UFO女について
教師が出て行った途端に、生徒たちのざわめきが教室を埋め尽くす。会話の内容は下らなすぎて特筆すべきものではないが、私の関心は“UFO女”という単語にあった。
この国の言葉でUFOは、円盤型の宇宙船を差す。まさかあの女子生徒がUFOを開発したり、それに乗ってここまで来たりしているわけがない。
「すみません、一つ聞いてもよろしいですか?」
隣の女子生徒に声をかける。前の席の友人と向かい合って会話中だったが、にこやかに反応してくれた。
「先ほど、UFO女と聞こえたのですが」
「あ、そっか。レオルくんは知らないよねぇ」
2人は目を合わせると、くすくす笑いながらある人物を指差した。それは先程、授業中に登校してきた女子生徒だった。
「あの子、星降舞依って子なんだけどね。昔UFOに連れ去られたらしいよ」
「それは本当ですか?」
「まっさかー!そんなのウソに決まってんじゃん!」
何がおかしいのか、2人は頭が悪そうにけらけら笑って言い放った。
「なんかね、小学生くらいの時そんなことばっかり言ってて、周りに嘘つき呼ばわりされてたんだってさ。だからあの子、昔っからUFO女って呼ばれてるんだって」
同級生の嘲笑の的になっていた星降舞依は、1人で小さな弁当箱を広げていた。女子生徒2人の声が聞こえたのか、一瞬顔を上げる。
何かを諦めたような、悲しげな表情だった。
「だからさ、レオルくんもあんまり関わらない方がいいと思うよ?虚言癖って噂だし」
「そうそう!それにあの子って無口じゃん?なんかこっちまで暗くなるよね。レオルくんもそう思わない?」
私は2人を無視して、立ち上がった。
「あれ?レオルくんどこ行くの?」
何も応答せず、ただ真っ直ぐ、星降舞依という少女のもとに向かった。
「すみません」
「……」
星降舞依は、無言で箸を掴もうとしていた。
「星降さん、ですね?」
「え、えっ!?わ、私、ですか……?」
彼女はやたら驚いた様子で、周りを見回す。
そして最後に、私の顔に目を向けた。
「な、何か……ご用、ですか」
「ええ。実は聞きたいことが――」
「レオルお兄ちゃんっ!」
その時廊下から、よく知った声が私の名前を呼んだ。
「お兄ちゃん、ご飯食べよ?」
一体どこで覚えたのかと聞きたいぐらいの、甘い猫なで声で誘うカナコ。彼女は教室に入り私の手を取り、強引に引っ張る。
「カナコ、今私はいそが――」
「ほぉら!早く行かないと学食混んじゃうよ!」
カナコが一瞬、真剣な眼差しを向けたため、私は従って廊下に出た。先ほどの砕けた態度が嘘のように、無言のまま人気の少ない体育館裏まで私を連行し、手を離した。
「レオルさま。あなたの愚かとしか言いようのない行動について、2点指摘させて下さい」
彼女の人差し指が、私の額に当てられる。
「まずはクラスメートへの対応です。いくら会話するに値しない相手だからと言って、無視はいけません。円滑な人間関係を構築する上で不適切です」
「無意味な会話だと考えますが」
私は彼女の手を握り、私の額から離した。
「レオルさま。地球人、特に彼女らの世代ともなると、あなたの想定以上に“感情”に支配されています。ゲルマ星人同士の会話のように、効率よく意見を交わすことに慣れていません」
「……相手の感情を逆撫でせぬよう、気を配れと?」
「そうです。まだ地球人と関わって日の浅いレオルさまには骨の折れることかもしれませんが、努力して下さい」
「もう一つは?」
「星降舞依のことです」
「件のUFO女、ですね?」
カナコは小さく頷いた。
私が地球人の学校などに通う気になったのも、全てはUFO女の存在があったからだ。
「10年前、宇宙人にさらわれたという……」
私の言葉に、カナコの表情がわずかに陰る。
同胞たちの10年間の調査において、ある極めて重要な事項があった。それは、我々以外に地球を侵略しようとする別の宇宙人の存在である。
もし遥か遠い星からこの地球に来ている宇宙人が居れば、彼らの技術レベルは我々と同等かそれ以上といえる。そのような存在と競合することは、是非とも避けなければならない事態なのだ。
「……申し訳ありません」
彼女は頭を深々と下げた。
「10年も時間を頂いたのに、気付くのが遅すぎました」
同胞たちは、あらゆる宇宙人関連情報を全てチェックしていた。果てはインターネット上の噂、胡散臭い雑誌の記事等々にまで手を伸ばしている。
その上で、地球を狙っているのはゲルマ星人だけだと判断して私がやって来た途端に、大きな不穏分子が現れ出てしまった。由々しきことである。
「謝罪の必要はありません。むしろこの段階で判明したなら対策が可能です。情報元が“彼”なら信頼に値しますし」
幸か不幸か、情報元の信頼性によって、こんな眉唾な話も真実味を帯びている。
「私自身が、彼女を探ります」
星降舞依は、本当に宇宙人と接触しているのか。
あるいは、星降舞依自身が宇宙人なのか。
この地球の同胞を指揮する身として、必ず真相を突き止めてみせる。
「……ところで、レオルさま。一つ言いたいことが」
すっと顔を上げるカナコ。
「彼女は学校内で、若干浮いている存在です。不用意に近づけば、あなたも目立ちます」
目立つのは、確かに良くはない。
「それに」
彼女は一瞬言い淀んでから、続けた。
「この年頃の地球人は、男女関係において極めてナイーブです。転校生のあなたがいきなり女子生徒に話しかけるのは、あらぬ誤解を生みます」
「つまり、私にどうしろと?」
「一般的な思春期男子を装え、ということです」
彼女の言うことは、正直なところよく分からなかった。
「しかしカナコ。私は下手な小細工を弄して星降に接近する必要は無いのです。リ=メモリアを使えば星降の記憶を探れますからね」
「おっしゃる通りですが……一度使えば二度目はありません。そうでしょう?」
「同じ相手に二度使えば……殺してしまいますからね」
それこそ、リ=メモリア最大の制約なのだ。同じ相手に二度目を発動した瞬間、相手の脳は負担に耐えられず崩壊してしまう。諜報活動において情報源を殺すとは、致命的なミスに他ならない。
したがって単に星降の過去を探るだけなのか、それとも操る必要があるのか、もしくは抹殺してしまうのか。それはすぐに決められることではないのだ。
「今晩には他のエージェントからこの学園の関係者のプロファイルが届きます。それを基に本人に接触しましょう。いいですね?」
「了解しました」
私の返事にカナコは納得したようにわずかに微笑んで、その場を去ろうとした。
しかし途中で立ち止まり、もう一度こちらに振り返った。
「レオルさま。こうしてあなたの従妹という設定で、私も学園に居るのです。何かあれば、私に相談して下さい」
優秀な部下の頼もしい言葉である。
そして同時に、ある小さな疑問も浮かんだのであった。
「ところでカナコ。別に我々は従兄妹どうしという設定でなくとも良かったのでは?」
「……その件はお気になさらず」
特に不都合は感じないため、私はそれ以上追及するのを止めた。