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ノーブラ

 眩しさに目を奪われる。

 私の瞳が明順応を始め、次第に異世界が明確化されていく。

 初めに瞳がとらえたのは、青い青い大空だった。

 見たこともない青。

 同じ青という言葉なのに、ここまで違うのかというほどに青い。

 目がじんわりとその喜びを伝えたほどだ。

 だが即座に視線は傾き、下を向く。

 同時に、重力に逆らい私の体が軽く浮き上がる。


「ストップストップストッ――――」


 危機感を覚えた私は声を上げるが、その声は風にかき消され上空へと昇っていく。

 揺れる視界の中で、私は異世界の地表を見た。

 そこは街だった。

 赤と黒で彩られた建築物の数々に、無数の円形の瓦屋根が街全体をまるで雨の日の渋谷交差点の傘のように蓋している。渋谷に行ったことはないけれど。

 点のような家屋が、あっという間に接近して巨大化する。

 街の様子をもう少し伺いたいところだったけれど、しかしもうそんな余裕も奪われる。


「構え!」


 怒号のような音が響く。

 私たちを乗せたシンディが一直線に向かうのは、瓦屋根に覆われていない街でひと際目立った空き地のような場所だった。空き地とはいえ地面は土ではなく、木板の床が敷いてある、何か催し事をするようなための舞台スペースだろうか。

 学校のグラウンド程度はありそうなその場所には、床を埋め尽くすほどの兵士たち。

 彼らは槍や杖や弓をこちらに向けている。

 そしてその中心には、白い――


「プランッ!!」


 兄が、叫んだ。

 そうだ。以前私を助けに来てくれた、7色のプリンセスの一人。

 中でも一番、兄と親しげだった人。

 ワコクの姫。

 彼女は、以前見せたのと同じ、いや、それ以上に険しい顔つきでこちらを睨んでいる。

 兄と、にらみ合っている。

 まるで仇敵のごとく。


 その時、一直線に滑空するシンディに向かって、周囲の高い建造物にしがみついていたウラらしき黒装束の者たちに気づく。彼らは、一斉にこちらに向かって飛び掛かってきた。

 すると、またあの巨大な7本の槍がシンディを守るように周囲に現れて羽虫を弾き飛ばす。それらはシンディの周囲を囲うように配置され、くるくると観覧車のように周り、その回転速度を上げていく。


 真下からは、頃合いを見計らって矢や槍や炎や氷や雷やもうわけのわからないいろいろが飛んでくる。

 だが兄は止まらない。

 シンディに纏わせていた7本の槍を外し前方に寄り集める。そして無数の兵が立つ舞台へと、7本の槍を振り落とした。


 槍はあらゆる攻撃を吹き飛ばし、巨大な舞台へと着弾する。


 彼らが立つ床は呆気なく吹き飛ばされ、さらには周囲の家々まで巻き込んで街が崩れていく。

 やりすぎじゃない?

 なんて心配しつつも、落下していく人たちの中に、あの白いお姫様、プランを見つける。

 然るべき立場の彼女は、周囲を別の兵に支えられながらも下へと落ちていく。

 だが彼女の瞳は、強く、激しく、こちらを――私を睨みつけていた。

 あんなにも美しい人に、なぜあんな目で睨まれなければいけないのか。私には全く身に覚えがない。

 けれど、私は負けじと強く彼女を睨み返す。


「――――」


 ざまぁみろとか、絶対に許さないとか、何かを言ってやろうかと思ったけれど、ベストな言葉が浮かんでこなかった。

 何を言えば、キサキさんの無念を晴らせるのかわからなかった。

 そうこうしている間に、今度は体が反対に浮き上がり私は態勢を崩す。

 シンディは崩壊していく街を見届けることなく、上空へと上がっていく。またみるみるうちに街は小さくなり、衝撃の詳細は見て分からなくなる。


「帰るぞ」


 兄がひと言そう言った。

 私は改めて周囲を見渡し、異世界とやらを検分する。

 広く、どこまでも続く大地。緑も荒野もそして水も、いずれも等しくあって、でも私たちの世界にはない、背の高い岩や浮遊物が見える。

 もっとよく堪能してから帰りたいところだったけれど、しかし元の世界とを繋ぐ穴がギリギリ通れるかどうかまで小さくなっているのが見えた。

 名残惜しいけれど、私はほっと一息をついて異世界との別れを受け入れた。

 そして自分の体を見下ろしてまた思い出してしまう。


 パジャマじゃん。

 しかもノーブラじゃん。

 サイアク。


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