第五話:神様、どうか、どうか……。
朱里と離れて三年がすぎた。
未だに女々しく、月に一回の手紙を送ることは続けていた。
しかし、次はもう、手紙は送らないことにした。
これまで一度も返事が来ないのは、朱里が、手紙を書ける状態でないか、既に他界しているかのどちらかだろうから。
そろそろ、朱里がいないことを本格的に受け入れても良いんじゃないかと思うようになったから。
この三年で、すっかり疲れてしまっていた。
しばらく仕事を休んで病院に行くことを勧められるくらいには。
良い機会なので、夏休みに合わせて実家に顔を出してみようか。
そんなることを考えながら、自宅アパートへ、重い足を引きずるように帰宅中の時のこと。
どこからか漂ってくる良い匂いに顔を上げる。
すると、誰もいないはずのアパートの俺の部屋に灯りが点いている。
ドアノブに手を掛ける。鍵は掛かってない。遠慮なく開ける。
なぜか、確信があった。
そこには、エプロン姿の朱里がいた。
三年の間に、少し大人びて、髪も伸びていて、健康そうな明るい顔で、俺に笑い掛けてきた。
「お帰りなさい、幸助さん。お疲れさまです。ご飯、できたところです」
「…………朱里?」
「はい?」
呆然と問えば、キョトンとした返事が。
「………………痛い」
「夢でも、頬をつねったら痛いって聞いたことありますよ?」
お決まりの確認をすれば、苦笑が。
「朱里、朱里!!」
「わわっ、……幸助さん、私は、ここにいますよ。もうどこにもいきませんから」
とっさに、抱き締める。もう、離さないとばかりに。
朱里もまた、抱き締め返してくれて、その温もりで、ちゃんとここにいると、朱里が生きていると実感できた。
「ああ……夢じゃないんだな。……大きくなったな、朱里。それに、きれいになった」
「現実ですよ。ちゃんと、治りました。手紙にも書いてあったでしょう? もうじき会いに行くって」
「………………手紙?」
「……えっ?」
「……えっ?」
少し、ちゃんと、話し合う必要があった。
※※※
朱里の口から聞けた話は、理解はできるけど、納得はいきそうもない話だった。
開発中の治療薬を優先的に使ってくれる代わりに、薬が原因で何が起きても文句は言わない。
朱里の両親の書いた誓約書の内容はそんな感じだったそうで、要はデータを取るための実験台になる代わりに、開発中の治療薬を優先的に使ってくれるというもの。
朱里が、分かりやすく言うためにその言葉を選んだらしく、本当は違う言葉なのだと。
あれやこれやと身振り手振りで説明してくれるが、イメージのよくない言葉を使われてしまったことで、むーん……。となってしまう。
しかし、投薬治療に二年半ほど。残りはリハビリに費やして、ようやく退院できたらしい。
言ってくれたなら、リハビリに付き合ったのに……。と呟いたら、
「手紙、書いたんですよ? 幸助さんから手紙が来る度に、お返事書いたんです。月に一回のお手紙が待ち遠しくて、それを心の支えにしていたんです。……あ、全部取っておいてますよ」
そういって、俺の手紙を見せてくれる。
……そこで、ふと、思い浮かんだことが。
「ところで朱里? 宛先は、村じゃなくてここのアパートにしたのか?」
「はい。氷見沢郡綿貫町八幡アパートの102号室と」
「…………それ、さ、ここの、隣町は隣の県になるんだが、そっちにも氷見沢郡綿貫町ってあるんだよな……」
「えっ? 紛らわしい……ですね……?」
「ははは……そうだな、紛らわしいよな……」
「も、もしかして、これまで私が送ったお手紙は……?」
「『隣の県の』八幡アパートに届いたのかもな?」
「そんなぁ……」
すごくがっかりした顔の朱里も、とても可愛く見える。
安心した。すごく。それに合わせるように、俺の腹の虫がグーと抗議していた。
二人で顔を会わせて、笑い合って。
冷めないうちに食べましょう。
いただきます。
おあがりください。
美味しいよ。
本当? 嬉しい。
ご馳走さま。
お粗末様でした。
何気ないやり取りが、とても嬉しくて、とても幸せに感じた。
未来の話はまだ分からないけれど。
神様、どうか、どうか……。
この、なんでもない幸せな時間を、一日でも、一秒でも長く、
朱里と、愛しい人と共に過ごさせてください。




