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フレンド申請

「元カレの忘れ方?!」


 教室で愛ちゃんがそう叫んだ。


「違うから! やめてよ大声で!」

「だだだ、だって、忘れたい人がいるって……しし、失恋――あばばばば――」

「愛ちゃん!?」


 すっごい分かりやすく、愛ちゃんは泡を吹いて卒倒した。

 漫画みたい。


「失恋じゃないから。安心して」

「よかった……お志津に男ができたとか、好きな人ができたとか、誰か気になるとか、もしくは男と話したどころかもはや目が合った時点で私リスカしちゃうから」

「怖っ! やめてよメンヘラ。しかもハードルが地面に埋まってる」

「お志津は私だけのもの。ひひっ」


 シリアルキラー感バリバリだよ。

 テキサスアインソーだよ。

 屠殺場には近づかないようにしよう。


「まぁ私の場合、男に振られたりしたらまずは持っているものをすべて処分するわね」

「処分……なんで? まだ使えるものもあるのに」


 ていうか愛ちゃんは恋愛自由なのよね。こういう時。

 私だけ駄目なのが理不尽だ。


「過去の男のものは、新しい恋愛を阻害するものなの。座薬鉛筆よ」

「座薬鉛筆? 何それ」

「え……知らないの?」

「初めて聞いた」

「短い芯を取り出したら、後ろから座薬のように入れて新しい芯を押し出すやつ」

「ロケット鉛筆ね」


 言い得て妙だけど。

 座薬鉛筆だと使いたくない。

 しかもそれだとまた元カレが戻ってくるではないか。


「いちいち見て思い出してもしょうがないんだし、さっさと捨てて思い出す回数を減らすの。そうすれば心の傷が癒えるのも早くなるわ」

「ふぅん。そんなものなのかな」

「恋愛マスターの私が言うんだから間違いない」

「それだけ振られてるってことよね」


 あ、すごい顔してる。

 ごめん。痛いとこ突いたよね。


「お志津おはよ~」


 そこに芽衣子ちゃんが、いつも通りぼんやりした感じで入ってくる。


「芽衣子、別れたの?」

「え?」


 急に、愛ちゃんがそう言った。

 急になんだなんだ。


「さすが愛ちん。愛のシャーロックホームズね」

「なになに、どういうこと?」

「冥竜王――いや、富来くんとはお別れしたのよさ」

「ええっ!?」


 どうして急に。

 いっつもラブラブで順調そうだったのに。


「愛ちゃん、なんでわかったの……?」

「芽衣子の髪が今日は梳かれてないから。女なんてものは、男に見せる必要が無くなった途端、細かいところは手を抜くものよ」

「す、すごい……」


 私にはまったく違いがわからないけれど。

 いつも通り艶やかな髪。


「私はこの学校の誰と誰が付き合っているかの恋愛事情はほぼすべて把握してる。見てれば分かるわ」

「なんて無駄な能力なの」

「あと処女と非処女もわかる。的中率は遊戯王カードのパックを手で触らせてもらって選んだ時のキラカードが入っている率くらいよ」

「いやわからんわ」


 どれくらいよそれ。

 高いの? 低いの?


「何で別れたの?」

「富来くんは、えっちなことばっかでゲームの練習をしなくなった。弱い男に興味はない」

「この年頃の男なんて猿ばっかだからね。腰を振るしか能がないものなのよ」

「なんか、大人だなぁ」


 なんか芽衣子ちゃんまで、私とは遠い場所に生きている方みたいになってしまった。

 どんどん置いて行かれている。

 まぁあんまり羨ましくもないんだけど。

 もう少しピャアな恋愛をしたい。


「じゃあゲー研はやめるの?」

「ん? どうして?」

「だって、富来くん……元カレがいるじゃない?」

「無関係なのよ。部活では私情は挟まず、ゲームのみで語り合うのさ」

「気まずくないの?」

「全然」

「こういうタイプもいる」


 ぼそりと、愛ちゃんが小さな声で私に教えてくれる。


「振られたんじゃなくて振った場合はこうなるわね。どっちかってと元カレの方が女々しく悩むパターン」

「芽衣子ちゃんかっこいい」

「ま、失恋の癒し方なんて人それぞれよ。お志津の場合、考えちゃうタイプだから、私と類友ね」

「だから失恋じゃないって」


 そう釈明すると、チャイムが鳴り響いた。


          〇


「これで良し」


 滅多に開けることのないクローゼットの中に、段ボール箱を押し込めた。

 中に入ろうとするシンディを手で押しのけながら扉を閉める。

 段ボールの中には、キサキさんが使っていたものばかりを詰め込んだ。

 彼女の物が――遺物がそこにあると、つい思い出してしまうから。愛ちゃんに言われた通り、一度試してみようと思う。

 とはいえ処分するのはためらった。

 もったいない気がしたし、何より、もしかしたら、また必要になる時が来るかもだし。


「志津香―、飯できたぞー」


 兄の声が響いてきて、思考を停止する。

 平然としているが、そもそもすべてはこの男が原因なのだ。

 可能なら、兄を押し入れの奥へと押しやりたい。

 そうすれば、いろいろな煩わしさからも解放されるだろう。

 とはいえ仕方がないと、私が部屋を出ようとすると、スマホから音が鳴った。

 見ると、ずっと使わずに放置していたゲームのアプリからの通知だった。

 もはやゲームをすることもなくなったのだけれど、と思い見ると、nekonekonyaon――つまり兄が隠れてやっていたMMORPGからの通知で、『メッセージが届いています。もう一度遙かなる自由の旅へ出かけませんか?』と書いてあった。

 しばらくインしていないと、送られてくる通知だ。これまでも何度か送られてきていたが、メッセージが届いています、というのははじめてだ。


「なんだろ。なんか嫌な予感」


 直感が働き、おもむろにゲームを稼働させる。

 MMORPGを開いて、中に入るまでの少しの時間を待つ。

 ようやくインできたので、私は左上の手紙マークを押して届いているメッセージを見た。

 30件程溜まっていたが、どれもイベント情報やキャンペーン情報などだった。


「なによ。びっくりさせないで」


 そう愚痴りながらスクロールしていく。

 ――と。

 最後の一件のみ、他とは違った件名になっていた。


『フレンド申請が届いています』

「え、誰だろ」


 ほとんどゲームをしていない私に、わざわざフレンド申請だなんて。

 まぁ女の子を狙ってくる輩もいると言っていたから、その類だろうか。

 なんて思いながら通知を開くと、やはり見知らぬアカウント名が書かれていた。






 ――Ip Man





 〜第二部 完〜


ひとまず第二部完結です。

間かなり期間を空けてしまいましたが、なんとか走りきりました。。。

また気が向いたら第三部を書きたいです。

その際はぜひ応援よろしくお願いします!

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