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泣いてていいかな

「異世界に行ってきたの。マジで」


 なんて学校で行ったら、私は頭のおかしい認定をされるだろうか。

 いや、されるだろうな。

 誰もがその異常性に耳を疑うだろうし、愛ちゃんなんかは泣きはじめるかもしれない。

 それはやだな。

 愛ちゃんには笑っていてほしい。


 異世界冒険(数分間)を終えた私は、そのまま夜の日本に帰ってきた。

 異世界への穴は消え、何事もなかったかのように佇む山中で、私は一気に力が抜けて気絶するように眠ってしまった。

 そして気が付いたら、家にいた。

 朝、いつも通り目が覚めて階下に降りると母が笑って迎えてくれる。

 朝食を取り、登校の支度を済ませる。

 ふと、脱ぎ捨てたられた可愛らしいパジャマを見つける。

 ――キサキさんの。

 見つけた途端、寝ぼけていた脳が一気に覚醒した。

 一瞬動悸に襲われそうになり、慌ててそのパジャマをゴミ箱に入れた。


「行ってきます」

「キサキちゃんは、帰ったの?」


 母がついにそう問いかけて来る。

 とくん、とまた心にさざ波が起こった。


「うん。また来るって」


 そう嘘をつき出る。

 母には心労を掛けたくない。

 異世界なんてものは、無縁でいてほしい。

 学校に着くと、相変わらず愛ちゃんが私にまとわりついて来て久々の鬱陶しさを思い出す。


「おっぱいよー! お志津!」

「古いよやめてよセクハラだよ」


 愛ちゃんと話すと気持ちが和む。

 いつも相変わらずで。私を無理矢理現実に引き戻してくれる。

 でもふと、彼女の腕に貼られたガーゼが目に入る。下駄箱の爆破によって受けた軽い傷は、まだ癒えてない。彼女の心も、きっと。

 そう思うと、笑顔を保ち続ける彼女の横顔がとてつもなく愛おしく思えた。強がり。


「お志津お志津! こっち来てこっち!」


 教室に入るや否や、芽衣子ちゃんがそう言って私の腕を掴んだ。

 そしてまるで無邪気な子供のように引っ張りながら、入ったこともない名無しの教室の前に立ち、


「見てみて! じゃーん!」


 と、扉を開け放つ。

 中には芽衣子ちゃんの彼氏である富来くんもいて、以前の第二視聴覚室から一回り大きくなった部屋に、ずらっとモニターとテーブルなどが並べられていた。


「VR研究部が無くなったので、ゲー研の部室が昇格したのです」

「VR研究部とかあったんだ……」

「そうなのよ。VRゲームで部長が首をいわして入院したみたいで。学校から危険だから廃部ってなったんだお」

「なにそれ……。あ、ゲーム機増えてる」

「そうそう。そうなのよ。実は大会で優勝したのを機に注目されていて、入部希望者がとても増えたの! 学校も認めざるを得なくなったのさ」

「そうだったの? 良かったじゃない!」

「うむうむ。これもお志津とキサキちんのおかげなのよ」


 その名を呼ばれると、また言葉に詰まる。

 私は不自然に一呼吸おくしかなかった。


「うん。今後も活躍楽しみにしてる」


 これ以上話しを広げられても困ると思い、できるだけ笑顔を向けて私はその場を後にした。芽衣子ちゃんの視線を感じながら。足早に。

 昼休みになり、昼食を済ませた私は愛ちゃんと共にお手洗いに行っていた。だがしかし、相変わらず愛ちゃんはお化粧直しを始めてしまい、私は外で待っていしかなかった。

 その時、手持無沙汰な私は、すぐ傍の階段の上を見て――しまい――その先が屋上であることを思い出す。

 愛ちゃんはまだしばらくかかりそうだし。そう思って私は屋上への階段を上がった。

 いつもは鍵が締まっているはず。そう思いながらもドアノブを回してみる。

 するとゆっくりとそれは周り、扉を開くことができた。


 屋上。

 そこはキサキさんと、浦くんが争いあっていた場所。キサキさんは慣れないスカートでうまく戦えず、私が仕方が無しに見せパンを貸したのだ。

 屋上は私を守るためのキサキさんの拠点になっていて、彼女はいつもここから私を見てくれていた。

 殺すためにだけれど。結果的に。

 だが屋上には、何もなかった。建っていた急造りの拠点もなくなっていて。

 何故かほっとしつつ扉を閉めたとき、屋上に入る扉の手前、踊り場の隅に見知ったものを見かける。キサキさんが拠点としていた、簡易の柱や布がそこにまとめられていた。

 誰かが回収したのだろう。

 ふとその布に手を伸ばす。お世辞にも温かいとか言えない、ボロボロの寂しい布だ。キサキさんが使っていた茶器なんかも丁寧にまとめておかれている。

 見て見ぬふりしようとも、彼女の足跡があちこちにある。

 彼女の存在が、私の周りに染みついている。

 彼女は――キサキさんは、確かにここにいた。

 私の、傍に。


「お志津?」


 背後から声。愛ちゃんだ。


「あ、ごめん。すぐ行く」


 と私が極力笑顔を作って振り返った時――。

 愛ちゃんが私の頭をぎゅっと抱きしめ寄せた。

 不意なことに、驚く。


「あ、愛ちゃん?」

「いいよ。泣いて」

「え? 何言ってるの? 今度は何の設定? 昨日のドラマとか?」


 愛ちゃんはいつも唐突だからわからない。

 これは何のボケだろうか。


「お志津、今日一日ひどい顔してた。隠してるつもりだったんだろうけど、私にはわかる。だって愛人だもの」

「なに、それ。愛人じゃないし」

「生理かなって思ったけど、お志津まだのはずだし」

「怖いって。把握しないで」

「何かあったんでしょ?」


 彼女は、核心を突く。

 突いてくる。


「だから、何もないって」

「いいよ。何にもなくたって。でもここなら誰も来ないから。私たちしかいないから大丈夫」

「大丈夫って……何が……」


 胸の奥底から、押し込めていたものが上がってきた。

 駄目だ。我慢しろ。


「私は、大丈夫だから。何も……何も……」


 なかったなんて、思えない。

 キサキさんはいつもそこにいて。

 お姉さんみたいな人で。

 私を守ってくれて。

 一緒にゲームして。

 一緒にお買い物して。

 一緒にお風呂に入って。

 一緒に寝て。

 一緒に学校に来て。

 一緒に。

 ずっと。

 いてほしかったのに。


「うぅ……ぅあ……」


 涙が、あふれ出てきた。

 蓋をしようとしても、もう止まってはくれない。

 心が、痛くてしょうがない。

 痛くて痛くて、胸をかきむしりたくなる。


 会いたいよ。

 キサキさんに。


 思わず力が入り、愛ちゃんの体を締め付ける。

 すると、愛ちゃんの私を抱き寄せる力も強まった。

 こんなにも暖かく心地いい場所は久しぶりだった。

 ここだけにしよう。

 ここで最後にしよう。

 だから少しだけ。

 もう少しだけ。


 泣いてていいかな。

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