ダイジェストでお送りします。
滑空してくる暗殺者集団のウラたちに向かって、兄はわけわかんないけどまっすぐに飛び上がって向かっていった。重力無視して飛んでるのはもう良しとする。
白い閃光を放ちながら飛び掛かっていった兄に対し、黒い集団は呆気なく弾け飛んだ。
まるでボウリングのピンのように。……例えが貧相でごめん。
一人一人の人生やその家族のことを考えると酷だとは思ったけれど、もう有象無象でしかないので何も感じない。あの手の存在は蹴散らされる運命なのだ。
白い光がひゅんひゅんと、まるで稲妻のように空を舞う。
すると、今度は異世界の穴から人間とはまた別の巨大な生き物がぬるりと入って来る。
まるでクジラのような見た目をしたそれは、ゆったりとした動きで空を舞う。何匹も。何十匹も。次から次へと入って来る。
そしてその背中には、ウラとはまた違った、騎士のような鎧を着たものたちが、何十人もノミのように張り付いている。
それらがほとんど捨て身のように兄に飛び掛かり、いくらかは弾き飛ばしたが、飛び掛かって来る数の方が多くてあっという間に兄の体は無数の鎧の向こうに搔き消えた。
大丈夫かな、なんて思ったのもつかの間。
その鎧を着た人間でできた球体が、弾け飛ぶ。
中から巨大な翼が飛び出てきて、それはみるみるうちに肥大化していく。
シンディだ。
白く猛々しいドラゴンが、元の巨大な姿を取り戻した。
そしてその頭部に兄が乗っている。
ちなみに私は中庭から縁側に移って、夏のCMのように縁側で座って見ている。
スイカと麦茶があれば完璧だ。あと風鈴と蚊取り線香もいるわね。
人間ってどんなに錯乱してても、目の前で理解不能なことが起きると脳が停止してしまうものなのね。赤ちゃんが突然泣き止む感じなのかななんて思うと、少し笑えてきた。
とにかく冷静。
そんな馬鹿なことを考えながら視線を上に戻す。
兄が乗ったシンディの周囲に、先ほどの何十倍もありそうな巨大な槍が、1本、2本と浮かび上がっていき、最後は7本もの槍がシンディの周囲を取り囲むように浮かび上がる。
「クラウンオブザセブンスピアーズ!」
あ、出た。必殺技名。言わないと発動ってしないものなのかな。
兄の脳裏ではカットインも入ってそう。
クラウンオブザセブンスピアーズ……そのままっ! 7本の槍の王冠! ださっ!!
そんな兄の叫び声と共に、7本の槍――また7だ――が、それぞれが意思を持ったかのように縦横無尽に駆け抜ける。それは巨大な空を舞う化物たちの腹をまるで障子のごとく次々とぶち破る。
うわっ。えぐ。
ぼとり、と目の前の中庭に、はらわたのようなものが落ちてきた。
暗くて見えにくくて良かった。昼間だったらモザイクが必要だろう。
兄はシンディや槍を使い、落下していくその巨体をこの世界に落とさないようにと、掴んで穴の向こうへと押しやる。
――と、取りこぼした一体が、降って来る。
私の方に。
「と、とととっ――」
と慌てるだけで、動けもしない。
体力もだけれど、今更ここから逃げたとて、間に合わない。
私はぐっと目をつむる。
が、すんでのところでその巨体が止まった。見ると、シンディがその巨体の首根っこを口で掴んでいた。
「ありがとうシンディ」
でかいのはちょっと怖い。小さいサイズがいい。
シンディの背中には兄。
「ギリギリセーフだな。これ、あっちの世界に返してくるよ」
兄はこんな状況なのに、楽しそうだ。楽しそうというか、生き生きしている感じ。
兄はそのまま上空へと戻ろうと上を見据えた。すると異世界への巨大な円窓が、みるみるうちに縮んでいくではないか。撤退を決めたのだろう、生き残ったウラや騎士たちが、飛来生物に捕まって我先にと異世界へと戻っていく。
「……終わり?」
「ああ。だけど、そうはさせない」
兄はシンディの体をとんと蹴り、シンディが大きく羽を開き飛ぼうと構える。
「待った!」
私は何を思ったか、自分でもわからないけれど、空に戻ろうとする兄の足に飛び掛かって掴んだ。
すぐにシンディの体が飛び上がり、私の体も浮き上がる。
「志津香!? 何してるんだ! 危ないだろ!」
と言いながら、兄は片手で私の体を持ち上げて後ろに乗せた。
「私も連れてって!」
「はぁ? なんで!」
「私を殺そうとしている人たちの顔を拝んでおかないと落ち着いて夜も眠れないでしょうが! 私はゴキブリを見つけたら殺すまで眠れないたちなの!」
「ゴキブリて……大丈夫だから! 俺が二度と立ち向かえないように壊滅させて来るから!」
「だとしても! 私のこの目で確認しないと気が済まないの!」
そっちがその気なら、こっちから出向いてやろうではないか。
私はここにいるぞって。
純真無垢なキサキさんを利用して、裏でこそこそ暗殺を目論んでいる奴の顔を拝んでやる。
シンディは小さいころとは比べものにならない速度と高度で空へと上がっていく。
しかし異世界への円がもうわずかなサイズまで小さくなっていた。このままでは、あちらの世界にはいけない。
すると、兄がクラウンセブンなんたらでっかい7本の槍を、その締まりかけた穴に突っ込んだ。
「オォォォォォッッッ!!」
抵抗するように兄が雄々しく叫ぶと、差し込んだ七本の槍で、無理矢理縮んだ穴を大きく広げていく。強引に、力ずくで。兄がこちらの世界に来た時も、同じようにしたのだろう。
どうでもいいけれど、叫ぶ必要はあるのだろうか。
あの槍はリモートで動いているように見えるんだけど、兄の筋力が関係しているのだろうか。それとも精神力?
わからない。
フォトンさんとやらの仕組みが私にはわからない。
しかし、そのかいがあったのだろう。異世界への穴が先ほどまでとはいかないが、シンディが十分に通れるほどのサイズまで広がった。
「志津香! 捕まってろよ!」
兄がそう叫び、私は兄の腰に力強くしがみついた。
まるでジェットコースターの、落下直前の気分だ。
また例えが貧相でごめんなさい。
とにかく、私はついに、異世界へと足を踏み入れた。




