1話
気がつくと、俺は何も無いまっし…
「って、うおおおお!!!おい!ちょっとおい、まじかよ!きちゃったよ!異世界転生!!!!え、まじ!?夢じゃないよな!?」
目覚めたら知らない場所にいるなんて状況は生まれて初めてだが、ゲームやアニメ、インターネットに入り浸っている俺には、日ごろの妄想から培っているある種の経験則がある。その経験則によると、何もない真っ白な空間というのは死後の世界であり、異世界に行く前触れだ。
「ちょ、うるさいうるさい。お前死んだばかりなんだからちょっと静かにしろ」
ハッ!ついテンションが上がってしまった。
ふと前を見るととんでもない美人がいる。玉のような碧眼と白い肌、腰を通り越す長い銀髪。その美顔とは対照的に地味な木製の椅子に座っている。
「あ、す、すみません、テンション上がっちゃいまして…ハ、ハハ…」
美人を目の前にすると露骨に声が小さくなる。俺ってマジコミュ障。穴があったら飛び込みたい。
一方美人は感情の伺えない冷めた表情である。
「なんで死んだのにテンションが上がるんだ。…あ、私は神だ。よろしく」
さりげなく言うところに貫録を感じる。それはさておき、この美人、やはり神!女神様だ!ということはここは天国かそれに似た場所だろう。
「よ、よろしくお願いします。じ、自分は矢車 卵太郎っていいます…。あ、あの、自分が死んだって、マジですか?」
焦る気持ちを抑えながらも、事実確認をする。確認は大事。
「ああ。記憶がないようだな。お前はトラックに轢かれて死んだよ」
「そ、そうですか。と、トラックですか」
とりあえずオウム返しで会話を試みる。
「そう、たしかかなり大型で、信号無視で突っ込んできてな。お前はペシャンコに潰されたよ。ビデオあるけど見る?」
「い、いえ、遠慮しときます」
しまった!つい癖で反対してしまった…。仕方ない、何かとノーと言いがちなのが陰キャの性なのである。いやまあ偏見なんだけど。
「む、そうか。それはそれとして、本題なんだが」
「ほ、本題」
「お前、生き返りたいって思わないか?ちなみに生き返るといっても元の世界ではないぞ。お前たちが言うところのRPGみたいな世界なんだが…、どうだ?行ってみたいか?」」
「…!」
RPGみたいな世界に生き返る…すなわち異世界転生!!そうと分かって思い起こされる風景は生前に読んだラノベやネット小説。チートスキルでまったりスローライフ!!貴族になって領地持って美少女に囲まれて!!ダンジョンに出会い求めちゃったり!!世界救っちゃったり!!
「は、は、はい!行きます!行かせてください!」
「おお、またテンション上がったな。じゃあ早速飛ばすぞー」
自分とは真反対に、ローテンションの女神。
いやいや、ちょっと待った!
「す、すいません!あの、あれは無いんですか」
「ん?あれ、とは?」
「えっと、あの、その…異世界といったら、チートスキル的な…、魔法的な…、めっちゃ強くなるやつ的な…」
「的な」を連発しながらも、これで通じるのかと不安になる。はたしてコミュ障の思いは通じるのか。
「ふむ、なるほど。まあよく分からんが、優遇しろと言いたいのか?」
「ま、まあその、なんか、そんな感じです。はい」
「なるほど。まあ任せとけ、適当にやっとく」
「…!ほ、本当ですか!ありがとうございます!」
ありがたいことにやっといてくれるらしい。適当に、というのが気になるが、神様の適当なんだしすごいに違いない。きっと。
「よし、それじゃああと5秒で転生させるぞ。ごー、よん、さん、にーいちぜろどーん!」
猛烈に雑なカウントダウンと共に、俺の視界はシャットダウンした。