ファーストコンタクト
明くる日、私は星降舞依への接触機会を窺いつつ、思春期の男子学生に扮する努力を続けていた。隣席の女子生徒への態度も、温和にすることを意識している。
「レオルくんSNS始めた?もしやってたらアカ教えてよ」
「いえ、まだです」
「そしたらTikTokやろーよ!これ見て!」
同年代のモデルらしい人物が踊っている動画だった。
「どう?エモくない?」
「……まぁ」
間抜けな姿を全世界に晒す神経は全く理解出来なかった。しかし隣人は私の同意には満足そうだった。
その一方で、星降舞依は次の授業開始に先んじて、既に教科書とノートを開いていた。
それから授業が始まっても、私は時折、彼女を観察していた。昨晩読んだプロファイリング資料の中の彼女と、私の目の前にいる彼女は、だいぶ印象が違って見えた。
10年前、両親と弟が突如行方をくらまし、孤独の身となった彼女。
その際警察や周辺の人間に「自分たちはUFOと宇宙人にさらわれたが、自分だけが宇宙から帰って来た」と何度も何度も主張した彼女。
その発言は誰にも受け入れられず、虚言癖というレッテルを貼られた彼女。
そして今でも周りからは“UFO女”と囁かれ、性格も暗くなっていった彼女。
しかし私の目に映る星降舞依は、資料から読み取れる人物像とは大きく異なっていた。
授業態度はいたって真面目で、机と黒板に向かう姿は懸命。
教師からの質問には的確に回答。成績も優秀。
休み時間となれば、誰一人関心を寄せない窓際の鉢植えや、屋外の花壇に水をくれている。やがて彼女は、掃除用具入れから取り出したじょうろを片手に教室を出て行った。私も彼女を追い、教室を出た。
彼女が向かったのは、校舎裏手に設置された花壇だった。教室のベランダ側からは見えず、しかも敷地の裏手に出る小さな格子戸の近くとあって、学生の姿は殆ど無かった。だが花壇に咲く色とりどりの花々は、もっと多くの人々の目に入っても良いだろうと考えてしまう。
「星降舞依さん」
花壇の前に立つ彼女に、私は声をかけた。
「……私、ですか?」
初めて接触した時と同じだった。まるで自分ではない誰かが呼ばれていると思っているかのように、自分の周りをきょろきょろと見回している。
「あなたです、星降さん」
「ご、ごめんなさい!」
思い切り頭を下げた拍子に、彼女は水の入ったじょうろを落としてしまう。
「こちらこそすみません。邪魔をするつもりは――」
私がじょうろを拾おうとすると、彼女の指が私の手に触れた。
「わっ!ごめんなさい!」
「い、いえ……」
彼女のあまりの慌て様に、ついこちらまで辟易してしまう。
そして、まだ水の入っているじょうろを私から受け取った彼女は、異常なほど顔を紅潮させていた。
「ありがとう、ございます。マクニール、さん」
「私の名前を?」
「クラスメートの名前は、ちゃんと覚えてます」
避けられているにも関わらず、他人にはしっかり関心があるようだ。
「名前を憶えて頂き、光栄です」
「い、いえ」
その後も彼女は、花壇への水やりを続けた。後ろに立つ私の様子を、時折ちらと伺うが、何か話しかけてくる気配は無い。
「星降さ――」
「はいっ!!」
これでもかと言うぐらい大げさに振り向き、真剣な眼差しで私を見つめる星降舞依。
「あ、いや……ごめんなさい、呼ばれた気がして……」
「呼んだことは間違いないですが……」
「あっ!呼んだ、だけですよね。そうですよね!別に用は無いですよね……」
名前だけ呼びにわざわざ来るものか。
「実は聞きたいことが――」
「舞依っ!お昼食べよ!」
その声に、星降が安堵するように振り返った。
「あ、愛子ちゃん!」
「……誰?この人」
現れたのは、見かけない顔の女子生徒だった。彼女は警戒心を全身から放ちながら、私を見定めているようだ。そして私と星降の間に割って入り、こちらに睨みを利かせる。私を不審者扱いか。
「レオル=マクニールと申します。星降舞依さんとは同じクラスです」
「舞依を困らせてるように見えるけど、何か用?」
「愛子ちゃん!そんな態度、失礼だよ……」
「だってこの人怪しいじゃん。なんか顔怖いし」
言いたい放題だな。星降がなだめに入らなかったら、私を攻撃しかねん勢いだ。
「マクニールさん。この子は私の――」
「友達の美浦、です」
美浦愛子……やはりそうだ。星降舞依の幼馴染で、現在唯一の友人。星降のプロファイルに記載されていた名前であったため、簡単にだが事前に調べてある。
「舞依に何か用?」
美浦はくっきりとした大きな眼で私を凝視する。星降と同じようなタイプと考えていたが、随分と気が強そうな女子生徒だ。だが星降が先程までの緊張ぶりとはうって変わって、どこかリラックスしたように見えるため、確かに親しい仲なのだろう。
「愛子ちゃん。マクニールさんは、私の名前を呼びに来ただけだよ?」
「いえ、それは違います。ですが我々の関係がまだ、名前を呼び合う程度というのは事実です」
「え、なに、その関係……」
私たちを交互に見ながら、美浦は首を傾げていた。
「しかし私は、それ以上の関係になる必要があると思っています」
「そ、そうなの!?」
私の言葉に驚愕する星降。美浦は美浦で、訳が分からないといった様子だった。
「2人してとんちんかんなこと言わないでよ……」
頓珍漢とは言うものだ……と反論したいところではあるが、彼女の言はもっともだ。
どうやら私はまだ、星降と滞りの無い会話をするレベルに至っていないようだ。
「今日の所は撤退します」
「え、アンタ一体何しに来たのよ」
「次はきちんと準備を整えてから臨みます」
最後まで不思議そうにしている美浦の視線を浴びながら、私は一礼した。
「マクニールさん。また、ね」
星降の別れの挨拶に頷いてから、彼女らに背を向ける。
私はまず、地球人との会話の仕方から学ばなければならないようだ。