すんごい迷惑
「私が、世界を滅ぼす種……?」
キサキさんが告げた真実を、私は飲み込み切れず復唱する。
「待ってよ。私なんか、ただのしがない一般人ですよ? 数百万の借金を返すこともできないのに、世界を滅ぼすことなんてできるわけないじゃないですか」
あまりのバカバカしい話に、私はつい笑いが込み上げてきた。
だけど。キサキさんの顔は一切笑っていない。
笑って、くれない。
ただ終わりを告げるカウントダウンのように、一歩、私に近づいた。
「私もそう思います。ですが、ラーさんの予言でそう出たのです。無下にはできません」
「予言って言っても、占いでしょ? 私愛ちゃんに誘われて絶対に当たる占い師のところに行ったけど、だったら今頃彼氏できてるはずだもん! 先月に運命の出会いがあったはずだもん!」
「一般的な占いのそれとは次元が違うのです」
「じゃあ私がどうして災いの種になるんですか?」
「それはラーさんにも見えないそうです。漠然と、どす黒い闇が未来をかき消しているとか。ただその始点にあなたがいる」
「ずるいです! それはずるい!」
都合のいいとこだけ見えないとか!
みてもらった占い師と同じこと言う!
肝心なところはオブラートに包んで、なんとでも解釈できるように!
私の命がかかってんですけど!
またキサキさんが一歩私に近づく。
「スス、ストップ! で、でもね、キサキさん。ラーさんの予言が正しければ、私を殺したとしてもその予言は変わらないのでは? 結局兄の恋人のリヒトさんも死んだんですよね」
その問いはセンシティブなものなのだろう。キサキさんは少しだけ沈黙する。
「ほら。だったら発想の転換をしましょう」
「例えば?」
「異世界と、こっちの世界の出入口を閉じるとか!」
私の提案に、キサキさんはまた少し悩むように黙した。
これはもしかして、説得できるやもしれない。
「おそらく不可能でしょう。ソウタさんやデアドラゴンの影響で強引にあちらの世界への扉が開かれたせいで、扉が開きやすくなっています。ガバガバです」
ガバガバ言うな。
あと、やっぱり兄のせいじゃない。あいつ。ほんとろくなことしないわね。
「じゃ、じゃあ閉じた状態でしばらく放置すれば、また硬くなるんじゃない?」
「私たちの世界には、悪意を持った存在がたくさんいます。彼らは、緩んだ異世界への扉を使って今では秘密裏に行き来しているはずです。あの浦という男もそうやって入り込んできた存在でしょう。あんな風に、私たちの知らないところにまでもう奴らは入ってきている。それを止めることはできません」
「け、検問! 検問を敷きましょう!」
負けてたまるかと代案を出しまくる。
「世界中にですか? 現実的ではない」
「でも、ほら、えーっと……」
もう、代案が出てこない。
何一つ、私は現状を打破する術が見えてこない。
からこそ、不思議と私の感情は180度反対の反応を示した。
なんか、むかつく。
こんなよくわからないことで、殺されることが。
理不尽が。
兄が消え、両親が壊れ、借金取りに追われ、風俗に売られそうになったあの過去の理不尽の数々。そこから解放され、少しまともな人生が送れていたから、忘れていた。
あの理不尽に対する苛立ち。
こんなの、おかしい。
むかつくむかつくむかつく。
ここで屈するのは、嫌だ。
「キサキさんの目的は、ずっと私だったんですよね」
「……はい」
「シャワーの水を血にしたり、家の前にトラバサミを仕掛けたりしたのも?」
「ええ、そうです。バカげた方法でしたが、あなたの懐に入り込むには必要でした」
「じゃあ、お弁当に毒を盛ったのも、下駄箱を爆破したのも?」
「……あれは、ただのけん制です。あれで殺すつもりはありませんでした。殺されかけるあなたを助けることで、信頼を得ようという魂胆で――」
「そんなこと聞いてないっ!!」
「っ」
一転、私が叫んだのにキサキさんは少しだけ驚いた。
「愛ちゃんが……友達が怪我をしたんだよ?」
私はキサキさんを改めて見上げる。
いや、にらみつける。
「世界のためだかなんだか知らないけど、あなたたちは無関係な人を傷つけた!」
「小さな怪我です。後遺症も傷も残りません」
「残るんだよっ! 心に傷が!!」
なんで、そんなことがわからないんだ。
「傷ついても、悲しくても、人はすぐに立ち直る強い生き物。でも、その傷は、ずっと心に残ってるの。見て見ぬふりして、時にはそれが勲章だなんて思ってみせても、でも痛いの。傷なの。たまに思い出して、息苦しくなる。寝ている時に思い出して、泣いてる。それがずっと続くの」
今でも時折夢に見る。
兄が消えた時。
父が死んだ時。
借金取りに追われた時。
北田君に、裏切られた時。
いつもはもう解決したことだと、何も思わないけれど。
でも、ふとした時に私はそれを思い出し、心が重たくなる。
それは忘れたようで、気にしていないようで、でも私の心にずっとずっと残っている。
刻まれている。
「痛いの! 辛いの! 苦しいの! 世界なんてクソくらえよ! 田舎の女子高生にそんなの関係ない! 世界の未来より、明日のランチなの!」
なんて子供じみたことを。
そう思いながらも、言葉がスルスルと出てくる。
「あなたたちのものさしで私たちを測らないで! すんーーーーごい迷惑!! まじありえない!!」
怒涛の女子高生非難に、さすがのキサキさんも唖然と表情を固めていた。
まさか世界の未来の話をしているのに、こんな低次元な反論をされると思ってもいなかったのだろう。
どや! 世界とか救世主とか知ったことか!
私のキャパはここが限界! それ以上のことは知らない!
「……私は……」
キサキさんが、ようやく口を開く。
その固くきつく押し固められていた瞳が、少しだけ歪んだ。
「キサキさんが兄を好きだっていう気持ちも、嘘なんですか?」
「……」
「全部、私を殺すために?」
「……そんなわけ、ありません……」
抑え込む自分に抵抗するように、キサキさんからそう声が漏れ出た。
「私は、あの方が……」
その時――真っ暗だった上空に、激しい轟音が鳴り響いた。




