第一話 【悲報】パーティー・リーダーがブラックな労働を強要してくる件
――ガンカンっガーン! ガンカンっガーン!
ウヴォオオオおっ!
グォォおおおっ!
ギャオギャァっ! ギャギャギャギャギャっ!
豚のように潰れた平らな鼻、猪のように上向きに突き出た大きな牙、アメフトのラインマンのように逞しく隆起した筋肉……
今、ボクたちの目の前にいるのはオークの軍勢だ。
彼らは手に持つ武器で盾をガンガンっ!と叩き、雄叫びをあげながらこちらを威嚇してくる。
数は50程だろうか……?
対するこちらは魔剣士のロイ、盗賊のゴムリ、神官のティアに魔術師にして「偽賢者」のボクの合わせて4名だ。
ボクらのパーティー『赤い牙』は最近、中級上位の「銀等級」に昇格したばかり。
冒険者を始めて1年以内に銀等級まで昇り詰めたボクたちは、迷宮都市アンヌン冒険者ギルドの歴代最短記録を更新中で、今アンヌンで最も勢いがあるパーティーと言われている。
けれど、そんなボクらにとってもこの状況はかなりきつい……
普通のオークは銅等級程度のD rankモンスターだから良いけど、背後に控えるハイオークはC rank――つまりボクたちと同じ銀等級相当の手ごわい相手だ。
それが5匹も居て、その背後には更に上位モンスターのオーク将軍までいる。
オーク将軍に至っては明らかにこちらより格上だ。
冒険者の等級にしたら少なくとも白銀等級、下手すりゃ金等級くらいあるだろう……
今からあれに突っ込んでいく気ですか?
ええ、そうですか、ああ、マジですか、今月死にかけるのはこれで何度目ですか!?
今度こそ、ここでボクらは死んじゃうかもしれない……
ここはセフィラ級『王国』ダンジョンの中層最奥にある超危険地帯――「穢れ山脈」にある『裂け谷』だ。
このエリアは、オークを始めとした様々な亜人系モンスターの集落が点在していることで知られている。
「ねぇ、ロイ…… 今から本当にあれに突っこむの?」
「ああ、決まってんだろ? オーク将軍もいるってことは、間違いなく迷宮遺物持ちだ!」
「それは分かるけど、でも等級的には無理なんじゃ…… って、ちょっと!? もぉーっなんで勝手に突っ込んでいくの! 命知らずの考えなしか、お前は!」
ロイは剣を鞘から抜き、右肩に担ぐとギュンっ!と加速して一気に敵集団へと駆け寄る。
彼の剣は白い柄をした美しい魔剣で火の属性を帯びた迷宮遺物だ。
――ゴォオおおっ! ガっ! ギャリンっ!
魔剣はロイが魔力を込めると青白い炎を噴き上げる。
彼の横薙ぎの剣を受けようとして、オークは手に持つ剣で弾こうとするが、その剣はバターのように溶けて防御の意味をなさず、そのまま胴体ごと真一文字に両断された。
――ズバっ! ザザン!
続けざまで放った斬撃で、ロイはさらに二匹のオークを討伐する。
いや、すごいよ?
銀等級になったばかりにしてはかなりの実力だとは思う、ロイは。
だけど、もうすでに遠巻きで眺めていたハイオークたちに囲まれつつあるじゃん!
本当にそんなのでオーク将軍を倒せるつもりなの?
ふと目をやると、すでに盗賊のゴムリの姿が見当たらない。
独自判断で陽動やかく乱しに行ってくれたんだよね?
状況がヤバそうだからってトンズラしたとかじゃないよね??
あいつはあいつでどうも信用ができない。
いなくなったものとして考えて戦術を立て直した方が良いな……
ボクの後ろには神官職のティアがあたふた、わたわたと右往左往している。
『赤い牙』の中で最年少の彼女は、パーティーの中でも唯一まだ銅等級だ。
下手にロイを支援しようとして前に出られるよりも、今みたいに最後列でテンパっててもらった方が良い。
たぶんこの状況じゃ大した支援はできないだろうし、回復役の彼女が戦闘不能になったらパーティー全体の生存率がぐっと下がる。
「ニコ、お前の魔法で何とかしてくれ! こいつら数が多すぎる!」
「もぉーっ! ほんと、いつもの展開じゃん! せめて無理攻めするにしても事前にちゃんと作戦は立てようよ!」
とは言え、ここで文句ばかり言っててもパーティーが全滅するだけだ。
状況を見て、適切な対応をしていかないと……
さっきまで順調にオークを討伐していたロイも、戦闘にハイオークが加わるようになってからはあまり有効打を与えられていない。
今のところ実力は拮抗してはいるようだけど、数で不利なボクらはこのまま行けばじり貧だし、あっちにはさらにオーク将軍が控えている。
だけど、ハイオークと一対一だったらロイなら勝てそうか?
