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意外な人のレクイエム

 わたしがレクイエムをまとまって聴き始めた頃に「へえ、こんな人がレクイエムを書いているんだ」って思った、それなり有名な人を挙げてみます。


〇ヴァーツラフ・ミフナ(1654年):イントロイトゥス、キリエ、トラクトゥス、セクエンティア(ディエス・イラエ)、オッフェルトリウム、サンクトゥス、アニュス・デイ、コンムニオからなります。トラクトゥスを含む珍しい作品です。ミフナはゼレンカが生まれた頃に死んだ人で、ボヘミアの音楽の創始者のような人かなと思います。


〇フックス(1720年):イントロイトゥス、キリエ、セクエンティア(ディエス・イラエ)、サンクトゥス、アニュス・デイ、コンムニオからなります。この人は、ウィーンの教会音楽の基礎を築くともに、対位法の権威として、“Gradus ad Parnassum”という教科書を書きました。この本の題名はクレメンティがピアノ教則本に使っていて、それをさらにパロディ化してドビュッシーが子どもの領分で使っていますね。ゼレンカが彼に学んだそうです。


〇ミヒャエル・ハイドン(1771年):有名なヨーゼフ・ハイドンの弟です。イントロイトゥス、キリエ、セクエンティア(ディエス・イラエ)、オッフェルトリウム、サンクトゥス、アニュス・デイ、コンムニオからなります。ザルツブルクの大司教で彼やモーツァルトを暖かく見守ってくれたシュラッテンバッハの死を悼んで作曲されたもので、モーツァルトのレクイエムに大きな影響を与えたと言われる曲です。確かに一聴しただけでも、似た旋律はありますし、注意して聴かないとモーツァルトの作品と思ってしまいそうです。やや感覚が鈍いかなという気はしますが。


○ドニゼッティ(1835):「ルチア」とか「愛の妙薬」とかで有名なオペラ作曲家ですが、レクイエムも書いてます。いまだにCDにお目にかかってなくて悔しいです。狂乱はしませんでしたけど。ウィーンのシュターツオーパーで見たグルヴェローバのルチアは総毛立つものがありました。


○ブルックナー(1849):25歳のブルックナーと言えばまだ赤ん坊みたいなものですが、やはり有名なテ・デウムなどと比べるとかなり落ちますね。まだシンフォニーの習作すら手がけていない頃ですし。


○シューマン(1852):とてもさわやかな感じで秀作です。宗教曲の嫌いな人にもお勧めです。また、これに先立って、1849年にはゲーテの作品に拠る「ミニョンのためのレクイエム」というのも書いていて、これもシューマンらしいユニークな曲です。


○スッペ(1855):このオペレッタやその序曲「軽騎兵」で有名な人なんかはかなり意外度高いですね。イントロイトゥス、セクエンティア(ディエス・イラエ)、オッフェルトリウム、サンクトゥスについて作曲しています。うーん、どこかヴェルディの小型版のように感じてしまうのは、オペレッタ作曲家だと思ってるゆえの偏見ですかね。


○リスト(1868):テノール2、バス2、男声合唱、オルガンその他から成ります。編成のせいなのか彼にしてはおとなしい曲に聞こえます。


○サン・サーンス(1878):すみません、わたしサン・サーンスって「序奏とロンド・カプリチオーソ」とか「動物の謝肉祭」とか、ご本人がそんな作品で評価してくれるなよって言いそうな曲しか評価してないんです。このレクイエムもシンフォニーやピアノ協奏曲のようによく書けてるとは思うんですが、すごく印象薄いです。


○ドヴォルザーク(1890):これは『レクイエムって興味ありません?』の『3.昇階唱:Graduale』で書いたとおり、隠れた名曲だと思っています。


○グノー(1893):彼の本領は「ファウスト」とかのオペラなのかも知れませんが、どうでしょう、イントロイトゥス、キリエ、セクエンティア(ディエス・イラエ)、サンクトゥス、ベネディクトゥス、ピエ・イエス、アニュス・デイからなります。


○レーガー(1914/15):この人は近現代において最もレクイエムに執着した人のようで、少なくとも二曲書いています。一曲目は彼の死によって未完成となった『ラテンレクイエム』であり、二曲目はヘッベルの詩による『ヘッベルレクイエム』と呼ばれるものです。英語のWikiに詳しい説明があるので、それを見ていただくのがいいと思いますが、そこではブラームスの『ドイツレクイエム』との関連を強調しています。https://en.wikipedia.org/wiki/Requiem_(Reger)


○ディーリアス(1916):『戦争で倒れたすべての若い芸術家の思い出に』というサブタイトルが付けられた英語の歌詞によるもので、第2次大戦後の1962年に作曲されたブリテンの『戦争レクイエム』にアイディアが似ています。この人のも英語のWikiを見ていただくのがいでしょう。https://en.wikipedia.org/wiki/Requiem_(Delius)


