第四話:手紙
朱里がいなくなってから、秋がきて、冬がきて、春がきて、学校は本当に廃校になった。
俺も、勤務する学校が変わり、中学校へと赴任することになった。
それは、村から最寄りの学校へ通うことになる生徒たちへの配慮でもあり、隣接する小学校に通う年少の生徒たちも、中学の職員室に居る俺のところへ来ても良いということになっていた。
当初は馴染めるか心配でもあったが、年少の子の方がさっさと馴染んで村の学校と同じように元気に駆け回っていた。
むしろ心配なのは、来年高校に通うため町に出て部屋を借りている二人だ。
中々セキュリティの良い部屋に、男女二人きりで生活しているのだから、教師としては風紀は気をつけてもらいたいところだ。
しかしながら、親からは「早く孫が見たいなあ」と言われており、風紀を乱すことを望まれているときたものだ。
だから、教師として、村の大人で先輩として、常識や良識的なことと、個人的なことの二種類言っておかなきゃならなくて、ちょっとしんどかったりする。
そして、俺は……。
※※※
拝啓 川井 朱里 さま
あれから、もう半年以上。また春がきました。
村の学校は、本当に廃校になりました。
今では、耐震補強をして災害の際の避難所へ改修する計画が持ち上がっています。
けれど、古い木造の学校なので、文化財として保存してはとの声もあり、協議中です。
生徒たちは、意外なほど簡単に溶け込んだようです。
学校側が、生活環境が大きく変わることによるストレスを少しでも減らすために、できるだけ同じクラスになるように配慮してくれたからです。
俺も、勤務する学校が変わったものの、新学期に合わせた転勤と思えば、それほどでもないようです。
こちらは、みんな元気です。
そちらは、朱里はどうですか?
変わりありませんか?
少しは良くなりましたか?
朱里と早く会えることを楽しみにしています。
幸助。
※※※
夏祭りの日に出会った医師、鉄氏から、朱里が入院する病院を教えてもらっていた。
その日から、一ヶ月に一回は近況報告を兼ねた手紙を、朱里に送っていた。
どんなに忙しくても、毎月の手紙を義務とすることで、一秒でも長く朱里のことを考える時間を作っていた。
それがまた、俺の心の支えになってもいた。
……しかし、朱里から返事がきたことは、まだ一度もない。
それは、さらに一年が経ち、年長の二人が高校に通いだしても。
この頃になると、既に諦めの気持ちも出てきていて、少しずつ、心の整理もできるようになっていた。
町の学校に赴任してからは、一度も家に帰っていない。
なにか用事があっても、電話で済ませていた。
そんな家族との会話でも、朱里の話は出てこない。
二年近くが経っても、朱里の話は出てこないのだ。
あるいは、とっくに朱里は村に戻っているのかもしれない。
物言わぬ骸となって。
それを、気を遣って俺に言わないだけなのかも。
いつか、そんな話が出ても取り乱さないように、心の整理を少しずつ。
それでも、手紙を書いて送ることはやめなかった。
それすらやめてしまったら、朱里はとはもう、本当に会えないと思えたから。
以前に感じた確信を、まだ認めたくなかったから。