ならばうまいこと誘導してやろう……
ボクは革ベルトに提げた魔法の短剣を鞘から抜くと、手早く闇属性魔術のシンボルである六芒星を宙に描く。
「混沌よ、力の根源よ! 我に仇なす者の眼前に、障壁となって立ちはだかれ! 剛力障壁陣!」
――ブォンブォン……ブォンっ!
純粋な力の顕現である暗緑色の障壁が三枚同時に展開される。
「――――『迷宮化』!」
展開した障壁が単なる防壁から迷路のような入り組んだ構造へと変形し、敵の軍勢を分断する。
通常、術式の影響を受けて決まった効果しか発揮できないはずの魔術を、新たな詠唱を加えることで異なる魔術へと発展させることができるのは、どうやらボクが「偽賢者」であることと関連があるらしい。
この技術は「魔術」と「魔法」のちょうど中間にある技術のようだ。
突如として前の障壁が開けたハイオークは一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、気を取り直してロイに向かって突進してくる。
だが、急な展開に動揺したハイオークの一瞬の隙をロイは見逃さなかった。
ハイオークは両手持ちの長柄の戦斧を振りかぶり、ロイに叩きつけようとする。
ロイは身を屈めつつ相手の懐に飛び込んでその攻撃を躱し、その飛び込みの動作と同時に右手に握る魔剣を相手の喉へと突き刺した。
――グワっ! ドギャんっ!
――ビュンっ! ザクっ!
魔剣はハイオークの喉を切り裂くや否や、喉中で発火する。
――ブォオオぉっ! ばっばっばば!
ハイオークは喉を焼かれ、目口鼻のそれぞれの孔から火を噴きだした。
おそらく即死だっただろう……
ロイが相手のガラ空きの胴を切り裂かなかったのは、ハイオークが聖銀製の鎖帷子を装備していたからだと思う。
ドロップ品による報酬のことを考えながら戦えるくらいには、ロイも余裕を取り戻したようだ。
その後もボクたちは順調にハイオークを各個撃破していくことができたが、相手も馬鹿じゃないらしく、三匹目のハイオークを討伐したあたりで残り二匹のハイオークはオーク将軍と合流しようと陣地に戻り始める。
ボクは『剛力障壁陣』で造った迷路の構造を変え、合流するのを妨害しようと努めてはいるけど、オーク将軍の方でも異変に気づいたらしく、こちらに近づいてくる。
格上のオーク将軍に合流されたら厄介だ。
「ロイ! もう良いでしょ? ハイオーク3匹なら銀等級パーティーとしては上出来の成果だよ。ドロップ品と魔晶石の回収だけ済ませたら撤退しようよ?」
「はぁっ!? なに言ってんだよ、ニコ! 目の前にオーク将軍が居るってのに見逃す手はないぜっ!!」
いやいやいや、それは一人でハイオーク5匹討伐できるようになってから言えるセリフでしょ?
さっきのハイオークとの戦いもボクが機転を利かさなきゃパーティーが全滅してたんだよ?
ロイは『赤い牙』のリーダーなんだから、もっとパーティー全体のことを見て、メンバーの安全第一で行動計画を立てて欲しい……
でもそんな苦言を呈している余裕ももう無さそうだ。
オーク将軍は障壁の前まで来ると、手に持つ斧槍でそれを叩き壊す。
『剛力障壁陣』は砕け散ると闇色の粒子に変わって周囲に拡散していった……
ダメだ。
おそらくあいつが手に持つ斧槍は迷宮遺物なんだろう。
闇属性の中級防御魔術くらいじゃあいつの攻撃は防げそうにない……
ロイは相変わらずの考えなしでオーク将軍へと突進していくが、オーク将軍の無造作な横薙ぎによって左方向に10m程弾き飛ばされた。
相手の斧槍は辛うじて魔剣で受け止め、致命傷は避けられたみたいだけど、飛ばされたロイはダンジョンの岩壁へとその身体をめり込ませた。
「ぐはっ!――」
「大丈夫、ロイ!?」
「――ぐっぐぅ…… 大丈夫だっ…… 問題ない!」
いや、問題ありありだろ!?
