い刺激に意識が奪われ、呼吸が荒くなる。
『何だか苦しそうだけど、もしかして具合悪いの?』
心配そうに声をかけてくれる恋人に返事をしようとするが、だんだん彼からの愛撫が激しくなり、吐息が漏れないようにするのでやっとになってしまう。
もう限界だと感じ、必死に身を捩りながら彼から少しでも距離を取ろうと腕の中でもがく。
「ううん、大丈夫。仕事終わったらまた連絡するね」
やっとの思いで電話を切る。その瞬間、手の中にあったスマートフォンは奪われ、雑に畳まれた洋服の上へ捨てられた。
両手首を押さえられ、軽いキスが繰り返される。身体の熱さとは裏腹なその行為がもどかしく、自分から求めようとするがあっさりとかわされてしまう。彼は楽しそうに微笑み、わたしはプクッと頬を膨らます。
「かわいい」
手首が解放され、ベットの中で向かい合いながら唇を触れ合う。静かな部屋に甘い響きがこだます。
力強く抱きしめ合う。痺れるような快感が、身体の内側を駆け巡っていく。