トンネル
景色が吹き飛んだ。
誇張ではなく、本当に。
浦くんは、破壊された押し入れの片側半分と共に、私の視界を右方へと消えた。
まるでショベルカーに削り取られたかのように、私の隠れる押し入れの半分を含めた、家屋の壁面のことごとくが吹き飛ぶ。
「音と三半規管を狂わせる魔法ですか。小賢しい術ですね」
私の目の前をキサキさんがそう喋りながら通り過ぎる。
どうやら彼女は浦くんにしか気づいていないらしく、中庭に吹き飛んだ彼に歩み寄っていく。私はひたすらに気づかれないことを祈りながら息を殺す。
その彼女の横顔もまた、殺人ロボットのようだった。
「ってぇ……」
「私に悟られないレベルで気配を消すとは。隠密に特化した能力というところでしょうか」
「あいにく暗殺専門ではなくてな。情報収集とか密偵が本職だ」
「訊いたことがあります。どこから漏れたのかわからない情報の数々に、そういうものを専門に生業にしている者がいるのだろう、と。それはあくまで噂のみで、真実を知るものはいない。それほどに、あなたたちは存在を消してみせる」
「武神様相手にはちょいと限界があったけどな」
「それで、志津香さんはどこです?」
導入の話をそこそこに、彼女はその華奢な腕からは考えられないほどの力で、浦くんの体を片手で持ち上げる。まるで大人と子供だ。
「話せば解放してあげますよ。あなたの命にこれっぽちも意味はありません」
「へ、へへっ……。いいねぇ、この感じ。ようやく伝説の武神様の姿を拝めた気がするぜ」
「その話は長くなりそうですか?」
「冷たいね。一緒にゲームした仲だろうよ」
「私は愛した人も殺せるよう訓練されています。ためらいなど赤子の頃に捨てました」
「絵にかいたような殺人鬼ってこった。お前が引き継いだって噂は本当だったんだな。ウラを」
ウラ――それはあちらの世界で裏稼業で暗躍していた集団らしい。
しかしそれは兄らによって壊滅させられたと聞いた。
はずなのに。
キサキさんが、引き継いだ?
浦くんからの質問に、キサキさんは何も返さなかった。
「時間稼ぎ、でしょうか。それともただ口数が多いだけか。何にしても付き合っている暇はありません」
そう言って、キサキさんは浦くんの体を片手で軽々と移動させ、あろうことか中庭の木の折れた枝の先へずぶり――と、その体を突き刺した。
「あぁぁぁああああああああああああああ!!!」
浦くんの悲鳴が轟く。
見ているこちらまで、痛みに顔が歪んでしまう。
枝に刺され宙づり状態になった浦くんの肩からは、だらだらとすべての血が流れていっている。あれでは死ぬのも時間の問題だ。
キサキさんは表情を変えることなくそれを一瞥すると、踵を返し、ロの字型になっている家屋の向かいへと入っていった。
大きく深呼吸し、私はそっと押し入れから外へと出る。
痛みに苦悶する浦くんの吊られた木へと近づいていく。
すると私に気づいた浦くんは、黙って大きく首を横に振った。何度も、何度も。
わかってるけど、放っておけるわけないでしょ!
今ならさっさと助けてまた隠れれば大丈夫。
そう思い浦くんに近づきその体を持ち上げる。もちろん周囲を気にしながら。浦くんは必死に声を殺し、自分でも体を支えながら共同作業でその体を地面に下ろす。
「どけっ!!」
と思ったら、浦くんがそう叫んで私を突き飛ばす。
え――と後方に倒れ行く私の視界には、私を突き飛ばした浦くんと、私が居た場所その拳を振り落とす――キサキさん。
スローモーションで流れるそのシーンに、私はキサキさんの腕が裏くんの腹部を貫くのを見た。
「逃げろッ!!!」
浦くんは、全身を血で染めながら、まるで最後の叫びかというほどに大きな声でそう叫んだ。キサキさんが私を見る。ためらいなんてどこ吹く風と言わんばかりに、私の体が起き上がった。
やばい。
これは本当にやばい。
やべぇやべぇやべぇ!
私は後ろを振り向かず一直線に家屋の中へと逃げ込んだ。