『ステータス』を見る限り、お前のHP1022から273まで減ってんじゃん!
次に良いのをもらったら死にかねない状況だよ!?
後を振り返ると、神官のティアが目を虚ろにしながら、両膝を抱えて体育座りをしている。
さっきからブツブツと聖神に対する祈りを唱えているみたいだけど、なにを唱えているのか全然聞き取れずちょっと不気味な雰囲気を醸し出している……
だっ、大丈夫か、ティア?
あっ、今こちらの心配そうな眼差しに気付いて少し反応した。
とりあえず精神は正気な状態をギリギリ維持しているみたいだ。
でも、ここはボクがしっかりしないと……
「……ティアっ! これからボクは本気の魔法を敵にぶち込むから、後処理は頼んだよ? 運良くオーク将軍が討伐出来ても、新たな伏兵が潜んでいる可能性だってある。ロイがなんと言おうと撤退するように進言してね!?」
「えっ、えっ、えっ!? ちょっと、今なんて言いました??」
「とにかく後のことは頼んだから!」
ボクはティアにそう告げると、再度、『剛力障壁陣』を展開し、オークの軍勢の四方を囲む。
これは仲間の身を守る為の障壁ではない。
『剛力障壁陣』がオーク将軍の攻撃に耐えられないことは先ほど検証済みだから、そんなことをしたって意味がない。
この障壁はこれから起こる惨禍からオークたちが逃げ出せないように蓋をしたのだ。
ボクは魔法の短剣で水のシンボルである「▽」を描くと、呪文を詠唱する。
「やれ、大いなる水よ。流動せし者よ。汝は満たし…… 溢れ…… 氾濫する。万物を育む母はときに全てを呑み込む暴虐の凶禍とならん。雄大なる力を大きなうねりに変え、あまねくすべてを圧し流せ! 極大海嘯!」
――ゴゴゴゴゴゴゴっ! ガガガガガっ! ズドンっ! ザパンっ! ギャリギャリ…… ズガガガっ!
ボクが呪文を詠唱し終わると、『剛力障壁陣』で囲われた闇属性の檻の中に、膨大な質量をもった水がうねりを伴いながら生じる。
大きな水のうねりは敵の軍勢に襲い掛かり、暗緑色をした力の障壁にぶつかると弾き返されて新たな波に変じて周囲の地形を抉りながら破壊の渦を形成する。
うぎゃぁあああっ!?
ぐぉぁあおおお!
オークどもの阿鼻叫喚の雄叫びがダンジョン内に木霊する……
『剛力障壁陣』の表面にはすでに無数のヒビが入っている。
『極大海嘯』による激しい衝突に耐えかね、今にも崩壊しそうだ。
もうそろそろ限界かな?
「ごっぱぁーんっ!」という盛大な音とともに、『剛力障壁陣』が弾け飛んで闇色の粒子に変わると、中に閉じ込められていた膨大な水のうねりは放射状に周囲へと広がる。
50匹ほどいたオークの軍勢はほぼ壊滅状態で、オーク将軍を除く全てが倒れ伏している。
生きてる者も中にはいるかもしれないけど、おそらく戦闘不能の状態に陥っていることだろう……
ボクは膨大なMPを消費したことで眩暈を覚える。
手はわなわなと震え、指先がかすかに痺れる。
喉もカラカラで絞り出そうとしても声が出ない……
だがボクが指示をだすまでも無く、さっきまで岩壁にめり込んでいたロイはオーク将軍の背後に忍び寄ると、手に持つ魔剣でその首を刎ねた。
ボクはそこまで見届けると、MP切れの症状を引き起こし、その場で意識を失った……
こちらの小説は前作『コールドスリープから目覚めたら異世界だった……?』の続編となりますが、別に読まなくても内容が分かるように書いています。
もしご興味をお持ちいただけるようでしたら、前作の方もご覧いただけましたら幸いです。↓
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よろしくお願いします。^-^