○クルト・ヴァイル(1928):彼の作品はこのブレヒトの詩による「ベルリン・レクイエム」しか知りませんが、率直に言っておもしろいというより、安直な発想の曲です。レクイエムというものへの風刺とか皮肉なら十分成立すると思いますが、そうでもなくただ薄っぺらな音楽に聞こえます。


○ヒンデミット(1946):「画家マチス」の作曲家も書いてます。これは「遅咲きのライラックが前庭に咲いた時」という、ホイットマンがリンカーン大統領を追悼して書いた詩によるものです。ですので、厳密な意味ではレクイエムではないのですが、さわやかな、でもしみじみとした味わいのある佳曲です。


○カバレフスキー(1963):「道化師」で有名な人ですが、ソ連体制に順応し、栄光に包まれた人生を送った人です。R.I.クリスマスの詩による「ファシズムと戦って死んだ人々に捧げる」として作曲されています。社会主義リアリズムというか、深遠さを欠いたショスタコーヴィッチって感じです。


○リゲティ(1965):この曲を含め、いろんなリゲティの曲が『2001年宇宙の旅』で使われています。どこで何がというのは映画のWikiを見ると詳細にわかります。https://ja.wikipedia.org/wiki/2001%E5%B9%B4%E5%AE%87%E5%AE%99%E3%81%AE%E6%97%85

 曲自体はイントロイトゥス、キリエ、ディエスイラエ、ラクリモーザからなる典礼の枠組みに沿ったものですが、音楽としてより音として聴くとおもしろいです。いわゆる現代音楽の楽しみ方ってそういうものだとわたしは思っています。


○ストラヴィンスキー(1966):彼の宗教方面の曲では「詩篇交響曲」がなんといっても有名ですが、晩年(没年は1971)の「レクイエム・カンティクルス(聖歌)」はカメレオンと呼ばれ、変貌し続けた彼の最後の姿を聴くのに欠かせない気がします。わりと伝統的な響きですが、Tuba mirum(妙なるラッパの響き)などは全く違うメロディです。


○シュニトケ(1975):イントロイトゥス、キリエ、セクエンティア(ディエス・イラエ)、サンクトゥス、ベネディクトゥス、アニュス・デイ、クレド、コンムニオ(ただし、歌詞はイントロイトゥスと同じです)からなります。クレドは、本来レクイエムには含まれないものです。今のわたしの趣味からはあんまり共感できませんでした。


○ロイド・ウェッバー(1984):「キャッツ」や「オペラ座の怪人」の人気作曲家がなぜレクイエムを手がけたのかと思いますが、父親の死と、ポル・ポト政権下のカンボジアで、ある少年が四肢を切断された姉を殺すか、自分が殺されるかの選択を官憲に迫られ、後者を選んだという記事を読んだのがきっかけだそうです。

 なるほど。レクイエムが今なお生命力を持つ理由がわかるようなエピソードです。曲としても形式はカトリック典礼に従ったもので、イントロイトゥス、キリエ、セクエンティア(ディエス・イラエ)、オッフェルトリウム、サンクトゥス、ピエ・イエス、アニュス・デイ、コンムニオ、リベラ・メからなります(ただし、歌詞に入り繰りがあります)。10万枚のヒット作だそうです。

 良かれ悪しかれミュージカルの作曲家の作品っていう感じが強いのですが、恣意的な工夫ならいくらでもできたはずなのに、ミサ典礼曲の伝統をちゃんと踏まえ、正面から取り組んでいます。それでいて聴いていておもしろく、親しみやすいですし、彼なりの死に対する考えも伝わってくる名作です。


 こうして見ていくと、ヴェルディやフォーレなどだけでなく、ロマン派以降の脱宗教の時代においても多くのレクイエムが作曲されていて、音楽家が死の問題を考えるときに大きなインスピレーションを与え続けてきたことがわかります。他方、カトリック典礼からは離れていく傾向も見てとれます。


 ついでに、逆に書いてておかしくないのに書いてない人、書いてて欲しかった人もお遊びで挙げてみましょうか。


○バッハ:彼は夥しいカンタータや受難曲からわかるように、ルター派の作曲家ですが、ロ短調ミサを始めとしていくつかミサ曲を書いているので、おかしくはないでしょう。


○ハイドン:弟のミヒャエルは3曲も書いていて、モーツァルトのレクイエムにも影響を与えていると言われますが、兄のヨーゼフにはないです。たまたま機会がなかっただけだという気がします。


○ベートーヴェン:ミサ・ソレムニスの後にレクイエムを作曲する計画があったということです。


○シューベルト:彼もミサ曲を始めとした多くの宗教曲を作曲しているので、候補になりえますし、弦楽四重奏曲「死と乙女」や最後のピアノソナタに見られるような死への深い洞察から、作曲されていれば必ずや傑作になったに違いありません。



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