8話
考え終わり、レベルアップの選択を手早く行った。
自分の中に、スキルの使い方が流れ込んでくる感覚。…なるほど、これなら問題なさそうだ。
よし、うまくいった。あとは作戦を実行に移すだけだ。
そして数秒のまもなく、背後からシュルルルという鳴き声に続き、ザラザラと砂利の落ちる音。
アラクネは完全に脱出したようだ。
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脱出する瞬間を、俺は魔神像の上から見下ろしていた。
どうやらステータスの敏捷が上昇すると、ただ速く動けるというだけでなく、体が軽く感じられる。おかげで難なくよじ登ることができた。
そして、アラクネの目の前には2人の俺の分身がいた。それぞれの分身と、微弱な意思のつながりを感じる。
(よかった。レベルアップ効果を二つとも手に入れることができて)
つい口角が上がってしまうが、くれぐれも声を漏らさないように気を付ける。なぜなら、音を立てると失敗するからだ。
分身体の片方に意思のつながりを通して命令を送る。
(アラクネを声で挑発しろ)
すると。
「おいバケモノ!目が悪いようだが俺のほうを見ろ!」
俺から見て右の分身、分身Aが声を張り上げる。
アラクネは、その時初めて分身Aに気づいたようなそぶりを見せた。
(分身Bも挑発だ)
AとかBは便宜的に今付けたものだが、自分のコピーである分身に意思伝達上の障害はない。
「お前の相手は俺だ!俺のほうを見ろ!」
分身Bも命令に従い大声を出す。
対してアラクネは混乱したような表情だ。左右交互に首を振るばかり。そりゃあ、同じ声が二方向から聞こえてきたら戸惑うだろう。
俺から見て、自分と全く同じ姿が二つもあるとちょっと気持ち悪いが、ちゃんと反応を確かめるため、という意図があった。
(うん、間違いない。あいつは声だけに反応している。目が退化しているんだ)
あいつが俺を追ってきた原因、トリガーになったのはおそらく自分自身の声。
今俺は目が見えているから、あいつにも目が見えているんだろうと思い込んでいた。しかし冷静になって考えてみれば、何も必ず目が見えているとは限らない。聴覚や嗅覚が人より敏感に働いている可能性だってあるんだ。
アラクネは混乱の表情から一変、怒りの表情になる。牙をむき出しにし、より気持ち悪さが増す。
(さあ、どう来る。行動次第では作戦を変えなくちゃいけないけど…)
そしてアラクネは下半身、蜘蛛の体を後ろ足4本で立ち上げると、尻をこちらに向け、糸を射出した!
予想通り。
蜘蛛ならば糸を出せるのは何もおかしくない。そしてアラクネなんていうファンタジード定番モンスターが出てくる世界だ。スパイ○ーマンとまでいかなくても、糸を使った攻撃だって、何もおかしくない。現実にはないだろうが。
糸は狙いたがわず分身Aに命中し、どういう原理か、体をぐるぐると巻いてしまう。そういうスキルがあるのだろう。
(分身A、糸の質感を伝えろ)
(ネバネバ。意外と丈夫)
アラクネはすぐさま分身Aにとびかかり、下半身の蜘蛛の前足で胴体を切り裂いた。
分身Aはボフン、と音を立てて煙になって消えた。なるほど、時間切れじゃなくてもダメージで消滅するのか。
その間、分身Bをコッソリ魔神像の真横に動かしていた。
だが足音でバレていたのか、アラクネは分身Bのほうにすぐ体を向ける。
(よし、必要な情報はおおよそ分かった。ここからが本番だ)
俺は頭をフル回転させ、敵の動きに集中する。